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ホットアンドクールRZ250(ヤマハRZ250)オリジナルコンプリートの足まわりが進化した最新作【Heritage&Legends】
ヘリテイジ&レジェンズ|Heritage & Legends
愛車とのバイクライフを、より豊かに楽しむためのアイデアを提供する新雑誌。インターネットのみでは決して探しきれない、全国の腕利きショップや最新パーツ&アパレルの深堀り情報も満載!
機能も加えたブラックのトーンでも精悍さアップ
1980年のヤマハRZ250登場時の頃は高校生で、これに大きな衝撃を受けたというホット&クールの松原さん。好きでRZに乗り、ショップもオープン。それからしばらくして、2012年頃からは受注生産による前後17インチのRZコンプリートカスタム車の製作・販売を手がけてきた。この車両もその1台で、2020年夏の最新...
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クオリティーワークスRZ250(ヤマハRZ250)カスタム済みRZ250を全面見直しして快調に【Heritage&Legends】
ヘリテイジ&レジェンズ|Heritage & Legends
愛車とのバイクライフを、より豊かに楽しむためのアイデアを提供する新雑誌。インターネットのみでは決して探しきれない、全国の腕利きショップや最新パーツ&アパレルの深堀り情報も満載!
2スト車を取り巻く環境は安定だがパーツには留意を
新旧やメーカー、2スト4スト問わず扱う中で、2ストローク車の扱いでは注目されるショップがクオリティーワークス。同店が製作する各車両は純正流用や、海外/国内の各種パーツを駆使してしっかりと仕上げられるが、このヤマハRZ250もそんな1台だ。
「元々はカスタム済み車両の調子を見てほしいと持ち込まれたものです...
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ヤマハ「RZ」の歴史を一気に振り返る! RZヒストリー(1980-1992)【Heritage&Legends】
1980年代を目前にロードレースの世界がワールドワイドになり、そこで日本メーカーが活躍したことで、軽量・高出力でスポーツ性の強いの2ストローク車に注目が集まった。一方の市販市場では、その2ストロークは環境対応で縮小傾向にあり、ヤマハもそれに倣う方向へとシフトしていた。 そして2ストロークモデルの開発販売が最後なら最良のものを…と投入されたヤマハRZ250/350が起爆剤となり、レーサーレプリカ熱とともに2ストスポーツを復権・発展させたのだ。当時のGPマシンと同排気量で1984年に発売されたRZV500Rはその究極点。その後、RZはレプリカ路線のRZ-R/RRを経て後期RZ-R/R1-Zで...
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クオリティーワークスRZ250(ヤマハRZ250)/国内定番でなく海外での人気手法による前後17インチ改#Heritage&Legends
ヤマハTZRでなくスズキ車を流用ベースに選択
「このヤマハRZ250は前後17インチ化を図った流用カスタムですが、国内で定番となっている同じヤマハのTZR250用パーツではなく、他メーカーとなる、スズキRGV250Γのパーツを使っているのが特徴です。海外ではTZRよりもこの手法の方がポピュラーなんですよ」
クオリティーワークスによる説明を受けて改めてこの車両を見ていくと、確かに全体の雰囲気はTZR流用とは異なる。TZR(同じくヤマハのFZR400も同様)は、こと国内では流通量の多さやRZと同メーカー製である点から、RZの17インチカスタムに多用されてきた。
それが海外だと、スズキRGV(...
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【YAMAHA RZ250】Part 2「空前の大ヒットモデル"RZ"はどのように生まれたのか?」【心に残る日本のバイク遺産】-1980年-2サイクル250cc史 編
「正真正銘、ヤマハ最後の2ストロークスポーツ」
1957年に登場したYD1からスタートした、ヤマハ製の2スト250cc2気筒スポーツモデルの系譜は、60~70年代を通じてYDS~DS~RDへと進化を続け、その優れた性能によって日本国内はもちろん世界的にも高い支持を集めるようになっていく。
しかし60年代から問題になってきた自動車の排気ガスなどによる大気汚染によって、70年代に入ると北米を皮切りに排気ガス規制が本格的にスタート。
さらに2回のオイルショックの影響もあって、パワーを犠牲にせずに排気ガス対策するのが難しく燃費も悪い、空冷2ストエンジンを搭載したスポーツバイクは急速に人気を失って...
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「YAMAHA RZ250」最後になるはずだった2ストロークの未来を切り開いた1台(4L3)【心に残る日本のバイク遺産】-1980年-2サイクル250cc史 編
レーサーレプリカを生み出すきっかけの1台
1970年代、オイルショックと米国の「マスキー法」による環境規制から2ストロークの存亡が脅かされていた。2ストローク技術を創業時から一貫して育んできたヤマハは、「最後の2ストローク」になるという想いと覚悟を胸に集大成モデルの開発を始める。
79年、東京モーターショーで「究極のロードスポーツ」と称しRZ250が発表されると、そのセンセーショナルなモデルはライダー達の心を掴んだ。圧倒的な市販化を支持する声に応えるべく、翌年8月、市販化をスタートさせた。
当時はレーサーレプリカという言葉は使われてなかったが、RZは市販レーサーTZ250の公道バージョン...
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RZシリーズ Part.1「RZ250」ナナハンをも脅かすヤマハ2ストロークの集大成 -1980〜1988年-【心に残る日本のバイク遺産】2サイクル250cc史 編
TZ250の構成を変えずに公道車としたRZは市場を席巻する人気モデルに発展した
1980 RZ250/4L3
1973年に初期型が登場したRD250シリーズに続く2サイクル250㏄スポーツの系譜が、RZ250である。公開は1979年秋の東京モーターショーで、会場では多くの来場者が姿を見ようとヤマハブースに殺到。二輪専門誌でも大きく取り上げられ、当時のオートバイ業界でたちまち主役となった。
RZ250で特筆すべきは、市販レーサーTZ250と近似したエンジンと車体の構成を持つことと、軽快さや速さを想起させる車体デザインを採用したことである。
先代となるRD250もTZ250と同様に並列2気筒...