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スズキ「GSX-R750(GR71F/F)」(1985年)概要

画像: SUZUKI GSX-R750 1985年 総排気量:749cc エンジン形式:空油冷4ストロークDOHC4バルブ並列4気筒 シート高:765mm 乾燥重量:179kg 価格:78万円(当時)

SUZUKI
GSX-R750 
1985年

総排気量:749cc
エンジン形式:空油冷4ストロークDOHC4バルブ並列4気筒
シート高:765mm
乾燥重量:179kg

価格:78万円(当時)

思いのままに操る楽しさを新発想エンジンで実現した初代油冷車

1970年代後半に世界市場を席巻した日本車。続く1980年代にかけて国産4メーカーが技術を競い、バイク界は一大進化する。水冷化もそのひとつだったが、市販車への採用にはまだ少しの時間がかかった。

同じ頃、1976年~1982年に世界グランプリでメーカー7連覇を遂げたスズキは、市販車でも支持を受けるべく、当時国内の主流だった250と400、そして欧州の750クラスのそれぞれにヒットモデルを計画する。250にはアルミフレーム&フルカウルのRG250Γ(1983年)、400には水冷直4のGSX-R(1984年)が現れた。

残る750は、先に性能目標が作られた。当時の750cc車の標準的な乾燥重量は220kg、出力は80PS強(GSX750S輸出仕様で228kg/85PS)。これを重量で2割軽く、出力で1割強高い乾燥176kg/100PSにするというものだった。

この2点によって、「ワークスマシンを自らの手で操りたい」というユーザーの要望に応えられる。それは勝ち負けではなく、「思いのままに動く車両で操る楽しさを感じる」こと。

もちろん、レースユースも考えての余力も加える。100PSは空冷でも出来るが、それでチューニングして130~140PS化すると熱負荷が高く、耐久性に問題が出てくる。水冷なら熱負荷は安定し、持続性も高い。だが、補機類も含めると軽量化は難しい。試算では180kgが限界だった。

この時、横内悦夫さんを中心とした開発チームは第2次大戦時の米軍機、P51マスタングの“液冷”に着目。それは水冷のことを指していたが「エンジンオイルがある」と発想を変えた。水冷のような通路を設ける案なども経て、シリンダーヘッド上面、一番熱を持つ燃焼室の裏側に、大量のオイルを噴き付けることに行き着く。

溜まって動いていないオイルは熱伝達を阻む熱境界層になっているから、それを壊して積極的に熱を奪う。熱が下がれば耐久性が高まるから、駄肉はより削れる。これでエンジンは15%軽量化され、出力目標も満たす。そうして油冷エンジンが完成し、同じ軽量&高商品性コンセプトにΓとGSX-Rで得られたノウハウを合わせたMR-BOXアルミフレームに積まれて、初代油冷、GSX-R750が誕生した。

登場即油冷エンジンは空冷譲りのシンプルさや軽量コンパクトという素性により、スプリントや耐久レース等で存分に活躍し、大きな支持を得る。翌年登場するGSX-R1100でも「750でさんざんやったから、リッターあたり出力では楽で、スムーズに作れました」と後に横内さんが言うほど。これが、後に続く油冷、そしてGSX-Rの起点だった。

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