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スズキ「GSX-R(GK71B)」(1984)解説

SUZUKI
GSX-R(GK71B)
1984年
400ccクラスにレプリカ旋風を起こした快作
1970年代終盤に400マルチ人気の口火を切った4気筒モデル、カワサキZ400FX。打倒FXを目指し1980年6月にヤマハXJ400、1981年4月にスズキGSX400F、同11月にホンダCBX400Fと4気筒車が次々現れる。FXは1982年3月登場の後継、Z400GPと併売される。
1980年代前半、400cc4気筒スポーツは2ストローク250ccスポーツとともに主流となり、国内4メーカーは次々に先行ライバル車を上回るニューモデルを開発・発売した。空冷4発が出揃った後、より高性能を狙った水冷エンジン搭載車が生み出されることになる。
1982年暮れにはホンダからV4エンジンを搭載するVF400Fが市場に投入され、1983年に入るとヤマハからはXJ400Z/Z-S、スズキからはGSX400FWが登場。
日本のバイク人気が全盛期を迎えていた当時、スポーツ車の性能競争はとどまることがなく、またそれまで市販車への装着が認められていなかったカウリング(1982年7月にハーフカウル、同年8月にフルカウルが解禁)やセパレートハンドル(1982年7月に解禁)が徐々に認可されていった。
さらに、4ストローク400ccと2ストローク250ccの市販車改造マシンが競い合うTTF-3レースの人気も年々高まっていた。そんな状況の下、速さの象徴であるレーシングマシンにより近いスポーツバイクに対するニーズは拡大していく。
1983年春に発売されたRG250Γは、それまでの常識を打ち破るアルミフレームを採用し、レーサームードにあふれるデザインと他を圧倒する性能で、大人気車となった。価格はそれまでの250cc車の常識を超えていたが、それだけ価値のあるモデルとして、多くのファンに受け入れられた。250ccクラスの2ストロークレプリカ人気は、Γによって本格化したと言っていい。そしてその流れは400ccクラスにも波及した。
1983年秋の東京モーターショーにスズキは、アルミフレーム採用の第2弾で、耐久レーサーのレプリカとしか見えない400cc車、GSX-Rを出展する。アルミフレームに水冷直列4気筒エンジンを搭載し、2灯のハーフカウルを装備したその姿は、レース好きの若者たちの夢を具現化したと言えるもので、そのインパクトは強烈だった。大いに注目され、話題となったのは言うまでもないことだ。
その割り切った作りから、このままの形で市販されるのだろうかと疑問視する声もあったが、1983年3月1日、GSX-Rはショーモデルとほぼ同じ仕様で発売されるのである。
“BORN IN CIRCUIT”。当時の雑誌広告にこのキャッチフレーズが大きく掲載された。スズキ・竜洋テストコースでの発表試乗会でも、“レーサーをストリートで走らせようと割り切ったモデル”と明言された。RG250Γの成功で彼らは自信を持ってGSX-Rを生み出し、発売できたのだろう。
GSX-Rは、車体の軽さも大きなセールスポイントだった。400ccクラス初のアルミフレームは形状こそダブルクレードルだった(ツインスパーが出現するのはレース含めてもう少し後のことだ)が、その単体重量は7.6kgで、GSX400FWの鉄フレームより6.4kgも軽かった。
基本をGSX400FWとしながらも大幅なリファインが施され、事実上新設計となったエンジンもFWより10kg以上も軽くされた。それらにより、乾燥重量152kgという400cc車としては驚異的な軽さを実現したのである。
動力性能も素晴らしかった。最高出力はクラス上限の59PS/11000rpmだが、最大トルクは400ccエンジンでは他を圧倒する4.0kgf・m/9000rpm。また、2.58kg/PSというパワーウェイトレシオは当時の400ccクラスではダントツで、750ccクラスにも匹敵する数値をマークした。足まわりにも最新のテクノロジーが注ぎ込まれた。
フロントはANDF(アンチ・ノーズ・ダイブ機構式フロントフォーク)をφ36mmフォークに装備し、リヤにはCMCフルフローターサスペンションを採用。ブレーキは、フロントが対向4ピストンキャリパーのダブルディスクで、リヤは対向2ピストンのシングル。スズキではこれをデカピストンブレーキと呼んだ。
市販同クラス中、最もレーシーなスタイルで動力性能もトップとなれば、発売と同時に大ヒットとなったのは当然だった。GSX-R発売の2カ月後にヤマハのFZ400Rが登場し、最高出力でGSX-Rに並ぶが、車重では及ばなかった。
大人気を得たGSX-Rは約1年後の1985年春にわずかな変更を受けて2型となり、翌'86年にはフルモデルチェンジして3型となる。フレームがツインスパー的形状の新設計DC(デュアルセル)-ALBOX、エンジンもショートストローク化されシリンダーヘッドが水冷、シリンダーが空冷、ピストン等が油冷のSATCS(スズキ・アドバンスド・3ウェイ・クーリング・システム)を採用した。
この頃にはレプリカの人気は異常なほど盛り上がり、強力モデルが他社から続々出現。それに対して3型GSX-Rは1987年に再び2灯ヘッドライト化してエンジンや車体も見直し、当時一般化しつつあったラジアルタイヤも採用した3.5型と言うべき仕様になり、車名もGSX-RからGSX-R400に。
1988年の4型のフルモデルチェンジでは、よりレーサームードを色濃くし、レース用のベース車両としての要素を強めたSP(スポーツプロダクション)仕様も用意された。
以降、1993年までは毎年のようにモデルチェンジされるが、1990年代に入るとレプリカブームは去り、ライバル車たちと同様に人気は低迷。GSX-R400は1995年モデルを最後にラインナップから消える。
終盤こそ寂しくはあったが、初期型GSX-Rが及ぼした影響は大きく、400ccクラス、いや、スポーツモデルの歴史にその名はしっかりと刻まれている。またGSX-Rの名とスーパースポーツ作りに対するスズキの考え方は、現行モデルのGSX-Rシリーズに受け継がれている。



上掲のモデルは完全なSTD状態。2灯式ヘッドライトのハーフカウルや4into1の排気系を装備するスタイリングは、1983年世界選手権耐久レースのチャンピオンマシン、GS1000Rの雰囲気がある。ホイールベース1425mm、キャスター27度25分というディメンションで、車体がそれほど小さいわけではないが、乾燥152kgの車重やスリムな車体のおかげで取り回しやすい。ほどよいボリューム感がある前方からの眺めと比べると、リヤビューはスリムに仕上げられ、軽快で俊敏なイメージが強い。
GSX-Rの変遷
GSX-R(1984年)
この初期型には上掲の赤×黒と「スズキカラー」と言える青×白が用意され、1984年3月1日に発売された。

GSX-R HB(1984年)
1983GS1000Rのレプリカカラーを施し、1984年の夏に追加されたHB(ハーベー)イエロー仕様。シートも赤仕上げだった。

GSX-R(1985年)
1985年4月1日には3連メーターの文字盤を黒から白に変え、カラーリングも変更した2型に。価格は1型から据え置きの62万9000円。

GSX-R(1986年)
1986年3月にはツインチューブタイプのDC(デュアルセル)-ALBOXフレームや前後17インチ、SATCS採用の新エンジンやΦ38mmフォーク、角型1灯を持った3型(下写真。価格66万9000円)に進化する。翌1987年には丸目2灯にカウルを変更し、ホイールをフロント17/リヤ18インチ化。さらに1988年にフルチェンジする。


