協力:バイカーズステーション(遊風社)
▶▶▶写真はこちら|スズキ「GSX-R(GK71B)」(1984)
スズキ「GSX-R(GK71B)」(1984)を再考する
最初の4ストローク400ccレプリカ、GSX-Rに込めたレプリカとしての哲学
カウリングを備えた初のレーサーレプリカとして1983年3月1日に登場した2ストローク250ccのスズキRG250Γ。そのちょうど1年後、1984年の3月1日に同じスズキから発売されたのが、Γ同様にカウリングを備えた4ストローク400cc初のレーサーレプリカ、GSX-Rだった。

上の見開きとしたの下見開きで紹介しているのは、その発売に当たってスズキが販売店等に配付した事前資料の、表紙と裏表紙以外のものだ。その内容を見ていくと、当時スズキがGSX-Rに込めたスズキの哲学が分かってくる。

表紙を開いて現れるのは、GSX-Rの走り。そして「BORN IN CIRCUIT」の文字、その右に、4バルブを表すGSXに新たに赤文字でレーシングを想像させるRを加えたGSX-Rのロゴ。
ここには「POWER ENDURANCER」の文字も加わっている。さらに新製品としてのGSX-Rの概要を説明する文言が置かれ、この見開きは完結している。
パワー・エンデュランサー。それは耐久レーサーの技術を惜しみなく注がれたGSX-Rの形容であると、次の見開き(右ページ画像)で紹介される。前見開きの、スズキファクトリーカラーとも言えるブルー×ホワイトと異なるブラック&レッド(これは当時から、スズキの4ストロークレース活動を担ってきたヨシムラのイメージと言われていた)のGSX-Rに重なるように並んでいるのは、1983年の世界耐久チャンピオンマシン、GS1000R。カウルの形状や2灯ヘッドライト、さらにそこから覗くアルミダブルクレードルフレームに2車の大きな共通性が感じられる。
そして左にはそんな2車の関係性を文章で説明し、右ではそれを図式化している。左側はまず「GSX-Rのコンセプト。それは耐久レーサーGS1000Rのレプリカを作ることでした」と掲げる。「世界選手権耐久レースはその1戦(鈴鹿8耐)が日本で開催されることもあって、我々日本人にはなじみの深いレースです。
スズキは昨年、エルブ・モアノ/リカルド・ウバン(英語読みのユービンの方が一般には浸透している)組によって、この世界選手権を獲得。耐久レーサー、GS1000Rのポテンシャルとスズキテクノロジーの高さを証明することができました。
レースでの勝利は、市販車にその実証された技術をフィードバックしてこそ初めて意味を持つ。レース活動において常にそうした哲学を持ち続けてきたスズキは、GS1000Rの400cc版というべきGSX-Rの開発に踏み切りました。RG250Γの4サイクル版を。GSX-Rは、そうしたユーザーの方々の熱い声に応えて生まれたマシンです」。こう概要を紹介しているが、この耐久レーサーこそ、当時の4ストロークのレプリカのモチーフたるものだった。そして「レプリカ」という言葉が、ここに出現していた。
1983年東京モーターショーでもヤマハが使っていた「レプリカ」の語だが、車両メーカーによるこうした新車説明においてはこちらが初めてかと推察される。RG250Γ発売から1年。他メーカーにも同様の構想はあっただろうし、開発も進んでいたはずだ。だがスズキには、RG250Γで受けたレプリカへの手応えがあった。そして自らが考えていたレーサーの性能の市販車への反映という考えを、レプリカという言葉で当時表したのだろう。
2ストロークには世界グランプリが直結している。対する4ストロークは、耐久レース。ホンダRCB/RS1000やカワサキKR1000といった強力ライバルをしのいで鈴鹿8耐を制し、チャンピオンを得たGS1000Rの速さ、そして4ストロークからイメージされる耐久性。それらを、GSX-Rに反映させた。パワー・エンデュランサー。その実際的な構成にも、注目すべき点があった。
スズキはGSX-Rを作るにあたり、自社のモーターサイクルづくりの基本コンセプトである、「トータルパフォーマンスの追求」を適用した。引き続き資料から抜粋すると、①High Performance(高性能)、②Good Handling(優れた操縦性)、③Comfortable(快適性)、④Good Appearance(スタイリングの魅力)の4項目が高次元でバランスされることで、モーターサイクルが高いトータルパフォーマンスを持ちうると考える。
それを実現するのがニューTSCCを持ち、59PSを発揮するエンジン。高剛性で軽いMR-ALBOXフレーム、クイックなハンドリングと同時に高い安定性を持つ16インチフロントホイール、ANDF、DPBS(デカピストン・ブレーキシステム)、フルフローターサス。そしてライダーを保護し、高速時の走行安定性をもたらすフェアリングに、GS1000Rを想わせるスタイリング。最高出力のみにとどまらず、ライダーに与えるフィーリングそのものを大切にしたのがGSX-R。
そしてここで使われた各メカニズムは、過酷なレースで培われ、勝利という実績で裏付けられたものばかり。「チャンピオンの技術、アドバンステクノロジーを搭載したGSX-Rは、その意味においてレーサーレプリカである、といえるでしょう」とある。
GSX-Rにはじつは、この当時のバイク界、特に人気ジャンルやトップモデルで採用され、大きな目玉になるようなニューメカニズムというものは採用されていなかった。前出の文面にある各メカニズムはそうしたものでこそあったが、GSX-Rだけのために開発されたものではなかった。あえて言えばフェアリングだろうが、それにしてもRG250Γで標準化されていた。4into1の排気系も、1982年のGSX400FSインパルスで、ヨシムラとのコラボレーションという形での採用実績があった。
すべてのパートは実績のあるものでの構成。本質的に新しかったのは軽さだった。
前作のGSX400FWで178kgあった乾燥重量を152kgと、15%も軽くしてしまった。当時、250と400の両クラスに馬力自主規制が行われ、400ではGSX-Rの59PSが上限となったから、差を付けるなら軽さだとして、軽量化に腐心した。軽ければハンドリングも軽く、燃費も良く、取り回しもいい。
この軽量性は、世界GPを走るRG500シリーズやRGΓに通じる思想だった。そしてこれらGPマシンの思想を市販車に転用するという考えは、この頃のスズキの特徴とも言えた。“走る、止まる、曲がる”の基本機能が最も優れているバイクは、GPレーシングマシンである。
安全性においてもそうで、安全だから、信頼性があるから、GPレーサーは速く走れる。これはRG250ΓやGSX-R、そして1985年にこれに続くGSX-R750の開発で中心にいた横内悦夫さん(その少し前にはレーサーRGの開発に携わっていた)が持つ考えだった。
その性能=ただの速さでなく、誰もがGPライダーのように思いのままに車両を扱い、ツーリングでも街乗りでも楽しみを得る。これを、市販車にしっかり落とし込んでユーザーに満足してもらい、喜んでもらう。
GSX-Rでは軽量化を軸に、実績のある各パートをきちんと煮詰めて組み合わせる。実績は信頼性でもあって、それらをバランス良くパッケージングすることで、最高に機能させる。最初の4ストレーサーレプリカ、GSX-Rは、その狙いをきっちり形にしてヒットし、RG250Γとともにレーサーレプリカの時代の扉を開いたのだ。

バックグラウンド説明の後にはGSX-Rの主な特徴が述べられる。最初に挙げられたのは、徹底した軽量化について。走りに必要な物だけを追求し、乾燥152kgを達成。当時の400ccクラスの標準的な重量よりも25kg(パーセンテージに換算するとおよそ17%)以上軽い。エンジンもクランクシャフトの肉抜きや各部の材質の吟味を行い、66.3kgに仕上げた。
これはキャブレター/エアクリーナー、シフトペダルを含めた数値で、単体なら60kg強といったところで仕上がる。軽さは運動性能、対重量比での動力性能を高め、燃費も良くなり取り回しもいい。過剰な装備を施すよりも、走りに必要なものを残すという哲学をまず一番にアピールした。
続く右ページでは、レーサーGS1000RをモチーフとしたGSX-Rの、構成各パートを列記。実践で鍛えられた先進と言える装備をきちんと備え、グレードアップも図ったとしている。

以降はその各装備/特長の細かい解説となる。エンジンは前作GSX400FWから一新され、10.5kg軽量化。スズキ独自のTSCC(2渦流燃焼室。ヘッド内にふたつのドームを設け、それぞれに吸気・排気バルブを配して燃焼効率を高める)を真円シリンダーヘッド化でさらに効率化したニューTSCCを採用し圧縮比を11.3に高め、ピストンリングも肉薄化してロス低減。
点火プラグも12→10mmに小径化/全長短縮、バルブもINΦ19/EXΦ17→21/18mmに拡大。これによって59PSの出力とともに45km/L(60km/h定地走行)の低燃費も得た。吸気系はSUタイプの2バレルキャブ、排気系は1-3-4-2と爆発順序順に並べて集合させることで渦を生み、排気速度を高めて効率を上げる4into1。GS1000R由来のいわゆるヨシムラ・サイクロンの方式を踏襲した。

フレームはRG250Γに倣ったアルミダブルクレードルだが、主材のアルミ中空角パイプは新たにその四隅にリブを追加し、結晶構造のような断面を得ることで同じ強度の場合も肉厚が薄くでき、より軽くできるとした。このMR-ALBOX(マルチリブ・アルボックス)フレームは主材にMR787・三元アルミ合金を用いることと合わせ、従来比6kg以上軽い7.6kgを達成した。
ブレーキは前後とも対向ピストンキャリパーでフロントは2(片側)×2(逆側)×2(左右)の8、リヤは2の計10個のピストンを持つデカ(ギリシャ数詞の10)ピストンブレーキシステム。これにより十分な制動力とレーサータッチのブレーキフィーリングを得ると表現している。

GPマシン譲りのフロント16インチホイールにアンチノーズダイブ機構、リヤのCNC(クロス・モノ・クッション。ショックユニットをまたいで交差するようにリンクロッドが配される)タイプ・フルフローターリヤサスを絶妙にセットアップして“黄金の足”を得た。
またフェアリングは①ライダーを風圧から効果的に保護する。②フレームマウントのためハンドリングに悪影響を与えない。③車両自体がフェアリング装着を前提に設計されるためにトータルバランスに優れる。④高速走行時の空気抵抗を減らし、フロントの浮き上がりも抑制。⑤ラジエーターへの集風効果を持ち、冷却効率が高まる。⑥スクリーンは透明度が高く、ゆがみの少ない素材を採用。⑦空気抵抗軽減により、燃費も高まる。
これらの特徴は今では周知されているが、当時は純正ハーフカウル装着認可からの時間もまだ短く、その効果をひとつひとつ細かく説明することも必要だったのだと認識できる。なお、デュアルヘッドランプは400ccクラス初採用でポジションランプも備えた。

最後はメーターやセパレートハンドル、シートにアルミ鍛造ステップ、ミラー等のポジション/操作系の説明。ニーグリップ性に優れ、エアプレーンタイプキャップを備えた燃料タンクにビルトインタイプのウインカー等、“パワー・エンデュランサー”にふさわしい装備を羅列。主要諸元と4面図はカタログにも記されたもので、これは当時の標準。
「このたびスズキが発表する400ccスーパーモデル、GSX-Rについてご案内申し上げます」と表紙に記された案内書は、このようにGSX-Rの内容を解説した。改めて見てみても各パートはオーソドックス。ただそれを高く練り上げた上で、軽量化というキーワードでバランス良くパッケージングしたということも分かる。その狙いは、市場にストレートに受け入れられた。
スズキ「GSX-R(GK71B)」(1984)主なスペック・当時価格
| 全長×全幅×全高 | 2090×710×1185mm |
| ホイールベース | 1425mm |
| 最低地上高 | 135mm |
| シート高 | 780mm |
| 車両重量 | 152kg(乾燥) |
| エンジン形式 | 水冷4ストDOHC4バルブ並列4気筒 |
| 総排気量 | 398cc |
| ボア×ストローク | 53×45.2mm |
| 圧縮比 | 11.3 |
| 最高出力 | 59PS/11000rpm |
| 最大トルク | 4.0kgf・m/9000rpm |
| 燃料供給方式 | キャブレター(AS27VW) |
| 燃料タンク容量 | 18L |
| 変速機形式 | 6速リターン |
| キャスター角 | 27゜25' |
| トレール量 | 96mm |
| ブレーキ形式 前・後 | ダブルディスク・ディスク |
| タイヤサイズ(前・後) | 100/90-16 54H・110/90-18 61H |
| 当時価格 | 62万9000円(1984年) |

