クラス唯一の4気筒エンジンに、流麗な集合マフラー。1974年に登場した「ドリームCB400FOUR」は、その完成度の高さとは裏腹に、時代の変化に泣かされた一台だった。生産終了後に評価を不動のものとした伝説の名車を、その装備やスペックを当時の背景とともに解説する。
まとめ:オートバイ編集部

ホンダ「ドリームCB400FOUR」(1974年)の概要

画像: Honda DREAM CB400FOUR 1974年 総排気量:408cc エンジン形式:空冷4ストSOHC2バルブ並列4気筒 乾燥重量:185kg 発売当時価格:32万7000円

Honda
DREAM CB400FOUR
1974年

総排気量:408cc
エンジン形式:空冷4ストSOHC2バルブ並列4気筒
乾燥重量:185kg

発売当時価格:32万7000円

時代を超えて愛される伝説の名車

「ドリームヨンフォア」の愛称で親しまれるCB400フォアは、いまや1970年代を代表する名車として多くのオートバイユーザーに抜群の知名度を誇っている。しかし、その人気は当時からのものではなかった。現役時代にはその魅力が十分に評価されることはなく、実際の市場では苦戦を強いられることとなっていた。

1972年にホンダがミドルクラス市場に向けて初の4気筒スポーツモデルであるCB350フォアを投入。CB400フォアはそのエンジンをベースに、ボア径を4mm拡大した408ccユニットを搭載し、1974年に登場。

4本のエキパイを1本にまとめた独自の4-into-1の集合マフラーやバックステップを採用したスタイリッシュなカフェレーサースタイルで登場したが、日本国内ではカフェレーサーというコンセプトは当時としては斬新で、時代のやや先を行っており、大衆受けするまでには至らなかった。

さらに1975年の免許制度改正が追い打ちをかける。ビッグバイクの運転に必要な、いわゆる「限定解除」の実技試験の合格率が非常に低かったため、多くの若者が中型免許で乗れる400cc以下のバイクを選ぶようになっていった。

CB400フォアは排気量が408ccと、わずかに制限を超えていたため中型免許では乗ることができず、これが大きなハードルとなった。そのため、日本国内市場では苦戦を強いられることとなったのである。

ホンダは状況を打開するため、1976年に398ccエンジンを搭載した「F-I」や、より乗りやすさを重視したアップハンドル仕様の「F-II」を追加投入したが、販売価格が高かったうえに、当時のライバル車には安価で高性能な2ストロークモデルが多く存在していたこともあり、販売成績も振るわなかった。

398ccエンジンとハンドル形状を変更

1976年に仕様変更を受けて登場したI型、II型。I型はスポーツ走行に向けてセミフラット・ハンドルを採用し、II型はスタンダード・ハンドルにすることでロングツーリングや市街地での走行、低速時の取り回しが容易となっていた。また、これまでタンクと同色であったサイドカバーが黒塗りとなった。

画像: DREAM CB400FOUR-I

DREAM CB400FOUR-I

画像: DREAM CB400FOUR-II

DREAM CB400FOUR-II

結果としてCB400フォアはわずか3年、1977年には生産終了となり、ホンダは後継モデルとして2気筒エンジンのホークIIへ主力を移すことになる。そしてホンダが再び4気筒エンジンを搭載したミドルクラスモデル、CBX400Fを市場に投入するのは1981年まで待たねばならなかった。

その後、CB400フォアの価値は次第に見直されていく。400ccクラスから4気筒モデルが一時的に消えたことにより、マニアや旧車ファンの間で再び注目を集め、希少性と独特のスタイル、サウンド、性能が再評価された。

結果として、CB400フォアは“絶版車ブーム”の先駆けとなり、今では中古市場で高値で取引される名車となっている。

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