文:小川 勤、オートバイ編集部/写真:南 孝幸
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ヤマハ「YZF-R9 ABS」インプレ(小川 勤)

YAMAHA
YZF-R9 ABS
総排気量:890cc
エンジン形式:水冷4ストDOHC4バルブ並列3気筒
シート高:830mm
車両重量:195kg
発売日:2025年10月30日(木)
税込価格:149万6000円
メーカーの個性が際立つスポーツバイクが面白い
『MT-09。このネイキッドはいつスーパースポーツに変身するのか…』という噂だけは10年以上も独り歩きを続け、YZF-R9の登場を待ち侘びていたファンはとても多い。もちろん僕もその1人で、今回待望の試乗となった。
世界的に200PSクラスのトップエンドのスーパースポーツブームは少し落ち着いてきているが、一方で盛り上がってきているのが、メーカー独自のスタンスを持つ程よいスポーツバイク。
ここに共通しているのは、強大なパワー、レースを意識した前傾ポジション、ハードなサスペンション、シビアなハンドリング、そして超高価格からの脱却で、それでいてベテランが思い切ってスロットルを回せば、十分なポテンシャルを発揮することだ。
YZF-R9は、待ち侘びただけのことはあり、そのバランスをヤマハが究極まで高めた1台といえるだろう。ヤマハRシリーズ特有のデザインが与えられ、スタイリングにおいてはフロントの巨大なウイングが特徴になっている。
並列3気筒エンジンは2013年から熟成を続けており、いまや初期型からは別物。890ccで117PSを発揮する。フレームは2024年モデルのMT-09から、ねじり剛性を18%、縦剛性を37%、横剛性を16%アップし、低荷重時の柔軟性と高荷重時の安定性を両立。約9.7kgのフレーム単体重量は、YZF-R1やR6よりも軽い仕上がり。MT-09をプラットフォームにするものの、全くの別物で、ここにヤマハの本気が伺える。
跨って感じるのは、タンクが短くポジションがコンパクトなこと。前傾はそれなりにキツいものの、腰高感はなく、足つきも良好。ステップ位置もYZF-R1やR6と比較するとかなり前方で低い。
モードはスポーツ、ストリート、レインの他、カスタム1&2とサーキット走行を想定した「トラックYRC」1~4を用意。まずはストリートを選択し、ヤマハ3気筒サウンドに耳を傾けながら市街地を走らせる。
スーパースポーツ特有の硬さがなく、前後タイヤの接地感が明確。サスペンションもしなやかで、トップエンドのスーパースポーツのように市街地でそれほど我慢をする必要はない。走るほどに峠への期待感が膨らむ。

マシンとの密な会話が走りの質を向上させる
市街地&高速道路を駆りながら、ヤマハのサイトで見たYZF-R9のプロジェクトリーダー・津谷晃司さんの動画を思い出す。
津谷さんは、ロッシ時代のヤマハのモトGPマシンであるYZR-M1や、YZF-R1のプロジェクトリーダーも務めた人物。ヤマハの超トップエンドのスポーツバイクを知る津谷さんが、動画内で「アクセッシブル」というフレーズを使いながらYZF-R9の説明をしている姿は、ヤマハスポーツファンにとってはたまらない贅沢だ。
そのアクセスしやすいスポーツバイクは、様々な可能性を感じさせてくれる。R25やR3ユーザーの憧れの存在としてはもちろん、R7とR1の間にあった大きな溝を完璧にカバーし、一方で、R1からの乗り換え派も優しく受け入れてくれるだろう。

峠でもYZF-R9は難しいことを考えることなく、思い描いたラインをトレースしやすい。特に前輪がステアする感覚はかなり軽め。それでいて常に前後タイヤの正確なグリップ感を提供してくれる。これがバイクでスポーツしている実感を高めてくれるのだ。
もちろん楽しむには相応のスキルは必要だが、エンジン特性もハンドリングもR1やR6ほど気性が激しくないため、許容範囲が広い。これは最高速を重視するため、MT-09よりもドリブンスプロケットが2丁ロングなっていることも影響しており、とにかくスロットルを開けやすいのだ。
少し腰をズラすとハンドリングのレスポンスが向上し、向きを変える動きが明確に。よりリズミカルに走れる。立ち上がりで後輪への荷重を増やすと、ブリヂストン製R11のグリップを生かすことが
でき、スロットルを開けて曲がる感覚も味わえる。常にマシンとの対話が成立しやすく、少しずつ新しい走りを試しやすい。そこにはバイクとライダーがお互いに歩み寄りながら走りの質をステップアップしていける楽しみがある。
また、上位グレードのブレーキやサスペンションを装備しているのも特筆すべき点。ブレーキのタッチもサスペンションの動きもライダーがコントロールしやすい過渡特性に溢れている。
ちなみにスーパースポーツ世界選手権では、YZF-R9はデビューイヤーにもかかわらず、パタヤマハ・テンケイト・レーシングのステファノ・マンジがタイトルを獲得。メーカーランキングもヤマハが獲得し、速さを証明した。
しかしながらである。YZF-R9は、発表当日に受注終了となり、すでに争奪戦に…。多くのライダーに『待望のパッケージ』が届くのは少し先になりそうだ。
