文:ノア セレン/写真:関野 温
ヤマハ「トレーサー9 GT ABS」VS ドゥカティ「ムルティストラーダ V4 S」|比較インプレ

YAMAHA
TRACER9 GT ABS
総排気量:888cc
エンジン形式:水冷4ストロークDOHC4バルブ並列3気筒
シート高:845-860mm
車両重量:227kg
税込価格:159万5000円

DUCATI
Multistrada V4S
総排気量:1158cc
エンジン形式:水冷4ストDOHC4バルブV型4気筒
シート高:840/860mm
車両重量:232kg
税込価格:353万2200円~

高価な芸術品と使える工業製品。どちらも正義なのである!
大船に乗ったムルティストラーダと、普通にスポーツバイクのトレーサー9GT。意外にも2台の印象はかなり違った。なぜ意外かと言えば、これまではむしろムルティストラーダがスポーツバイク然としたイメージだったからだ。パワフルなエンジンが搭載され、ちょっと前まではフロントが17インチで、カテゴリーとしてはアドベンチャーなのにやたらとホンキのスポーツ性を持っている印象だった。
ところがV4になったムルティストラーダは170PSもあるのにとても優しかった。多気筒化したことでスムーズになり、それでいて排気量があるから低中回転域も扱いやすくトルクは分厚い。バルブの駆動がデスモドロミックではなくなったこともあってメカニカルノイズも極めて少ない。
V4になってどんなトンデモナイエンジンになったのかと戦々恐々としていた凸(ノア)と凹(横田)は「え、これ、H社みたい⁉」と顔を見合わせたくらい緻密で、扱いやすく、「作り込んでるな〜!」と感動したのだった。
足まわりもフレームもしなやか、さらにフロントが19インチになったことでおおらかさも出たV4ムルティストラーダ。これまでの同ブランドのイメージを覆し、正統派アドベンチャーになったと感じた。

TRACER9 GT ABS
対するトレーサーはド迫力の新作ヘッドライトで見た目がガラッと変わったものの、乗った印象は先代から受け継がれていて、いい意味で普通のスポーツバイクだ。ビシッとしたフレーム、カチッとした足まわり、ちょっと硬質で振動を伴うエンジンとダイレクトなハンドリング。
素晴らしい包容力を持っていてすべてをバイク任せに走り続けられるムルティストラーダに対して、トレーサーはもっともっと積極的に走らせたくなるのはエンジンや車体剛性の高さだけでなく、各部の操作性や肌触り、ライディングポジションの馴染みやすさもあるだろう。
ムルティストラーダはやはりちょっと異質なのに対して、トレーサーは「これなら知ってる。大丈夫」と走り出す前から自信が持てるのだ。だからワインディングに入ればついつい尻をずらして、ステップを路面に擦り付けながらワイドオープンしてしまうのだった。
さて電子制御だが、2台とも電子制御サスペンションやIMUによるトラコンやABSの制御といったモダンアドベンチャーモデルで一般的になってきた装備を持つ。加えてムルティストラーダは追従式クルーズコントロールも搭載されるが、トレーサーは上位版のGT+Y-AMT版のみの設定となる。
2台の違いで興味深いのは、ムルティストラーダはサスの調整幅がとても広いのに対して、トレーサーはおいしいゾーンから逸脱せずにあくまで微調整の範囲内という印象だ。さらにトレーサーは出荷時の設定が絶妙で、そのまま乗っても何も問題ないのに対して、ムルティストラーダは初期設定ではなく、自分に合わせてから乗った方がいい気がした。
タイトルにあるように、2台は倍ほどの価格差がある。そのぶんムルティストラーダに分がある部分も多いが、だからと言ってトレーサーの魅力が半分しかないということではない。積極的に楽しめる汎用性の高いスポーツバイクとしてとても魅力的だし、充実した装備でこの価格とした企業努力も素晴らしい。
超高級車でどこまでもエンターテインしてくれる「芸術品」であるムルティストラーダ。もっと気軽に積極的に楽しみたくなる「工業製品」であるトレーサー9GT。そんなことを感じた試乗だった。

Multistrada V4S:有機的なカウルデザインもあって車格が大きく感じるものの、走行中はとても軽快なムルティストラーダ。その理由はフロント19インチとリアホイールは細身の4.5インチ幅が効いてる。