1981年。「年末までに連載に持っていきたい」という編集部に、楠先生は毎週100枚、月に400枚ネーム(原稿用紙に描く前にコマ割とセリフ、登場人物を配したラフな設計図的なもの)を仕上げて猛プッシュ。そして7月、連載が決まる。
 
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第11回「最後のラブコメ作家、デビュー」

「81年8月『ララバイ』は800枚のネームストックを持って連載スタート。これは楽だと思ってたら、副編集長がやってきて『60枚だけでOK。残りは捨てて。ラブコメ路線でオートバイ色は少なくする』と」。

連載にあたって、楠先生は、仕事場を借りない、アシスタントを雇わず一人で描く、バイト先を完全に断ち切らない、という条件で『あいつとララバイ』をスタートさせた。

「つまり今のアパートで一人で描いて、できればバイトも続けなさい。『連載はするけれど、いつでも打ち切りますよ』と。

一話20ページで9話描いて単行本1巻。打ち切りとなる。新人のパターンですね。当時の少年マガジンは厳しかったけれど、新人の人気のなかった作品でも必ず単行本1巻は出してくれる「太さ」もありました」。

画像: 『あいつとララバイ』 ラブコメ・テイストで連載が開始された『あいつとララバイ』。成田空港まで送らされた研二は友美の涙に「ドキッ」とする。研二の恋が始まった瞬間。

『あいつとララバイ』
 
ラブコメ・テイストで連載が開始された『あいつとララバイ』。成田空港まで送らされた研二は友美の涙に「ドキッ」とする。研二の恋が始まった瞬間。

画像: すんなりとうまくいったらラブコメではない。研二の強引さや浮気心に友美は鋭い攻撃を繰り出し、物語中盤までに10数回にわたってビンタを喰らい続けた。

すんなりとうまくいったらラブコメではない。研二の強引さや浮気心に友美は鋭い攻撃を繰り出し、物語中盤までに10数回にわたってビンタを喰らい続けた。

「6日で1本仕上げバイトに行く。なんとか1巻の壁はクリアし、バイトは卒業して2巻目から漫画一本に絞ります。この時、担当に言われました。『少年マガジン史上、バイトしながら連載したのはお前が初めてだろう』と」。

当時の週刊少年マガジンには連載作品が15本ほどあり、読者アンケートで5本ずつA、B、Cランクに分けられた。

「ララバイはBのケツとCの真ん中を行ったり来たり。安易にラブコメ路線を選び連載を急いだツケです」。

今では不朽の名作とされる「ララバイ」も初期は人気的に苦戦。だが、ここから楠先生の逆襲が始まる。

(以下、第12回「オートバイを小道具から相棒に」をお楽しみに!)

過去の回は、こちらでご覧いただけます。

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