1984年、F3直系を名乗りながらも、FZ400Rが本気で狙っていたのはサーキットではなく街と峠の日常だった。59PSの4気筒とハーフカウルをまといながらツーリングもこなす「着崩したレーサーレプリカ」を振り返る。
まとめ:オートバイ編集部
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ヤマハ「FZ400R」(1984)解説

日常と峠の二面性、平日は通勤快速、週末は峠のF3

画像: YAMAHA FZ400R 1984年

YAMAHA
FZ400R
1984年

FZRへ続く原点仕様、F3が生んだ街道モデル

1984年前後、全日本ロードレースにTT-F3クラスが新設されると、国内メーカーに突きつけられたテーマは明快だった。「市販車ベースで勝てる400」。ヤマハはこの命題に対し、F3ワークスマシンと並行開発したFZ400Rで応え、「F3チャンピオンレーサーのレプリカ」を堂々と標榜した。

エンジンはXJ400Z系をベースとする水冷DOHC4気筒。圧縮比や吸排気系を見直し、YICSも採用することで59PS/12000rpmへと高回転化。背面ジェネレーターによるコンパクト設計も相まって、鋭く吹け上がるフィーリングはまさに〝F3直系〟の証しだった。

車体は角断面スチールフレームにアルミスイングアーム、リンク式モノクロスサスを組み合わせ、フルカウルとセパハンで武装。当時としては十分にレーシーながら、のちのアルミデルタボックス採用車に比べると、公道適応性も残した過渡期的パッケージといえる。

コスミックブルー×シルキーホワイトに赤ストロボの〝デイトナカラー〟も象徴的で、4-2-1集合マフラーのサウンドは高回転で澄み切った咆哮を響かせ、多くの若者を魅了した。

1982年のカウル解禁以降、国内市場は急速にレーサーレプリカ一色へと傾倒する。そこに登場したFZ400Rは、4スト400クラス初の本格フルカウルスポーツとして潮流を決定づけ、「レースの勝敗が販売に直結する」時代を加速させた。

TT-F3ではベース車として支持を集め、ワークスFZR400との相互フィードバックにより、市販車の戦闘力も引き上げられていく。

そして1986年、ヤマハはF3の成果を一気に市販化したFZR400を投入。アルミデルタボックスフレームと前傾ジェネシスエンジンを備え、400レプリカ戦争は新たな局面へ突入する。FZ400Rはその前段階として、レースと市販を結ぶ〝起点〟となった存在であり、この系譜は後のYZF-Rシリーズへと確実に受け継がれていくのである。

画像: FZ400R(左) 1984年 FZR400(右) 1985年 1985年TT-F3レーサーFZR400は、45度前傾水冷直4とアルミフレームを組み合わせた純レーサーで、以後の市販FZR400/YZF400の設計指針となるヤマハ4ストF3ワークスの原点的存在。

FZ400R(左)
1984年

FZR400(右)
1985年

1985年TT-F3レーサーFZR400は、45度前傾水冷直4とアルミフレームを組み合わせた純レーサーで、以後の市販FZR400/YZF400の設計指針となるヤマハ4ストF3ワークスの原点的存在。

FZ400R各部解説

エンジン

XJ400Z系水冷DOHC16バルブ並列4気筒を高圧縮化し、バルブ大径化とカム改良で高回転化。圧縮比11.5で12000回転で59PSを発生。

画像1: ヤマハ「FZ400R」(1984)解説

フレーム

車体はスチール角パイプのダブルクレードルで剛性と細身を両立。

画像2: ヤマハ「FZ400R」(1984)解説

主なスペック

●エンジン形式:水冷4ストロークDOHC4バルブ並列4気筒●総排気量:399cc
●最高出力:58PS/12000rpm●最大トルク:3.6kgf・m / 11000rpm●乾燥重量:165kg

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