“あの頃”とは、日本製のバイクが世界を席巻した1980年代を指す。その時代のロードレースで存在感を示したヤマハのファクトリーマシン/YZR500にインスピレーションを受けた「XSR900GP」は如何にして生まれたのか。開発陣に話を聞いた。
聞き手:河野正士/写真:松川 忍
※この記事は、2024年7月17日に発売した『YAMAHA XSR GUIDE』に掲載したものを一部編集して公開しています。
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ヤマハ「XSR900GP ABS」開発者インタビュー

画像: (左から)ヤマハ発動機株式会社 SV開発部 車体設計プロジェクトチーフの野原貴裕氏、XSR900GPプロジェクトリーダーの橋本直親氏、車両実験部 実験プロジェクトチーフの田中大樹氏。

(左から)ヤマハ発動機株式会社 SV開発部 車体設計プロジェクトチーフの野原貴裕氏、XSR900GPプロジェクトリーダーの橋本直親氏、車両実験部 実験プロジェクトチーフの田中大樹氏。

スタイルを磨き走りを磨いた

ヤマハ発動機は、同一のエンジンおよび車体で、個性の異なる複数のモデルを展開するプラットフォーム戦略を展開している。「XSR900GP」は、並列3気筒888ccエンジンをCFアルミダイキャストフレームに搭載する、CP3プラットフォーム・シリーズの最新モデルである。

エンジンとフレームはMT-09シリーズやXSR900と共有。とくにXSR900は、「XSR900GP」同様、1980年代にロードレース界を席巻したヤマハのレーシングバイクから多大にインスピレーションを受けていることから、「XSR900GP」の先行プロモーションがスタートしたときにはXSR900の外装のみを変更したモデルのように語られた。しかし開発チームを率いたプロジェクトリーダーの橋本氏は、そのイメージを明確に否定した。

「XSR900GPはネオクラシックなモデルでありながら、よりスポーティなスタイリングを採用するとともに、そのイメージに合致するスポーティな走りを実現するために各部を進化させました。数字が並ぶスペックシートや写真を見ただけでは、その個性が理解しづらいんです。でもあらゆるキャリアのライダーでもXSR900GPを走らせるとすぐに、XSR900とは異なる走りの個性を感じていただけます。そしてその個性は、スポーツライディングだけでなく、ツーリング領域にまで広がっていることにも気づいていただけると思います」

「XSR900GP」が新たに採用したディテールは多岐に渡る。それはフロントカウルおよびシートカウル(オプション設定)といった外装類から、セパレートハンドルやステップといった操作系に前後サスペンション、さらにはフレーム剛性を整えるための目には見えない部分にまで至り、まさに微に入り細を穿(うが)つ。

「我々ヤマハ発動機がニューモデルを造るとなれば、外装を替えただけというのは考えられません。開発チームが発足すれば、各部署がそのモデルの世界観を広げ、あるべき姿やパフォーマンスを徹底的に造り上げる。それを実現するために妥協なんてできません。それがヤマハ発動機の特徴かもしれません。そう言う意味でもXSR900GPも、じつにヤマハらしいモデルに仕上がりました」橋本氏は、そう話した。

画像1: ヤマハ「XSR900GP ABS」開発者インタビュー

小さな進化の積み重ねが強い個性となる

「XSR900はスポーティな走りが楽しめるモデルであり、スタイル重視のバイクであるという固定概念を良い意味で裏切りました。それに対してXSR900GPは往年のレーシングバイクを彷彿とさせるデザインを採用していることから、最初から走りのパフォーマンスに対する期待値が高い。それに目の肥えたベテランライダーからの期待値は高く、それを裏切らないよう走りのポテンシャルも高めることは必須でした」

実際にテスト車両を走らせ、走りのパフォーマンスはもちろん、操作系やディスプレイのインターフェイスまで、車両のあらゆる部分を評価し対策する実験チームを率いた田中氏は、開発プロジェクトが発足したときから、そう考えていたという。

同じCP3プラットフォームを持つMT-09やXSR900は、街中での走行を強く意識し、アップハンドルを採用するなどして軽快なフィーリングを造り上げている。対して「XSR900GP」は、それら兄弟モデルに比べ、少しだけスポーツライディングの比重を高めたい。しかしそこで求めたのは、スポーツライディグ時の走行安定性を高め、エンジンも車体も、すべてライダーのコントロール下に置くことで安心感を高めてスポーツ走行が楽しめるようなフィーリングだったという。

そこで重要になったのが車体の剛性チューニングだったと、車体設計のプロジェクトチーフを務めた野原氏は語った。

「XSR900GPはサーキット走行やレース参戦を前提にしたモデルではありませんが、ワインディングを気持ち良く走りたい。そこでCP3プラットフォームを採用するモデルで唯一セパレートハンドルを採用し、それに合わせてステップ位置も変更。ライディングポジションを大きく変えました。それによる車両の重量バランスの変化を踏まえて、我々が狙うスポーティなハンドリングを実現するには、車体剛性のチューニングが必要であり、加えてサスペンションの変更や調整が必要でした」

具体的には、ステアリングヘッドパイプ後方に左右メインフレームを連結する部品を追加し、その形状や板厚を調整。またフレームとエンジンを連結する懸架用ステーの板厚も変更。リアフレームを構成する鋼管の肉厚を変更しているほか、スイングアームピポットの内部にセットするブッシュの形状を変更して、スイングアームピボットを中心としたリアまわりの剛性バランスも再構築している。

画像2: ヤマハ「XSR900GP ABS」開発者インタビュー

もちろん前後サスペンションも「XSR900GP」専用にセットアップ。フロントフォークはMT-09SP用をベースに開発。XSR900と比較し圧側減衰力調整が高速と低速のツーウェイになり、伸側減衰力調整段数も幅広くした。リアサスペンションは、サスペンションユニットを専用開発。油圧ダイヤル式のリモートコントローラー付きとし、圧側減衰力調整機構は、高速と低速のツーウェイ仕様だ。

また左右のフロントブレーキキャリパーから連結部分まで伸びるブレーキホースの材質のみ変更。フロント荷重が増え、スポーツ性を高めたことで、制動力はそのままに、フィーリングの向上を図ったのだという。

それらの小さな変更は、ここでは書き切れないほどある。そしてそれらを積み重ねることで、プラットフォーム戦略の中で、「XSR900GP」だけの個性を造り上げているのである。
そして野原氏は、こう付け加えた。

「じつはECUと呼ぶ、エンジンをコントロールするコンピューターのプログラムは、XSR900もXSR900GPも同じです。でも各部の変更を積み重ねること、とくに前後サスペンションのセッティングやフレームの剛性バランス、ライディングポジション変更によって前後の重量バランスが変化したため、同じアクセル開度でも車体の反応が違います。それはスペックなどの数字としては現れませんが、ライダーはその違いを明確に感じられると思います」

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