文:宮﨑健太郎(ロレンス編集部)
※この記事は「ロレンス」で2022年1月5日に公開されたものを転載しています。
F1は2030年までの、MotoGPは2027年までのカーボンニュートラル化を目指す
世界の、すべてのモータースポーツで排出されるCO2(二酸化炭素)の総量ってのはどれくらいのものなのか不明ですが、純粋に速さや技術の優劣を競うモータースポーツも、当然モラル的に2050年カーボンニュートラル化への流れとは無縁ではいられません。
2022年からF1は、「E10」というバイオエタノール10%+化石燃料90%を採用し、2030年には完全な"ネットゼロ"を達成することを目標にしています。そして去る11月には、追従するようにMotoGPを統括するFIM(国際モーターサイクリズム連盟)が、2024年までにMotoGPクラスの使用燃料成分の最低40%を非化石由来のものにして、2027年までにはその比率を100%まで高め、完全な非化石燃料化を達成すると公表しました。
持続可能燃料の作り方については、廃棄物や非食品バイオマス(生物資源)由来原料で作る"バイオ燃料"を想定しています。また、標準的なICE(内燃機関)を改造することなく使える「ドロップイン燃料」であることも、F1、MotoGPともに開発テーマになっています。
なお、F1やMotoGPという最高峰シリーズの方針に追従するように、ほかのメジャーなモータースポーツも持続可能燃料を導入する流れが生まれています。モータースポーツも、ちゃんと地球環境のことを考えています! というアピールは、業界のイメージアップにプラスにはたらくでしょう(多分?)。
いろいろと問題点があげられる、作物をベースとするバイオ燃料・・・
持続可能燃料・・・なんのこっちゃ? という方も多いでしょうが、いわゆるカーボンニュートラル燃料にはCO2とH2(水素)を材料に作られた「合成燃料」と、先述の「バイオ燃料」に大別されます。いずれの燃料もICEに使用するとCO2をテールパイプから排出してしまいますが、どちらの燃料も製造過程でCO2を回収・・・ということで実質ゼロをうたっているわけです。
後者のバイオ燃料は、F1とMotoGPが近い将来向けて急いで導入しようと考えていることが示すとおり、すでに製法などの技術が確立されています。運輸部門における使用状況の割合は3%くらいですが、そのほとんど(99%)が道路交通部門であり、自動車の世界では実際に活用済みの技術なのです。
バイオ燃料にはエタノールとバイオディーゼルがありますが、エタノールはアメリカやブラジル、バイオディーゼルはEUでの消費が多いです。CO2を吸収する植物類を材料使うのだから・・・と、いかにもエコな感じがするバイオ燃料ですが、実はいろいろバイオ燃料は問題視されることも多かったりします・・・。
1番の問題は、食糧となる植物を燃料にして良いのか? ということです。バイオ燃料の原材料はコーン、サトウキビ、ビーツ、小麦、大豆、パーム油とさまざまですが、そもそも食物や飼料に栽培されていたものを燃料に使っていいのか? 世界には飢餓状態に置かれている人が数多くいるのに、穀物などを燃料として消費していいのか・・・という人道的な観点から、バイオ燃料に否定的な考えを示す人は少なくありません。
また環境保全の点でも、食物や飼料由来のバイオ燃料の使用は逆効果・・・という調査結果もあります。つまり燃料用の穀物などを育てる農地を増やすことで森林が消失し、CO2を吸収する植物が減ることでCO2削減という、そもそもの目的が果たせなくなるわけです。
欧州の環境政策にも影響を与える、1990年創設のNGOであるT&E(欧州運輸環境連盟)のレポートによると、2009年以降の欧州バイオディーゼル燃料市場の成長は、熱帯雨林地域で栽培・生産されるパーム油の輸入に支えられたものでしたが、その需要に応えるために結果的には多くの森林が破壊されたそうです。
そして森林の破壊によるCO2吸収量減少の結果、化石燃料由来のディーゼル燃料を使った場合に比べ、パーム油由来のバイオディーゼルはなんと3倍!! の温室効果ガスを放出したことになりました。もしもその状況を維持し、欧州圏のパーム油由来バイオディーゼルの需要に応じ続けるとなると、熱帯地方の430万ヘクタール! の土地がさらに必要になる、と科学者たちは警告したのです。
インドネシアとマレーシアのパーム油利権を握る勢力は、環境破壊防止の観点からのパーム油由来の燃料利用禁止という、規制策を作ろう考えたEU側の動きに激しく抵抗しましたが、すったもんだの末に2018年6月には、2030年の完全廃止まで段階的に、パーム油などを由来とするバイオ燃料に対する優遇的支援を無くしていくことが、EUの合意事項となりました。
環境を守るつもりが、結果的には環境破壊につながるという本末転倒・・・。上述のEUでのパーム油由来バイオディーゼル問題が示したとおり、食料競合や土地利用変化への考慮から、作物を原料とするバイオ燃料作りの全廃を、世界は目指す方向に進むことになるのでしょう・・・。
モータースポーツ界が導入しようとしているのは、"第2世代"バイオ燃料!
地球環境的になにかと問題のある作物由来のバイオ燃料ですが、モータースポーツ界も導入しようと考えている"第2世代"バイオ燃料は、食用にはならない藻類、そして廃棄される使用済み植物油、生ゴミ、下水汚泥、家畜糞尿などを材料とすることで、食料問題的にも環境的にも、モラルに反さない燃料であることをうたっています。
F1を統括するFIAは、2030年までに道路上には18億台の自動車が存在し、そのうちBEVはわずか8%であると推定。それゆえにICEという動力源は飛行機、船舶、そして陸上の運搬に引き続き不可欠な存在である・・・とバイオ燃料を推す理由を述べています。
ICE用としての水素燃料に比べるとバイオ燃料は、ガソリン/ディーゼルICEに比較的少ない変更で使用できるのが大きな利点です。また水素燃料よりも運搬・保管が楽で、給油ステーションなど既存のインフラを流用できるのも魅力です。
ただ現実問題として、化石由来燃料の代替としてバイオ燃料を必要十分な規模で世界中に供給することは簡単ではありません。2017年のIEA(国際エネルギー機関)のETP(エネルギー技術展望)の推計によると、2050年の1次エネルギーとしての、バイオエネルギー全体の消費をまかなう量の供給は可能、と考えられているそうです。しかし・・・それも結局は30年弱の間に、バイオ燃料の大量生産技術が確立され、化石燃料に対抗できるコストダウンが可能になる、というベストシナリオどおりにコトが進むことが大前提でしょう。
ともあれ、水素を燃料として使うよりは、既存のICE車にも対応しやすそうなバイオ燃料は、旧い2&4の愛好家的には発展を期待してしまう技術ですね。エタノール含有量の高い燃料だと、ガソリン100%の使用を前提に設計されたICE車に使用する場合、燃料系へのダメージが心配ですが・・・。
将来定番となるバイオ燃料が、現代のモータースポーツ用限定ではなく、旧車含む一般公道車にも「ドロップイン」な仕様だったらありがたいですね! これは"エコ"というより、旧車好きの"エゴ"の観点からの希望ですけど・・・(苦笑)。