文:八代俊二、ゴーグル編集部/写真:松川 忍、柴田直行
ドゥカティ「ムルティストラーダ V4 S」インプレ(八代俊二)
タフさとハイテクとエルゴノミクスの融合
ドゥカティ「ムルティストラーダ V4 S」は専用設計で開発されたV4エンジンに前方/後方レーダーシステム搭載といったはじめて尽くしのテクノロジーを筆頭に、メーターパネルにはダイナミックナビゲーションマップをはじめとした情報を集約可能とするHMIインターフェイスを採用。
そしてセミアクティブスカイフックサスペンションや様々なライディングアシストシステム等々、あらゆるロードコンディションをモノともしない贅を尽くした仕様となる。
2003年に初代モデルがデビューしたムルティストラーダシリーズは、力強く軽快な走りを生むドゥカティ独特のメカニズムを、あらゆる道を長く快適に走り続けられるスポーティなツアラーに仕立てたモデル。実用性とドゥカティらしさを両立させたことで人気を集め、モデルチェンジを繰り返しながら進化を続けてきた。
フルモデルチェンジされた2021年モデルは、エンジンをこれまでのLツインから強力な新世代V4に変更、アルミ製モノコックフレームも採用するなど全てを一新した「ムルティストラーダV4」へ生まれ変わった。
V4 SはスタンダードなV4をベースに、スカイフックサスペンション(DSS)EVOサスの採用をはじめ、ブレンボ製Stylemaキャリパー、クイックシフター、クルーズコントロールなど、装備を充実させて走りも快適性もグレードアップしたモデル。
初代ムルティストラーダがデビューしたのは2003年。それまでスーパースポーツモデルの916シリーズやネイキッドモデルのモンスターシリーズでロードスポーツマーケットを席巻していたドゥカティが、新たなセグメント(カテゴリー)を開拓すべくマーケットに送り込んだのが、ムルティストラーダだった。
既存のモデルで定評のあったロードスポーツ性に加え、長距離移動やタンデムライディングも可能にするツアラー的な要素を加味したモデルは当初、空冷2バルブの1000ccでスタート、後に排気量を1100ccにスケールアップ、2010年にはエンジンを水冷4バルブに載せ換え車体もより安定感を高めるためにひと回りボリュームアップ、外観も現在に繋がる流麗なデザインに変更された。
2013年にはスカイフックサスペンションを採用、2015年にはバリアブルバルブタイミングの採用など、年を追う毎に進化を続けたムルティストラーダは現在、ドゥカティ社の屋台骨を支える重要な1台となっている。そのムルティストラーダが2021年、新たな変革の時を迎えた。
今回のモデルチェンジ最大のポイントは、エンジンがこれまでの2気筒からV4に変更されたことだ。しかも驚いたことにムルティストラーダV4に搭載されるV型4気筒エンジンは、ドゥカティ独自のバルブ作動システム、デスモドロミックではなく、カムシャフトがフィンガーフォロワーを介してバルブスプリングを押し下げる一般的なバルブ開閉方式に変更されているのだ。
加えて、ニュームルティストラーダV4にはレーダーテクノロジーを駆使した、前車との距離を一定に保ちながら追尾できる『アダプティブ・クルーズ・コントロール』やバックミラーに映らない死角にいる車両を検知してライダーに警告する『ブラインドスポット検知機能』を備えていることだ。
さながら走る電脳マシンといった風情のニュームルティストラーダV4に、初代ムルティストラーダに自費を注ぎ込んでカスタムしていた私は興味津々で試乗に臨んだ。
先ずは跨った印象である。座面を広くとった結果、軽くエッジが立ってしまったシートは、小柄な私だと足つき時に内腿が角に当たり気になった。ただ足つき性そのものは悪くないし、一旦走り出してしまえばエッジのことは一切気にならない。
むしろ座り心地は快適だった。またボリューミーなことは変わりないが、V2に比べウインドスクリーンやメーターからライダーまでの距離が長いのにもかかわらず、ハンドルが手前に伸びているV4では自分の懐が拡がるような余裕が感じられた。
気になっていたV4エンジンは、セルボタンを2秒押さずとも簡単に目を覚ました。回り始めたV4エンジンは、想像以上にメカニカルノイズが少なく、回転も滑らかだ。
クラッチは操作感が軽く、エンジン回転が滑らかなことから2000回転も回せばゆっくり走り出すことができる。走り出してからもエンジンの吹け上がりは滑らかで、路面に吸い付くように加速する。
デスモドロミックの弾むような加速感と比べるとムルティストラーダV4のニューエンジンは、明らかにメカニカルノイズが小さく快適だ。私は試乗前、部品点数の削減と組み立て工程の簡略化、平たく言うとコストダウンの為にデスモドロミックを放棄したのではないのか?と疑っていたが、その読みは完全に裏切られた。
技術的な話は省略するが、今後ドゥカティのラインアップで、滑らかさや快適性や求めるモデルにこのバルブシステムが採用される可能性は高いのではないだろうか。
一方、多くのライダーにとって注目の的であろうアダプティブ・クルーズ・コントロールだが、結論を先に言ってしまうと、想像以上に完成度が高く、使い勝手も良かった。スイッチ類の配置が分かりやすく、操作もしやすい。そしてデジタルメーター内の表示位置も目に留りやすく、色の変化も分
かりやすかった。
唯一クルーズコントロールのスピード表示が小さいのは気になったが、一度設定してしまえば頻繁に変化させることも少ないだろうから大した問題ではないのかもしれない。前車を追走しながらクルーズコントロールのスイッチをONにすると、忍者のように前車を追走し、前車が徐々にスピードダウンするとそれに合わせてスムーズに減速した。
そして前車が大きく減速するとそれに合わせて、しっかりブレーキがかかる。勿論、緊急時は自分で対応しなければならないが、車間距離を多めにとれる高速道路での長距離移動などでは、非常に快適で大幅な疲労軽減になることだろう。
また、今回のテストコースにはバンクがあり、前車に続いてバンクに進入したところ、コーナリング中でもしっかり前車を追走した。仮に、前車がオーバースピードでコーナーに飛び込んで行ったとしても、6軸センサーで自車の状態を分析し、前車の追走は止める(安全確保をしてくれる)という。
この他にも、停車時にブレーキを掛けるとリアブレーキがロックされてバイクが固定されるビ
ークル・ホールド・コントロール(坂道発進が劇的に楽になる)など、痒いところに手が届く装備が満載されている。
シンプルで軽快な初代ムルティストラーダがお気に入りだった元オーナーとしては、水冷化と同時に大型化されたムルティストラーダに少なからず違和感を感じていたが、今回のモデルチェンジで、それらの不満は一掃された。またムルティストラーダのオーナーに返り咲くのも悪くないかもしれないと考えてしまった。