1985年に世界GPを制すべく作られたファクトリーマシンRS250R-Wのディメンションやスペック、作りをほぼそのままに1986年にストリートに送り出された、リアルファクトリーレプリカ。以後15年弱で12万台近くが作られ、今もその魅力は深まるばかり。至高の1台を、これからじっくり見ていこう。
まとめ:webオートバイ編集部
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ホンダNSRという存在

HONDA
NSR250R
日本で一大バイクブームが起こった1970年代終盤から1980年代前半。その流れを汲んだレーサーレプリカブームにより、国産各社からは数多くのレプリカモデルが登場した。その中核はトップレーシングの世界=世界GP(WGP)500/250を例に取った、2ストローク250ccクラス。
かつて4ストロークRCで覇権を取った後に撤退したホンダは、1979年から4ストロークNR500でWGP500に復帰する。1982年には勝つための2ストNS500を投入。市販車には同じV3エンジンを持つレプリカとして、そして自社初の2ストロードスポーツとして'83年、MVX250F(MC09)を投入する。
大きな話題を呼び、年間2万台近くを販売するもトップセールスに至らず、1984年には当時HRCが改めて市販を始めたレーサー、RS250Rと同じ90度V2エンジンを持ったNS250R(MC11)が新作され、市場に出る。NSはアルミダブルクレードルフレームや排気デバイスATACを装備してレプリカ度を高めていたが、ホンダはまだ上を狙いたかった。
次なる手は何か。それは、1986年10月に登場する次期モデルで明らかになった。NSR250R。ワークスレーサーNSR250のロードゴーイングバージョン=Rだと、カタログ表紙のロゴ配置からは読み取れる。
つまり、勝てるレーサーを作る。その上でそれを元に、市販車を作る。NSR250Rに当時ホンダがいかに力を入れていたか。それは、初代のカタログを開いた概要説明部分からも十分に分かる。引用しよう。
1985年8月11日に達成された、世界GP500&250のダブルタイトル。ここが起点。“1軸クランクの真のV型レイアウトにクランクケースリードバルブ方式のエンジンを前方に傾斜させて搭載する”というエンジンコンセプト。
そしてタイトルを得たワークスNSR500とNSR250に、近い構成。250のエンジンは500のV4をふたつに割ったもので、出力特性も超高速から中低速までをカバーしたフレキシブルなもの。従来のピーク域だけを重視した250とはまったくコンセプトが異なる。

勝てるレーサーを作ることは、高質な市販車を作ることとほぼ同じ思想だった。90度V2エンジンの理論上1次振動ゼロは、フレームに悪影響を及ぼさず、ダイレクトにエンジンが積める。小型軽量になる。そしてフレキシブルな出力特性と高い車体コントロール性はライダーを楽にし、前に出ることに集中させてくれる。ストリートでも、安全度が増すことになる。

