写真:小平 寛、松川 忍、関野 温、盛長幸夫、山口真利 文:太田安治、webオートバイ編集部
ヤマハ「RZ250」(1980)プレイバック②
宿命のライバル対決・RZ250vsVT250F

HONDA
VT250F
1982年
総排気量:248cc
エンジン形式:水冷4ストDOHC4バルブV型2気筒
シート高:780mm
車両重量:149kg(乾燥)
価格:39万9000円(当時)
こうして国内250ccクラスの主役となったRZだったが、当時はホンダとヤマハが国内のトップシェアを競う「HY戦争」の真っ只中。「4ストのホンダ」は1982年6月に、4ストロークながら超高回転型エンジンからRZと同じ35馬力を絞り出すVT250Fで追撃態勢に入る。

『月刊オートバイ』1982年8月号より

『月刊オートバイ』1982年8月号より
月刊オートバイ誌のライバル対決企画では鈴鹿フルコース、富士スピードウエイ、筑波サーキットでラップタイムバトルを行ったが、ヤマハの「ホンダには絶対に負けられない!」という気迫は鬼気迫るものがあった。

『月刊オートバイ』1982年8月号より

『月刊オートバイ』1982年9月号より
サーキットまでワークスのトラックに4台のRZを積んできて、レース担当メカニックが帯同し、ワークスのレーシングライダーが乗るという、およそ雑誌の企画とは思えないピリピリした雰囲気。結果的にラップタイムも定地テストデータもRZの勝利だったが、その差は僅か。後に聞いた話では、テスト後にヤマハに戻ったテスト参加スタッフたちは祝杯を挙げたという。
当時、高いスポーツ性能で二十歳前後の若いライダーの多くがRZの魅力に取り憑かれたが、女性ライダーの受けは良くなかった。
2ストエンジンはオイルを燃やして潤滑するため、マフラーから出る排気ガス中に白煙が混ざり、マフラー内に溜まると黒いタール状になる。排気煙の匂いが髪や服に付く、走行中に飛散したタールで服が汚れる、といったことが敬遠されたのだ。当時は当たり前だが、モーターによるセルスターターがなく、キック始動だったことも影響していた。結果、女性ライダーから支持されたのはVT250Fの方だった。
市販車ベースの車両で戦うプロダクションレースでも大活躍したRZだが、1983年2月に排気デバイス「YPVS」を装備し、最高出力を43馬力に引き上げつつ、初代RZの弱点だった低回転トルクの弱さを解決したRZ250Rへとフルモデルチェンジしたのだった。

初代RZ250の発売期間はわずか3年弱だったが、40数年が経過した現在でも多くの車両が生き残っている。爆発的に売れたうえに、大事に乗るライダーが多かったという、RZ250ならではの現象だ。
