1947年の創業以来、機能的かつ高品質、そして優れた安全性と快適性を追求したライディングウエアづくりに定評のあるクシタニ。三代目にあたる櫛谷淳一さんは現在、クシタニの誇るレーシングスーツの実力を世界へと広めるために、新たな挑戦を続けている。
文:齋藤春子/写真:松川 忍

アジアからクシタニのブランド力を世界に発信

──クシタニとして今後さらに新しい挑戦をしていきたい分野や、より強化していきたいと考えていることを教えてください。

「もう何年も強化したいと考えているのはアフターケア、つまり修理ですね。革製品などは特に、10年、20年は当たり前のように使っていただくことも多いですから、サイズ直しや修理といったアフターケアを充実させることが、クシタニの強みにもつながると思うんです。ただ、職人さんの修理技術というのは、身につけるのがかなり難しいらしいんですね。ガイドラインやルールを学べば、経験が浅くても商品を作ることは可能です。でも壊れたものを修理したり、サイズを直すのは形のないものを突き詰めていくようなもので、ある程度の経験値がある職人さんじゃないと難しい。なので時間はかかるでしょうが、お客様が買った商品に何かあっても、クシタニ・プロショップに行けばどうにかなる、という環境を整えていきたいです。あともうひとつは、海外への展開を強化したくて奮闘しているところです。ここ10年ほどはずっと、アジアの選手権を走るライダー達へのレーシングサポートを行っていて、アジアから最終的にはヨーロッパを目指して、世界にクシタニブランドを浸透させていきたいなと考えています」

──約10年前に、アジアへの進出を決めたきっかけがあったのでしょうか?

「当時すでにアジアのレース人気がかなり盛り上がっていて、どんどん若いライダー達が出てきていたのですが、彼らはクシタニというブランドをまったく知らない。アジアで展開していないのだから、当然ですよね。でも僕と同世代の40代以上のレース関係者や、現地で日本のメーカーのお仕事をされている方達は、クシタニを覚えていてくれました。なぜかというと、クシタニは1990年代にバブルが弾けるまで、アジアのマーケットにかなりの勢いで商品展開をかけていて、彼らはその頃に現役のライダーだった世代なんですね。クシタニを知ってる人達がまだレース業界にいるタイミングでアジア進出に本腰を入れられれば、チャンスはある。でも、アジアは定年も早いですし、あと数年も経てば誰もクシタニを知らない状況になって、完全に乗り遅れてしまうとも思いました。だったらもう自分がやろうとアジアに行き始め、まずタイのバンコクに事務所を建て、プロショップを作り、工場を作って…と今に至ります」

──工場まで! アジア進出にかけるクシタニさんの意気込みの現れですね。

「最初はアジアに合った販売システムを構築することに取り組み、プロショップを出す前には現地の職人さんを入れて、草レースなど小さなイベントにも足を運ぶなどして、革ツナギの修理サービスをやり始めました。アジア展開を始めたときに『5年以内にタイで革ツナギを生産できる体制を作ろう』と決めたのですが、ほぼ目標通りのタイミングで実現できたんですよ。今でも材料はすべて日本から送ってもらっていますが、裁断や縫製など材料以外のすべての工程をタイ工場で完結できるようになりました。ここ3年ほどは全日本とモトGP以外の、アジアやヨーロッパのサポートライダーのツナギはすべてタイ生産です。修理をして、良い革ツナギを作り、販売する。条件こそ違いますが、まるで祖母が浜松で革ツナギを作り始めたときの原点に戻ってるようで面白いですよね。革用のミシンを買うことから始まり、職人さんを雇って、一緒にご飯を食べてワイワイしながら、ものづくりには厳しい姿勢で挑み、一緒に技術を育てていく。クシタニの名前を世界に浸透させて、本物のブランド力を育てるには、結局はそういう地に足をつけたプロモーションを続けるしかないのだと気づきました」

最高の安全を提供するレザースーツはクシタニブランドのアイデンティティ

画像4: 〈インタビュー〉株式会社クシタニ CEO 櫛谷淳一さん|革ツナギはクシタニの原点であり、作り続けるべきもの【ブランドの歴史】

空前のレースブームだった1980年代にはワイン・ガードナー、グレーム・クロスビー、ランディ・マモラなど名だたる世界GPライダーと契約していたクシタニ。

その後、海外ライダーへのレーシングサービスの提供をストップしていたが、約10年前から世界に挑戦するアジアのライダーへのサポートを再開。2025年シーズンには2019年からサポートを続けてきた小椋藍選手とソムキアット・チャントラ選手が、MotoGPの最高峰クラスデビューを果たした。

積み重ねた歴史と技術がクシタニの誇りであり原点

画像: 積み重ねた歴史と技術がクシタニの誇りであり原点

──クシタニの革ツナギには最新のレーシングテクノロジーが反映されていますが、例えばレーサーレプリカブームだった30年以上前に比べると、最新の革ツナギはどのような点が進化しているのでしょうか。

「まずプロテクション性能が大きく高められていますし、弊社に関して言えば使用している革が全然違います。30年以上前のツナギをいま着ようとしても、よほどていねいにメンテナンスしていた場合は別ですが、カチカチになってしまってまず着れません。でもレーシングスーツ専用の革として開発した『プロトコアレザー』をはじめ、現在使っている革は本当にやわらかくて動きやすく、着心地も最高なんです。ライダーの動きが大きくなっているのに合わせて、立体裁断のパターンも進化しています」

──先ほど、革ツナギはクシタニの原点とおっしゃいました。ただ不躾な言い方になりますが、生産工程が複雑で、高い安全性と優れた品質の実現には高度な熟練の技が必要となる革ツナギは、決して利益率が高い商品というわけではないですよね?

「そうなんです(笑)。正直、革ツナギは決して儲かる商品ではありません。モトGPをはじめ、日本や世界のプロライダーのレースサポートをするにも時間とお金がかかります。でも、世界のプロが求める安全と品質を備えた最高のレザースーツづくりを追求する経験は、会社にとっても、お客様のマインドに訴えかける意味でも、掛け替えのない価値を生みます。結局、浜松の本社と現在はタイにも自社工場を持ち、自社のスタッフで革ツナギを生産し続けてきた技術と歴史の積み重ねが、クシタニの独自性だと思うんです。だからこそ、クシタニは革ツナギを作り続けていきますし、作り続けなくてはいけない。そう思います」

文:齋藤春子/写真:松川 忍

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