文:宮崎健太郎
伊藤真一
1966年、宮城県生まれ。1988年、国際A級に昇格と同時にHRCワークスチームに抜擢される。
以降、世界ロードレースGP(MotoGP)、全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐で長年活躍。今年は監督として「Astemo Pro Honda SI Racing」を率いて、全日本ロードレース選手権や鈴鹿8耐などに参戦する。

MotoGPマシンの「Ride Height Device」とは?

速さの追求そのひとつの方法論がRHD
2018年シーズン、ドゥカティのホールショットデバイスから始まったモトGP用ライドハイトデバイス(以下RHD)ですが、自分がホンダRC213Vのテストをしていたころは採用されていない技術でしたのでこれを実際に体験してはいません。
ただ、GP500ライダーの駆け出しだった1988年のころからずっと経験してきた、いかにマシンを速くするかという技術の流れのなかにある、変わることのない試みのひとつであることは理解しています。
HRC加入当時、開発陣はホンダNSR500のトラクションを向上させるため、スイングアームのスクォート(急発進時、フロント部分が浮き上がり、リア部分は沈み込んでしまう現象)をどうするか色々試していました。
スクォートを変えることでトラクションは向上するものの、フロント側が上がってしまい、コントロールするのが非常に難しいマシンになってしまったこともありました。当時、八代俊二さんと、とても苦労したことを思い出します。

現代のRHDも、上述のテーマであるコーナーの立ち上がり加速向上のための、最適なスクォートを追求する技術です。そしてさらに、近年のトレンドである「空力」との連携を考慮した設計が与えられているのがその特徴です。モトGPを統括するFIM(国際モーターサイクリズム連盟)は、アクティブサスのような自動化された構成を禁止しています。
そのルールを遵守するために、スタート時やコーナー立ち上がり加速時に最適な車体姿勢にするため、ライダーはRHDを「手動」で操作します。RHDは機械式または油圧式で作動し、手元のスイッチなどを使って操作します。
スロットルワーク、クラッチワーク、荷重移動、そして修正操作と、モトGPライダーは競技中コンマ1秒を削るためにあらゆることに尽力しているわけですが、RHDはさらにもうひとつ、高度な仕事を増やす要素になっています。
大変なことには違いありませんが、ただライダーはいつの時代も、与えられたマシンと環境でなんとか結果を残さなければいけません。ライダーはそれが大変などとは考えず、とにかくやる! しかないのです。
公道でのモトGPマシンのような超高速コーナリングは物理的にはともかく、倫理的には決して許容されることはありません。ですから禁止に向かう流れは、市販車へのフィードバックが難しい技術ゆえ自然なことと思います。
すでにアドベンチャー用に採用されているアクティブサスに関しては、その有用性は明らかですから今後もその発展が期待できます。
2027年からモトGPは大幅な技術規則の変更が行われますが、果たしてRHDがどこまで熟成されるのかは、モータースポーツ業界の人間として、そしてひとりのモータースポーツファンとして、非常に関心を持って見ています。

フロントタイヤの操縦能力を低下させることなく、最大加速力を生み出すスクォートを保つことが、優れたライドハイトデバイスの条件だ。

2023年シーズン以降、フロント側ライドハイトデバイスの走行中操作は禁止になっている(スタート時のホールショットデバイスは可)。2027年以降、FIMはすべてのホールショットおよびライドハイトデバイスを禁止することを予定している。
文:宮崎健太郎