当時クラス唯一のDOHC4バルブ並列4気筒エンジンは最強の48PSを叩き出し、大人気モデルになったホンダ「CBX400F」。当時20代だった僕も購入し、「オータのCBX日記」を月刊『オートバイ』で連載していた。
文:太田安治

最新メカを惜しみなく投入、走りも技術も異次元のレベルだった!

画像: Honda CBX400F 1981年 総排気量:399cc エンジン形式:空冷4ストDOHC4バルブ並列4気筒 最高出力:48PS/11000rpm 最大トルク:3.4kg-m/9000rpm 車両重量:189kg 当時価格:47万円(ツートンカラーは48万5000円)

Honda CBX400F
1981年

総排気量:399cc
エンジン形式:空冷4ストDOHC4バルブ並列4気筒
最高出力:48PS/11000rpm
最大トルク:3.4kg-m/9000rpm
車両重量:189kg

当時価格:47万円(ツートンカラーは48万5000円)

あまりの完成度に、ナナハンよりCBX400F

絶版車市場で大人気のCB400Fourは僕が高校2年生の時に登場した。でも僕を含めたバイク仲間内での評判は「遅い、重い、高い」ばかり。集合マフラーやカフェレーサースタイルは話題になったけれど、3年で生産を終了したのは販売が奮わなかったからだ。

後継車のホークⅡ(CB400T)は段違いに速くなったものの、あのデザインが、ね。というところに現れたのがCBX400F。11月の東京モーターショーでなめ回すように見て、その日のうちに上野のモトバムにオーダーし、2週間で納車。もう寒い時期だったけど、嬉しくて夜な夜な(昼間はオートバイ編集部でアルバイト)走り回り、48馬力という当時クラス最高のパワーを振り絞って楽しんでいた。

400フォアは36馬力だから動力性能の差は歴然で、12000回転近くまで軽々と回って振動も少ないく、ハンドリングもしっとり上質。「もうナナハンなんか要らない!」とほざいてたけど、当時の僕が諸々の事情? で取り直した免許が中型限定だったゆえの負け惜しみで、本音はCB750Fに憧れていた。CBXが発売と同時にバカ売れしたのは、僕と同じく「限定解除は無理だけど、ヨンフォアやホークⅡじゃあ…」と考えていたライダーが多かったのだろう。

そこで当時の編集長から「CBXオーナーの目線で連載記事を書かない?」と提案されて始まったのが「オータのCBX日記」というコーナー。大人気モデルになったことでアフターマーケットパーツがドッサリ出てきて、1年間の連載中に4種類のマフラーを試し、CRキャブやバックステップ、フォークスタビライザー、電流計、100Wヘッドライトなどを取っ替え引っ替え装着。

果てはVT250F用の16インチホールに換装(トレール量が減って安定性と接地感が落ち、実に怖ろしかった)したりと、好き勝手に手を入れた。装着や交換作業は面倒だったけど、パーツひとつでオートバイのキャラクターが変わることを体感できて、いい勉強になったよ。

オートバイ誌のマックスゾーン企画では富士スピードウエイ(FSW)を何度も走り、モーターマガジン誌の企画ではスカイラインとの対決で谷田部テストコースも走った。最高速は180km/h超えで、ゼロヨンは13秒32を記録したはず。

そういえばコミックのバリバリ伝説の中で、大雨のFSWを16インチのフロントホイールで怖々走っている僕の姿が「カメッ!」と罵られつつ(笑)使われてるし、芸能誌の依頼で、当時人気絶頂だった近藤真彦さんが跨がってグラビア撮影したこともあったなあ。それだけCBXが注目されていたってことです。

結局1年間で1万km走って連載終了。と思ったら新登場したVF400Fで「オータのVF日記」にバトンタッチ。個人的に直4エンジンのほうが好きだったのでCBXとVFの2台持ちだったけど、2年乗ったところで30万円台で個人に売っちゃった。昨今の絶版車価格を見ると倒れそうになります…。 

画像: 当時の愛車と筆者(太田)。

当時の愛車と筆者(太田)。

画像: 1981年当時の月刊『オートバイ』の誌面。

1981年当時の月刊『オートバイ』の誌面。

画像: 毎号、サーキットでライバル達とガチンコ勝負! 2ストのRZ350も参戦。当時「400キラー」と呼ばれていただけに最高速187.50km/h、ゼロヨン13.10秒とCBXの180km/h、ゼロヨン13.5秒を上回った。

毎号、サーキットでライバル達とガチンコ勝負! 2ストのRZ350も参戦。当時「400キラー」と呼ばれていただけに最高速187.50km/h、ゼロヨン13.10秒とCBXの180km/h、ゼロヨン13.5秒を上回った。

文:太田安治

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