【エッセイ】「陸酔い」(文・絵:東本昌平)
S林から、無事サッポロに着いたと電話がある。通称拝み倒しのタロちゃんである。
「おう、じゃあ今からススキノ三昧かあ」
「ええ、そのつもりだったんスけど、なんか風邪ひいちゃったみたいで、具合が悪いもんで、宿にいって寝ようかと思ってるんスすよォ…」
ススキノで顔のきくタロちゃんと同じクラブのカラーを来て歩けば、必ず声をかけられるばかりか、メンバー割引がきくほどのススキノキングである。そのタロちゃんが、これから寝るなどといっている。
これは一大事である。
「そうかァ…そりゃ残念じゃのォ…。どんな具合なの? 熱があるとかァ!?」
「いえ、熱はないんスけどねェ、なんか頭がクラクラするんスよォ…」
「……………」
テポドンの撃ち込まれた日。私と私の家族は、太平洋上を北海道から東京へ向かうフェリーの上にいた。
おりしも台風の接近にともない、海は荒れに荒れていた。場合によっては仙台港に寄港して、台風を回避するかもしれない、とアナウンスがあり、次の便からは欠航が決まった。
ドーンドーン、ギシギシ、グラグラ、船は大きく上下に揺れて、廊下を歩くとふわふわと月面を歩いているようだ。歩いたことはないのだが。
これは面白いと、ベッドの上で船の動きにあわせてピョンとはねると、フワッと浮く。娘と私がギャーギャーとびはねるのを見て、カミさんまでもがやりだした。波はますます大きくなり、ギギギギッドッ………ダダーンと、溜めがながくなってきた。
この船で一番大きく揺れるのは……最後尾か最先端だ。「それいそげ!」と家族は、客室をぬけたところの展望ラウンジにいそいだ。
女性客がひとり、タオルを握りしめ、青い顔をしてすわっているほかは、誰もいない。よく見れば、船全体がブルーな雰囲気で、はしゃいでいるのは、うちら三人だけだ。
「それ!」
と三人でジャンプすると、天井に頭がつきそうなところで半秒くらいとどまってから、床にたたきおとされる。
「うおっ! すっげェェ!」と感激している間もなく、次のうねりで、船は鼻先を上に向けて身ぶるいをする。
おもいっきりジャンプすると、体が空中に静止してから床にななめに落ちるので、目算が狂ってラウンジのイスの背で脇腹をしたたかにうちつけた。娘はとびながら笑いがとまらない。こんどは床に押しつけられて立ちあがれない。これまたヨタヨタはいつくばって、笑いころげている。完全にバカ家族である。しぶきはとっくにラウンジの上まできている。
…無事東京の地面に足をおろしても、ふとしたきっかけで、地面が上下に揺れる感覚におそわれる。それが一週間ばかりつづいた。
「なあタロちゃん、なにで行ったんだっけェ?」
「サイドカーっすよォ、Vマックスの」
「それってセンターでてんの? ハンドルとられたりしてない!?」
「そうっスねェ、若干右にもっていかれるんで、ハンドルあててるんスけどねェ。ってかぁ、東北道でスピードあげてっとォ左右に小刻みに振られっぱなしでしたよォ」
どうやらタロちゃんは、5~6時間も頭をガクガクさせながら青森まで走り、やっとサッポロに着いたらしい。
「それだな原因は。風邪じゃないよ」
「えっ?」
「前にね…」
「…で、サイドカーとフェリーの話と、なんか関係あるんスかあ!?」
タロちゃんの脳ミソは、しびれていた。
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