漫画『キリン』の作者としても有名な東本昌平 氏は、2022年に画業40周年を迎えました。漫画作品のみならず、『ミスター・バイクBG』『東本昌平RIDE』など、ライダーにはバイク雑誌の表紙でもおなじみでしょう。このたび、画業40周年の節目に画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)をモーターマガジン社より刊行。その発売を記念し、過去のRIDEで掲載した巻末エッセイを装画と合わせ、webオートバイで初公開します。

【エッセイ】「アンドロメダ星雲」(文・絵:東本昌平)

画像: 【エッセイ】「アンドロメダ星雲」(文・絵:東本昌平)

 うしろから、すがってくる赤いカタナに気がついたのは、駒ヶ根あたりだった。
 まったく見覚えのない奴だが、よく見ると手をふっている。
 誰?…………女だ。
 しかたなしにサービスエリアに入ると、「なーに逃げてんだよォ! おめェは、あいかわらずだなァ!」と8年ぶりに会うN美だった。

 通称サイパン。といっても、昔の仲間しか呼ばないが。
 俺より5つ歳上で、30年前に東京で知り合った。その時も同じエンブレムをしょっていたので、追いかけて来たという。
 前はGSX-Rだったので、ピンとこなかった。
「なんだカタナ乗ってんのか」
「うるせェ! 好きで乗ってんだ」と、この調子だ。
 小柄だが、オッパイはでかい。
 仙台でライブハウスをやっている。娘2人が独立したこともあって、若い男と旅をしているらしい。
 あとからやってきた男は、ゼファーに乗っていて、ヒョロッとしている。まだ30前の、どう見ても息子にしか見えないが、サイパンの亭主きどりでいるらしい。
 是非にというので、いっしょに酒を飲むことになった。

 若い男はキャンプ場に着いてから一時間たっても火を熾せない。みかねて着けてやる。
「おまえ今なにやってんのよ?」とサイパンがきく。
「マンガ描いてんだ」
「うっそでェ〜ッ! おまえマンガ描けんの!?」
「…………………。」
「ねェ、うちのライブハウス手伝わねェか!? おまえなら店長でいいぞ」
「だからァ、マンガ描いてんだってばァ」
 ひととおり、昔ばなしに花が咲いたあとで、
「ほら! みんなで真冬の丹沢でキャンプしたことあったじゃない!!」と、これまた25年前の話だ。

 みんなテントから頭だけ出して、星を見ながら寝ている。シュラフも安物で、凍えて眠れなかった。
「A東が、やたらに星に詳しくてなァ…」
「スバル座の右上に、ボーッと白いのが、たぶんアンドロメダ」
「どこ、どこ?」
「ギャーッ! アンドロメダ星雲!? 見える! 見えるゥ!!」
「2つならんだ星の、ちょっとはなれて、もうひとつ星があるだろう」
「そのちょっと下にあるのが、土星だな。ほら輪らしきものまで見える」
「わっうそ!土星って肉眼で見えるんだァ!!」

 と、そんな気がしたのか、A東が口からでまかせを言っていただけなのか……土星の輪まで見えるとは笑ってしまう。いや、ホントに見た気になっているのだが…。

 生木のはぜる音を聞きながら、しばらく黙り込む。

「あたしさあ、昔から目が悪いからさあ、星って見えないんだよねェ……」とサイパンが言う。「え、じゃあさっきから、なに見てたんだよ?」
 空は満天の星で、星座のかたちもわからない。それでも北斗七星くらいはわかる。だが酔っぱらいに、星を説明するのは、むずかしい。
 おまけに若い男は、星座があることすら知らないときている。
「この星と、この星をむすんで、ほら、小熊に見えるだろ!?」と言っても無理な話だ。
「あの赤っぽい星と大きな三角形になるだろ!」
「どれよ!?」
「ほら、この指の先の、赤い星!」
「おっ、あれか!?」
「てめーっ! ちゃんと見てんのかよ、俺の指だ! 指!」
「……だろ!?」
「そうそうわかった? 赤い星!そのななめ左下」
「えっ? ああもう赤い星がどっかいっちゃったぞ!?」
 まっ暗な山の中で、酔っぱらい三人が、星に吠えているなんざ、見られたもんじゃない。

「ヤベェ!……泣けてくる!」と、サイパンが笑いながら涙をボロボロだしはじめた。
「なーんだ、歳くってから泣き上戸かあ!?」
「ちがわい!!」ボロボロ、グシュグシュ…。
 サイパンが泣くのをはじめて見る。
 そして、なにかつぶやきだす。
「なにそれ? 歌?」
「カーペンターズ……知らない?」
「なんて歌?」
「I won't last a day without you…」
「泣くか、唄うかどっちかにしろよ、めんどくせェ」
「うるせェよ」
 念仏みたいなカーペンターズも、だんだん興に乗ってくる。
 そうだ、サイパンは若い頃、歌手をめざしていたんだっけ。

「おおーっ俺は決めた! あの星に決めたァ!!」
 と、突然ゼファー野郎が大声を出しながら走りだす。
「おまえの言ってんのはどの星だよ! あれかっ!?」
「ちがう! もうちょい右の青いやつ!」
「俺の言ってるおまえの星は、おまえの言ってる星なのか!?」
「ちがうだろ!? 俺の言ってる星は、おまえの言ってる俺の星じゃないんだよ〜ッ!」
「なんだとーっコノヤローッ!」

 たしかに、あの時は、みんな同じ星を見ていたはずだ。
 星の中、スーッと人工衛星がよこぎってゆく。
「ねェ、仙台きて、うちで働きなよ」
 たき火は、すっかり、おき火になっている。

東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

画像: 東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

『東本昌平Artworks PRIDE』上巻・下巻
価格:2,970円/発売日:2022年3月31日/総頁数:228ページ/サイズ:A4変形

上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。

下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。

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