文:宮﨑健太郎(ロレンス編集部)
※この記事は「ロレンス」で2022年3月27日に公開されたものを転載しています。
トライアルE ワールドカップ、5年間のあゆみを駆け足? で振り返りましょう
最高峰のトライアルGPと併催されるトライアルE ワールドカップ(以下トライアルE)は、2017年からスタート。記念すべき初年度はフランスでの1戦のみで、1996年の世界王者であるマルク・コロメがガスガスTXEを駆って初代トライアルEチャンピオンとなりました。
2戦でタイトルが争われた2018年はヤマハTY-Eが参戦! 初戦フランスはロリス・ギュビアン(ガスガス)に対し減点2の僅差でTY-Eに乗る黒山健一が優勝しますが、次戦ベルギーではギュビアンが優勝し、黒山は2位・・・。獲得ポイントはタイでしたが、2戦目優勝のギュビアンがルールにより王者を獲得という結果になりました。
オランダとベルギーの2戦が設定された2019年は、前年度までトライアルGPに参戦していたランキング5位の実力者であるアルベルト・カベスタニー(ガスガス)がトライアルEに参戦して話題となりました! 2019年トライアルE王者となったカベスタニーは、2020年度(イタリア、フランスの2戦)でも王座を防衛し、トライアルE初の連覇を成し遂げました。
そしてトライアルE最後のシーズンとなった2021年度は、フランス(シャレード)、アンドラ、フランス(カオール)の3戦が行われ、EM=エレクトリックモーションのガエル・シャタヌがEMライダー初の王者となりました。
トライアルEの発展的解消!? により、2022年度からはICE車と同クラスに電動車が参戦することに!
2019年から始まった電動車のロードレースシリーズ戦「MotoE」とともに、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)のサスティナビリティへの貢献の象徴的イベントだったトライアルEですが、実際のところトライアルEが盛り上がっていたかどうか・・・は残念ながら"イマイチ"と評価せざるを得ないでしょう。
初年度こそは10台以上のエントリーがありましたが、残る2018〜2021年の4年間は一桁のエントリー台数しかなく、最後の2021年にはガスガスが撤退したため、EMのライダー数名がタイトルを争うという寂しい内容でした。
2021年シーズンオフの11月2日、FIMが公開した2022年暫定カレンダーからトライアルEが消滅し、電動車は既存のICE車のクラスに参戦することが可能となりました。この変更はある意味、トライアルEの発展的解消ともいえますが、現状では少数派の電動車をICE車の各クラスへ振り分ける措置と見ることもできるでしょう・・・。
ともあれ2022年、トライアルの世界選手権はICE車と電動車が「ガチ勝負」をする初めてのシーズンを迎えることになります。もしも世界選手権の舞台で電動車が、ICE車を退けて優勝を記録したら・・・それは歴史的な偉業としてモータースポーツの歴史に永遠に刻まれることになるでしょう。そんな注目のシーズンに、ヤマハの最新電動トライアル車である「TY-E 2.0」はデビューするわけであり、その活躍が期待されています!
バッテリー、フレーム、制御が前モデルより大きく進化したTY-E 2.0 !!
TY-E 2.0のデビュー戦の場として、当初予定されていたのは今年度の世界選手権開幕の地・・・となるはずだった(涙)日本GPでした。周知のとおり、COVID-19パンデミックの影響で日本GPがキャンセルされてしまったため、現時点では6月10〜12日に開催予定のスペインGP以降の全6戦のなかから、黒山健一を起用してスポット参戦することをヤマハは検討しているそうです。
そもそも2018年の初代ヤマハTY-Eは、社員の自主研究を社が奨励する「エボルビングR&D活動」の、少人数の研究活動がきっかけで誕生しました。正式にプロジェクトチームに昇格した後、2018年と2019年にはトライアルEへの参戦を果たし、その際に新たな開発課題の発見とさらなる進化のために必要なデータを収集しました。
旧型「1.0」から「2.0」になった新型TY-Eは、ICE車とガチンコ勝負して勝てる電動車の開発を目指して生み出されたモデルです。フレームには旧型同様CFRP(炭素繊維強化プラスチック)モノコックを採用していますが、バッテリーの変更に合わせて重量、剛性、強度をすべて見直しています。
既存の金属フレームに対し、TY-E 2.0のCFRPモノコックは縦、横、ねじりの剛性バランスを大きく変えることができ、TY-E 2.0はそのバランスの最適化への挑戦も含めて、大きく旧型から変化しているのです。またリアスイングアームまわりのジオメトリーにも変更を加え、トラクション性能の向上とともに、近代トライアルで重要とされるアンチスクワット挙動も確保されています。
2017〜2020年のトライアルEを4連覇したガスガスTXEは、油圧クラッチ、6速ギアボックス、そして電気モーターのアイドリング機能を採用するのが特徴ですが、TY-E 2.0は前モデル同様に油圧クラッチとフライホイールの組み合わせを採用し、変速機としてのギアボックスは備えておりません。
モーターアイドリング機構についてはEMの2022年型Eピュアも、TKO=ティック・オーバーの名でアイドルモードを採用していますが、ヤマハとしては検証の余地は残っているものの、現時点ではメリットを見出していないため採用していない・・・とのことでした。
「1.0」と比較して「2.0」が最も大きな進化を遂げているのは、バッテリーとのこと。容量は前モデル比で2.5倍!! も増えたにも関わらず、重量増は20%に抑制しています。一般論としてEVは高出力を得るためにはバッテリー重量が増すことは止む無し・・・と認識されていますが、TY-E 2.0用試作バッテリーは出力密度で業界水準を大きく上回ることに成功しています。
TY-EがトライアルEに参戦した2018〜2019年シーズンのレギュレーションでは、競技の1ラップにつき2個のバッテリーを使うことが認められていましたが、2021年には1ラップにつき1個のバッテリーで回らないといけない・・・と変更されました。2022年シーズンも1ラップ1個・・・は継続されることが想定されるため、TY-E 2.0は十分なバッテリー容量を得ているわけです。
余談ですが、電動車ならではの悩みどころで、世界選手権の舞台である欧州へTY-E 2.0を輸送する際、危険物である大容量バッテリーは航空輸送はNGになってしまうそうです。船便でも対応はさまざまなのですが、それは確保できそうとのことなので、今のところスポット参戦の障害になることはなさそうです。
電動トライアル車が、トライアルGPでICE車を倒すために必要なモノとは?
TY-E 2.0のリアタイヤ前・・・スイングアームピボット寄りのリアフェンダー裏には、大型のヒートシンクが付いています。これはコントローラーの熱を逃すためのデバイスで、リアフェンダー裏に放熱でこもった熱を抜くためのスリットが、リアフェンダーに設けられています。
全開連続走行する時間が長めのロードレースに対し、その時間が短めであるトライアルの場合、電動車の熱対策(モーター、バッテリー、コントローラー)は比較的楽と言えます。しかし、熱対策をしっかりやらないといけないことについては、競技ジャンルが変われども不変です。
なおTY-E 2.0の最高出力は公表されていませんが、現時点ではまだ2ストローク250cc単気筒には匹敵できないと思われます。TY-E 2.0が今年スポット参戦を予定しているトライアル2クラスは、2および4ストローク300cc以下という排気量規定ですが、出力で勝るICE車のライバルを相手に戦うTY-E 2.0の武器となるのが、金属フレームと大きく剛性バランスが異なるCFRPモノコックフレームと、電動車ならではの「制御」でしょう。
ICE車の世界でトラクションコントロールはすっかりおなじみの技術になった観がありますが、トライアル競技でトップライダーが「実用的」と認めるトラクションコントロールを実現することは、なかなか難しいのが実情です。TY-E 2.0ではICE車との出力差を補う方法として、モーター制御に着目。特にタイヤの接地荷重に着目し、ライダーの意のとおり操れ、なおかつ走破性を一層高める制御技術を実装しているとのことです。
ICE車の制御に比べ、2ケタ上の細かく速い制御ができる強みを活かし、ICE車よりも戦闘力の高い電動トライアル車を作り出すことができれば、今シーズンにトライアルGP16連覇!! を目指す絶対王者のトニー・ボウ(HRC/モンテッサホンダ)に勝つこともできるかも・・・しれません?
言うまでもなく今年に限っては、TY-E 2.0はトライアル2にスポット参戦するので打倒T.ボウ!! は難しいですが、将来TY-Eが「3.0」か「4.0」に更新されたとき、電動車によるトライアルGP制覇が成し遂げられていたら・・・夢が膨らみますね(そのためには制御の熟成だけでなく、より出力のあるモーター、軽量・小型かつ大容量なバッテリーなどの構成部品を実用化する必要があるでしょう)。
ともあれ、電動車がICE車とガチで戦う最初のシーズンに挑むTY-Eの活躍に期待しましょう。日本人としてのリクエストと言いますか・・・世界選手権のスポット参戦だけでなく、可能であればMFJ全日本トライアル選手権にも出場してほしいです!
ヤマハTY-E 2.0 主要諸元
文:宮﨑健太郎(ロレンス編集部)