文・写真:西野鉄兵
ホンダ「GB350」通勤インプレ
見慣れたいつもの風景が少し変わった
通いなれた道を小気味よい等間隔の排気音を奏でながら走る。その排気音に合わせるようにヘルメットの中で、舌をドゥルルルルと震わせるのが気づくとクセになっていた。
GB350は発表時から、空冷単気筒で排気量も近いことから、ヤマハ・SR400と比較されてきた。私も元SR400オーナーのため、気になっていた。振動が大きめで、味わい深い感じなのかな? と。
乗り出してすぐに、まるで異なるコンセプトで造られたモデルであるということが分かった。SR400と比べると振動はほぼない。上下の動きを感じることなくスムーズに前進する。
「あれ?」という拍子抜けにも似た感覚が正直なところのファースト・インプレッションだ。濃そうに見えるラーメンのスープがじつはあっさり系だったときと同じ衝撃を受けた。
しかし味わいはもっと深いところにあった。
日々通勤で乗り続けるうちに、決して大きくはないけれど、単気筒を主張する確かな鼓動が身体に沁みてくる。エンジン内部でロングストロークのピストンが上下し爆発している感覚をお腹のあたりで感じる。
スロットルを開ける、鼓動が大きくなる、タイヤがアスファルトを蹴る。ブレーキレバーを握る、ディスクがブレーキパッドとこすれる、フロントフォークが縮み、停止線の目の前でちょうどよく止まれる。信号が青になり左折、ハンドルは切りたい分だけ切れて、思ったように曲がれる。
基本的な動作が手に取るように分かり、少し先の未来が見えているかのように安心して運転できた。
400ccクラスの他車と比べて速いモデルではないが、この挙動の分かりやすさ、安心感が、交通量の多い街中を走る上で大きくプラスに働くと思う。
GB350で通勤を始めてから、いつもの通勤路で新たな発見が続いた。ビルボードに目がいくようになり、3年間気がつかなかったショートカットの曲がり角を見つけ、いままで通り過ぎていたスーパーにじつは駐輪場があることも分かった。
視野が広がったのだろう。身長175cmの私の場合、スタンディング状態から座り込むと、グリップもステップも膝の位置もすべてがちょうどよく感じる。
これまでいろいろなバイクに試乗してきたが、普段の愛車に戻ったとき、やっぱりこのポジションが好きだと思い続けてきた。ところがGB350は、本当にジャストフィットだったのだろう。2週間乗り続けたあと、7年乗っている愛車に跨ると「あれ、こんなんだったっけ?」と違和感を覚えてしまったのだ。
オートバイ然としたスタイリングも愛嬌たっぷりで、見れば見るほど可愛く思えてくる。燃料タンクやサイドカバー、ホイールの造形が美しい。すっかり少数派になった空冷エンジンも誇らしげだ。
それでいて灯火類はLED、ブレーキにはABS、さらにトラクションコントロール、アシストスリッパークラッチまで搭載。メーターでは燃費も計測可能。要所はしっかりと令和仕様だ。
今回の通勤期間中は、小ぶりなリュックを使っていたが、このバイクは荷物も積みやすい。ときには自宅から職場まで何か大きなものを運ばなければならないときもある。そんなときも気軽にパッキングできてしまうのが嬉しい。
GB通勤ライフが終わりに近づいてきたある日、都心の信号待ちで隣に並んだドライバーに声をかけられた。外は暑いと分かっていながら、わざわざ窓を開けて「いいバイクだね!」と年配の方は言う。
借り物のバイクで声をかけられると、いつも一瞬戸惑ってしまうのだが、この日は違った。
「最高ですよ、ホンダのGB350です!」