自らを「神社巡拝家®」と名乗り、これまで訪れた神社は10000社以上! 日本一、神社と旅を愛するバイク乗り「佐々木優太」の神社拝走記。今回の旅で訪れたのは、夏期にしか辿り着けない山の上にある「刈田嶺神社」。バイク乗りの神職と共に疾走り、いつかの約束を果たす旅へ。
※この記事は月刊オートバイ2018年10月号(別冊付録 RIDE)で掲載したものを加筆修正しております。

疾走りきったから、わかる事

この旅で初めて知ったこと。それは、こけしに産地による違いや系統があると言うことです。白石市に伝わるのは弥治郎系と呼ばれるもので、ろくろ模様がたくさん入った胴が特徴です。

誰もが知っている、こけし。しかし、何のために作られたのが始まりなのかは、今でもはっきりとはわからないそうです。その中でも、子供のおもちゃだと言う説が有力だとか。

こけし村で職人さんの作業を近くで見せていただいたり、地域の歴史を学びました。改めて、こけしをよく見ると、手作りの風合いが出ていて正に伝統工芸という言葉が当てはまります。

画像: こけし神社 宮城県白石市福岡八宮弥治郎北72-1

こけし神社

宮城県白石市福岡八宮弥治郎北72-1

画像: こけし神社こと、小野宮惟喬親王神社(おのみやこれたかしんのうじんじゃ)。木地師という木工技術に長けた人たちが信仰した神社です。近畿に本社があるので、この地域のルーツが都から来たことが、この神社の存在からわかります。

こけし神社こと、小野宮惟喬親王神社(おのみやこれたかしんのうじんじゃ)。木地師という木工技術に長けた人たちが信仰した神社です。近畿に本社があるので、この地域のルーツが都から来たことが、この神社の存在からわかります。

画像: 一見、何の変哲も無い神社ですが、そこはやっぱり「こけし神社」です。近づいてみると、柱にある擬宝珠(ぎぼし)などいたるところに「こけし」が散りばめられていました。職人さんや地元の人たちの、こけしに対する想いを感じますね。

一見、何の変哲も無い神社ですが、そこはやっぱり「こけし神社」です。近づいてみると、柱にある擬宝珠(ぎぼし)などいたるところに「こけし」が散りばめられていました。職人さんや地元の人たちの、こけしに対する想いを感じますね。

画像: 弥治郎こけし村 宮城県白石市福岡八宮弥治郎北72-1 正直、こけしについてあまり考えたことはありませんでした。でも、こけし村の資料館を見学したり、職人さんに直接お話を伺って、こけしに対する見方が変わりました。木の温もりや手作りの良さは、大量生産では感じにくいもの。職人さんが居なくなってしまえば、伝統はいとも容易く途絶えてしまう。自分の中で伝統に関して深く考えるキッカケになりました。

弥治郎こけし村

宮城県白石市福岡八宮弥治郎北72-1

正直、こけしについてあまり考えたことはありませんでした。でも、こけし村の資料館を見学したり、職人さんに直接お話を伺って、こけしに対する見方が変わりました。木の温もりや手作りの良さは、大量生産では感じにくいもの。職人さんが居なくなってしまえば、伝統はいとも容易く途絶えてしまう。自分の中で伝統に関して深く考えるキッカケになりました。
画像: タイミングが良ければ、こけし村の敷地内にある工房で、職人さんの作業を見学する事が出来ます。職人さんの手元を近くで見れたり、伝統工芸に携わる人に直接お話を伺えたのは、いい経験になりました。

タイミングが良ければ、こけし村の敷地内にある工房で、職人さんの作業を見学する事が出来ます。職人さんの手元を近くで見れたり、伝統工芸に携わる人に直接お話を伺えたのは、いい経験になりました。

温麺(うーめん)もまた、白石市の特産品です。江戸時代この地に住んでいた男が、胃腸の弱い父親のために、油を使わない麺を考案したそうです。

それを知ったお殿様が、父親思いのそのエピソードを喜び「温麺」と名付けたと言われています。

そのお殿様が住んでいた城とは、神明社がある白石城なんですって! 武家屋敷の街並みが残っていたり、歴史を身近に感じられる街でした。

画像4: 夏しか行けない! 蔵王の山頂「刈田嶺神社」いつかの約束を果たす旅/神社巡拝家・佐々木優太の「神社拝走記」【第13回】(宮城県)

「うーめん番所」奥州街道

住所: 宮城県白石市西益岡町2-3

画像5: 夏しか行けない! 蔵王の山頂「刈田嶺神社」いつかの約束を果たす旅/神社巡拝家・佐々木優太の「神社拝走記」【第13回】(宮城県)

材料は小麦、水、塩のみで作られているという温麺。麺が短いので、とっても食べやすく、どんどん食べられます。

さらに油を使用していないせいか、後味がとってもサッパリしています。食欲が落ちる夏には最高。

画像6: 夏しか行けない! 蔵王の山頂「刈田嶺神社」いつかの約束を果たす旅/神社巡拝家・佐々木優太の「神社拝走記」【第13回】(宮城県)

思い返すと、雨が止んでくれたタイミングは、どれも奇跡的。でも、その最中は奇跡的だとは思わなかった。どれも必然のような気がして。

今となっては、それが偶然でも必然でも、ましてや奇跡でも何でもいい。どんな時でも疾走りきってこそ、わかる事がある… 神社拝走の旅は続く!

文:佐々木優太 写真:関野 温

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