北米からの要求に応えて開発されたDT-1で幕を開けたヤマハ2サイクルトレール
「YAMAHA DT-1」-1968年-
![画像: 単気筒の利点を生かした細身のボディが印象的で、それとは対照的に幅広のハンドルバーを装着。タイヤサイズはフロントが3.25-19、リアが4.00-18で、無論、ブロックパターンだ。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/f39bbb379dc54fb119425a5f272fc7e3cd973872_xlarge.jpg)
単気筒の利点を生かした細身のボディが印象的で、それとは対照的に幅広のハンドルバーを装着。タイヤサイズはフロントが3.25-19、リアが4.00-18で、無論、ブロックパターンだ。
![画像: 1968年3 月に登場した初期型で、機種コードNo.は214となる。ウィンカーを装備せず、4 カ月後の同年7 月にリリースされたマイナーチェンジモデル、機種コードNo.が233の車両では、ウィンカーを装備するとともに細部に手を加えた。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/8d61b2fedb9d348514d1c562066c08c46561b3b4_xlarge.jpg)
1968年3 月に登場した初期型で、機種コードNo.は214となる。ウィンカーを装備せず、4 カ月後の同年7 月にリリースされたマイナーチェンジモデル、機種コードNo.が233の車両では、ウィンカーを装備するとともに細部に手を加えた。
1968年3 月に発売されたDT-1は、国産車初の本格的オフロードモデルである。当時のヤマハは、悪路での走行を意識したモデルを北米に輸出していたが、それらはそもそもオンロード車で車体が重かったり、逆に軽いが排気量が小さく非力といった問題を抱えていた。
![画像: メーターは2連式で、左が160㎞/hを上限とする速度計、右が10000rpmスケールで、7500rpmからレッドゾーンが始まる回転計。燃料タンクと同様に白く塗られたヘッドライトケースの上にある赤丸はハイビームのインジケーターランプ。警告灯はこれ以外に存在せず。速度計の文字盤にオド/トリップメーターがある。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/481049c85353c1cd4107f52a12e7ca4179ede570_xlarge.jpg)
メーターは2連式で、左が160㎞/hを上限とする速度計、右が10000rpmスケールで、7500rpmからレッドゾーンが始まる回転計。燃料タンクと同様に白く塗られたヘッドライトケースの上にある赤丸はハイビームのインジケーターランプ。警告灯はこれ以外に存在せず。速度計の文字盤にオド/トリップメーターがある。
オフロードに適したモデルを望む北米からの声に応えて開発されたのが、ヤマハにとってばかりか、国産車においても最初の不整地走行に特化したモデル、DT-1であった。
![画像: 非常に細身に見える燃料タンクは9.5ℓの容量を確保。側面にはYAMAHAのロゴを持つタンクマークが装着される。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/f1a61d5f1c1f1727a69be58f168929a8babf85a3_xlarge.jpg)
非常に細身に見える燃料タンクは9.5ℓの容量を確保。側面にはYAMAHAのロゴを持つタンクマークが装着される。
そしてこのモデルの登場は、2 サイクル単気筒を搭載するオフロードシリーズの幕開けでもあった。DT-1は発売されるやいなや人気車となり、ライダーたちの関心をそれまでの日本にはなかった新ジャンルへと向けた。1970年には351.9㏄に排気量を拡大した兄貴分のRT1が登場。250㏄車はエンジンを強化し、DT250へと車名を変更した。
![画像: 空冷2 サイクル単気筒は、70×64㎜のボア×ストロークから246.3㏄を得ており、5 ポートピストンバルブ方式などは1967年発売のロードスポーツ、AS1(125㏄ 2 気筒)を手本としている。最高出力:18.5ps/6000rpm、最大トルク:2.32㎏-m/5000rpmを公称。出力はやや控えめだが乾燥重量は112㎏と軽量で、オフロードを走るには充分だった。排気系は車体右側に配されており、足が触れる部分のヒートガードは独特な形状だ。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/04b67b015916f83b9d05e74d450638adb31d1c2a_xlarge.jpg)
空冷2 サイクル単気筒は、70×64㎜のボア×ストロークから246.3㏄を得ており、5 ポートピストンバルブ方式などは1967年発売のロードスポーツ、AS1(125㏄ 2 気筒)を手本としている。最高出力:18.5ps/6000rpm、最大トルク:2.32㎏-m/5000rpmを公称。出力はやや控えめだが乾燥重量は112㎏と軽量で、オフロードを走るには充分だった。排気系は車体右側に配されており、足が触れる部分のヒートガードは独特な形状だ。
DT250は改良を重ねながら年式を重ね、1977 年に登場したDT250Mでは革新的な車体を採用。1 本のリアショックを大きく前傾させてシート下に配置、横からだと三角形に見えるスイングアームでこれを直接押すモノクロスサスペンションを公道向け市販車で初めて搭載。
![画像: タイヤサイズはフロントが3.25-19、リアが4.00-18で、無論、ブロックパターンだ。前輪のリムは1.60×19が純正サイズブレーキはシングルカムのドラムで、径×幅はφ150×30㎜である。正立式フロントフォークのインナーチューブはφ34㎜、175㎜のストロークは当時は最大だった。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/b6ef4c18934bb2ea8d3ef92476e9a048dffca120_xlarge.jpg)
タイヤサイズはフロントが3.25-19、リアが4.00-18で、無論、ブロックパターンだ。前輪のリムは1.60×19が純正サイズブレーキはシングルカムのドラムで、径×幅はφ150×30㎜である。正立式フロントフォークのインナーチューブはφ34㎜、175㎜のストロークは当時は最大だった。
![画像: リアホイールもリムを1.85×18からアルミの2.15×18に交換している。ブレーキのドラムはフロントの同サイズのφ150×30㎜で、ツインショックを直立近くまで立てて装着するリアサスペンションのストロークは90㎜、これも当時は最大だった。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/68cb7112ff6780a311f4515012afb6ede16a3d80_xlarge.jpg)
リアホイールもリムを1.85×18からアルミの2.15×18に交換している。ブレーキのドラムはフロントの同サイズのφ150×30㎜で、ツインショックを直立近くまで立てて装着するリアサスペンションのストロークは90㎜、これも当時は最大だった。
モトクロスレーサー、YZの開発で生み出されたこのリアサスは、RZ250など後出のオンロード車にも大きな影響を与えたDT250は1979年型が最終モデルとなり、2 サイクルトレールバイクは200㏄へと排気量を引き下げた、DT200Rとして後に受け継がれた。
![画像: ウィンカーを装着するなどマイナーチェンジを実施して1968年7 月に登場した後期型は、233 の機種コードNo.が与えられた。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782548/rc/2019/08/31/a9c7b5d5acfcea8a9900cf5810eb7b4ba842b8f7_xlarge.jpg)
ウィンカーを装着するなどマイナーチェンジを実施して1968年7 月に登場した後期型は、233 の機種コードNo.が与えられた。
■全長×全幅×全高 = 2,060×890×1,130mm
■軸距 = 1,360mm
■エンジン形式・種類 = 空冷2サイクル単気筒
■総排気量/ボア×ストローク = 246cc/70mm×64mm
■圧縮比 = 6.8
■最高出力 = 18.5ps/6,000rpm
■最大トルク = 2.32kgm/5,000rpm
■始動方式 = キック式
■変速機 = 5速
■タイヤ前/後 = 3.25-19/4.00-18
■ブレーキ形式 前 = ドラムブレーキ
■ブレーキ形式 後 = ドラムブレーキ
■発売当時価格 = 19万3,000円
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