文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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【マシンの歴史】ロングストロークの究極形と新時代の骨格
1950年代初頭、世界のレース界は大きな転換期を迎えていました。戦前から熟成を重ねてきたノートンの空冷DOHC単気筒(ダブル・ノッカー)エンジンですが、1952年型はボア79mm×ストローク100mmという伝統的なロングストローク仕様の最終完成形。翌々年の1954年には高回転化を狙った「ショートストローク仕様」へと移行するため、この1952年型はクラシック・ノートンのマイルストーンと言える存在です。

1952年製のノートン・マンクスを伝説的チューナー、レイ・ペティが手がけた貴重なマシン。かの、ジョン・サーティースが所有していたもの。
そして車体は、のちにバイクフレームの設計に革命を起こしたといわれる「フェザーベッド」の最初期型を採用。この1952年型マンクスをベースに、ひとりの天才が魔法をかけることでマシンはさらなる伝説へと昇華することになります。
【プライベーターの神様】レイ・ペティという天才の執念
ペティ・マンクスという車名、ベテランならば耳にしたことがあるでしょう。英国レース界で「プライベーターの神様」と称えられた天才チューナー、レイ・ペティ(Ray Petty)が作り上げたノートン・マンクスは畏敬の念をもってそう呼ばれているのです。
ペティは第二次世界大戦中、ビッカーズ航空機の実験部門で金属加工技術を磨き、戦後はノートンのファクトリーチームで腕を振るいました。独立後はハンプシャー州に自身のワークショップを構え、独自のチューニングビジネスを開始します。
当時、世界GPの500ccクラス(現MotoGP)では、MVアグスタやジレラといったイタリア勢の強力な多気筒モンスターマシンが台頭。資金力に劣るプライベーターが、設計の古い単気筒ノートンでこれに対抗するのは不可能と言われても仕方のない状況だったかと。
ところが、ペティはエンジンの限界を極限まで押し上げ、独自の車体へとアップデートすることで対抗。その結果、彼のチューンしたマシンは、名手デレク・ミンターにより、1962年から1966年の間に5度の英国選手権を制覇するという奇跡的な大記録を打ち立て、プライベーターたちの救世主となったのでした。

ペティ自身は1987年に鬼籍に入っていますが、インタビューや解説記事が多数残されています。
【ペティのエンジンチューン】当時のF1さえも凌駕した至高の職人技
そのチューニング内容は、当時のF1グランプリの最先端技術さえも凌駕するほどで、現在の手法にも通じるものとされています。
単気筒の弱点は、高回転時の激しい振動と往復運動するパーツの重量慣性にほかなりません。これを克服するため、ペティは内部パーツの徹底的な軽量化をすすめ、先進的な軽量素材を多数投入しています。例えば、チタン製のコンロッドとバルブの採用は、航空機技術からフィードバックされたもの。この軽量・高強度の素材により、ピストンやバルブの追従性が向上したほか、クランクシャフトは一体成型のワンピースへと変更され、高精度なバランス取りが施されました。

約500ccの空冷単気筒エンジンはチタン製コンロッドやバルブといったパーツが投入され、後軸出力60馬力までチューンナップされています。
また、外部パーツには超軽量なマグネシウム合金を多用。これらフリクションロスの低減と軽量化により、純正の許容回転数7200rpmから、8300rpmまで回る超高回転型エンジンへと生まれ変わったのです。

当時のチューナーはミッションケースの裏側にサインを刻むなど、表面上に記名することは少なかったとされています。
実際に、出力は後輪(クランク出力ではなく実質的な駆動馬力)で約60馬力を絞り出していて、単気筒からこれほどのパワーを引き出すペティの技法は、当時のレース界にとってまさに「魔法」そのものと恐れられたのだとか。
【フェザーベッド・フレーム】マン島TTレースでの無双
この強力なペティ・エンジンを受け止めたのが、アイルランド出身の天才レックス・マキャンドレスが開発した「フェザーベッド・フレーム」です。それまでの「曲がらない、跳ねる」というバイクの常識を覆し、テストしたライダーが「まるで羽毛布団(Featherbed)の上にあるようだ」と絶賛。圧倒的なねじれ剛性を誇り、高速コーナーの連続するマン島TTレースでもコーナリングの速さからマルチエンジン搭載のイタリア勢を片っ端から退ける無双状態。世界選手権を完全に支配したのでした。

タイヤはF:3.0×19/R:3.5×19で、クラシックレースでおなじみのエイボン製が選ばれています。

ホイールはこの当時の定番ともいえるボラーニ。WM-2レコードはレース向けに軽量化されたアルミHリムとされています。

ノートンの技術者、マッキャンドレス兄弟によって作られたフェザーベッド・フレーム。こちらは、ワイドラインと呼ばれる初期タイプ。
【どれだけ貴重か?】二輪史に輝く奇跡のような存在
これほどまでにこの「1952年型 ペティ・マンクス」が特別な存在とされる理由は、単に古いからではなく、二輪史の奇跡とも言える価値が凝縮されているからに違いありません。
まず、ペティ自身が手作業で溶接した、「本物のオリジナルフレーム」は世界に11~12本しか現存しないとのこと。そして、徹底的なチューンと軽量化が施されて110kg台の車体に60馬力を詰め込んだメカニズムも驚異的としか言いようがありません。さらに、ご紹介しているサンプルの出どころが二輪・四輪で伝説的なレーサーとなったジョン・サーティース所有だったこと。オークションでの指し値は2万ポンド(約420万円)とのことですが、落札価格は大きく上回るはず。
※ジョン・サーティースはF1とロードレース世界選手権の両方でチャンピオンを獲得した史上唯一のレーサー

ゼッケン1は1962~1966年の間に、デレク・ミンターによって5度も英国選手権の王座に就いた証し。
ちなみに、日本国内にも同型のペティ・マンクスが存在しており、サーキット走行も可能な動態保存がされています。そのエキゾーストたるや、すべてのバイク好きをシビれさせること請け合いです。
【参考動画】Ray Petty-framed Manx Norton Quick Ovewview & Start-Up
Ray Petty-framed Manx Norton - quick overview, start-up & engine sound
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