1993年から世界グランプリに参戦し、2ストローク250cc・V型2気筒から500cc・V型4気筒/V型3気筒、そして4ストロークMotoGPではV型5気筒、V型4気筒、直列4気筒と数多くのマシンを走らせ、開発に携わってきた青木宣篤さん。「アオキ・マニアック・レーシング」と題した当連載では、その名の通りマニアックな視点でグランプリの過去と現在を解き明かす。第5回は日本GP直前ということでマニアックな見どころを紹介する。

まとめ:監修:青木宣篤/まとめ:高橋 剛/写真: KUSHITANI / MICHELIN
▶▶▶写真はこちら|小椋藍/ホルヘ・マルティン/マルク・マルケス(画像7枚)

2026年はアプリリアが一躍チャンピオン候補に

日本GPを直前に控え、MotoGPのランキングトップはホルヘ・マルティン(Aprilia Racing)。ついに、アプリリア初の最高峰クラスチャンピオン獲得が見えてきた。

思えば、長い道のりである。2003年にMotoGPに参戦したものの、2004年に休止。その後、2012年にCRT(クレイミング・ルール・チーム)マシンを供給するという形で復活し、2015年からはファクトリー体制となった。

当時はホンダとヤマハが覇権争いを繰り広げており、アプリリアはBチームだった。年を追う徐々に力を付けていったが、ライバル勢も強力だ。ドゥカティ勢の台頭もあり、なかなか這い上がれない。初表彰台は2021年イギリスGP。アレイシ・エスパルガロ(ApriliaRacing Team Gresini)が3位になったのは、ファクトリー復活から7シーズン目のことだった。

翌2022年にはエスパルガロ(Aprilia Racing)が初優勝を果たしたが、まだまだムラがあった、「合うコースでは好成績を残せるが、合わないとダメ」と好不調がハッキリしていたのだ。そして今は、武器を備えつつもオールマイティさを発揮し、初タイトルに手を掛けている。

画像: ホルヘ・マルティン

ホルヘ・マルティン

「武器」は、高速コーナーだ。第14戦サンマリノGPが行われたミザノサーキットでのデータによると、超高速の11コーナーでドゥカティのマルク・マルケスが243km/h、KTMのペドロ・アコスタが244km/hだったのに対して、アプリリアのマルコ・ベゼッキは最速の248km/h! この差はかなり大きく、頭ひとつ抜けていると言っていい。

最大の要因として考えられるのは、空力だ。アプリリアはマシンがバンクした時、カウルと路面の間で発生するベンチュリー効果をうまく使えているようだ。カウルと路面の間を狭めることで空気の流速が上がり、ダウンフォースが発生する……ということだと思われるが、動きが大きいバイクでこれをコントロールするのは難しいはず。時間をかけてパフォーマンスを高めていったのだろう。

このあたりは、2019年にF1フェラーリから「移籍」してきたマッシモ・リボラCEOによるところが大きい。F1で培われた最新の空力テクノロジーが積極的に投入され、今では強力な武器になっている。

共通ECUの「小窓」

それに加えて、アプリリアは「共通ECUの小窓を開けた」と言われている。現在のMotoGPはECUのハードウエア、ソフトウエアともに共通化されており、トラコンを中心とした電子制御のレベルは決して高くない。しかし、プログラミングの奥底を探っていくと、「うまいことやれる小窓」があるらしい。

最初はドゥカティがそれを発見し、今は各メーカーが小窓オープンに成功している。もちろんアプリリアも追随しており、トラコンの精度が飛躍的に向上した。これが今のアプリリアのオールマイティさにつながっている。

画像1: 小椋藍

小椋藍

空力にしても共通ECUの小窓にしても、涙ぐましいほどビミョーな努力である。アプリリアの予選規模は決して大きくないし、石橋を叩いて渡らずにさらに叩く、といった慎重さは、ワタシが開発ライダーを務めていたスズキを思い出すほどだ(笑)。地味で地道な積み重ねが、アプリリアを強くした。

……それなら、日本メーカーももっとイケるはず……と思うのだが、低予算&慎重と言っても、欧州メーカーには大胆さがつきものだ。「レギュレーションで許可されていることしか、やらない」という日本メーカーに対して、欧州メーカーは「レギュレーションで禁止されていないことは、何をやってもいい」。これはアプリリアも同じだ。だからどんなにレギュレーションの制約が厳しくても、新しいアイデアがどんどん投入される。

来年のようにレギュレーションがガラリと変わるタイミングを、日本メーカーが「うまいこと利用」し、欧州メーカーを出し抜けるか……。

小椋藍、“究極のゼロカウンター”と“グリップのその先”

さて、日本GPで大注目は、何と言っても小椋藍くん(SuperFile Trackhouse MotoGPTeam)だろう。サマーブレイクと負傷による2戦欠場で1ヶ月半近くブランクがあったのに、復帰戦の第15戦オーストリアGPではいきなり表彰台争いに絡む力走で、驚かされた。彼は、本物だ……。

藍くんのライディングの強みは、力が入っていないことだ。いや、あれだけ重くて速いMotoGPマシンのことなので、まったく力が入っていない、ということじゃない。力が入っている中でも、うまく力が抜けているのだ。

マルケス兄弟がちょうどいい例なのだが、兄マルクがもっともマシンを押さえ込んでおり、弟アレックスがもっともフワッと乗っている。スポンジのように、フワフワだ。……繰り返しになるが、「力が入っている中での、スポンジライディング」である。

画像2: 小椋藍

小椋藍

藍くんは、完全にアレックス側。ただ、アレックスのスポンジ感よりも、もう少しだけ硬さがある。例えるなら、それはザッハトルテ。生地はスポンジーだけど、表面はちょっと硬さのあるチョコレートフォンダンでコーティングされている、アレだ。

チームメイトであるラウル・フェルナンデスは、「アイのデータを見るとショック。いろいろ考えさせられる」とコメントをしていた。どうやらタイヤへの入力が信じられないほどソフト、ということらしい。

これには良し悪しの両面がある。「タイヤへの入力がソフト」とは、タイヤに優しい、ということ。タイヤに負荷をかけない走りだから、レース序盤はタイヤに熱が入りにくく、スロースタートになる。その一方で、レース終盤になってもタレにくく、ハイペースを維持できる。

彼のライディングを見ていたり、コメントをまとめると、どうやらクリッピングポイントまで微妙にリアタイヤをスライドさせているようだ。目に見えて分かるようなスライドではない。究極のゼロカウンターだ。そして一瞬だけマシンを深く寝かせて、短時間で向き変えを済ませている。

フロントブレーキを完全にリリースし、最大バンク角に達して旋回力を発生するまでに、0.3秒かかるとする。藍くんは、その時間が極端に短い。もしかすると半分以下、0.1秒ぐらいかもしれない。この数字はイメージでしかないが、それぐらいマシンが寝ている時間が短いのだ。

画像3: 小椋藍

小椋藍

多くのライダーが「アイのライディングはマネできない」と不思議がっている。最大バンク角自体は同じなのに、藍くんはより早いタイミングでマシンを立てて、加速態勢に入っているのだ。「あれー?」と思ってもおかしくない。

この走りを可能にしているのが、ザッハトルテ走法だ。フワッと感とほどよい硬さの絶妙なバランスが、タイヤグリップに頼らない走りを可能にしている。究極のゼロカウンターと、それによる「早起き」も、ザッハトルテの賜物だ。

画像: 桶川スポーツランドでトレーニングする小椋藍 PHOTO: KUSHITANI

桶川スポーツランドでトレーニングする小椋藍 PHOTO: KUSHITANI

本来、マシンがもっとも寝ている最大バンク角では、タイヤのグリップに頼りたくなるものだ。そこをフワッと乗ることで、「グリップの先」で走っている藍くん。バイクに乗ることでしか鍛錬できない領域だ。そりゃああちこちのサーキットを走りまくるよな、と思う。リアタイヤの場合、「起きてしまった」スライドをコントロールすることは割とできるが、グリップしている状態からスライド「させる」のは、かなり難しいことなのだ。

モビリティリゾートもてぎでの日本GPでも、藍くんが活躍する姿しか想像できない。今のところ、悪い要素がどこにも見当たらない。

満身創痍でも驚異的なマルク・マルケス

逆に、フィジカル的に「悪い要素」満載なのが、マルク・マルケス(Ducati Lenovo Team)だ。右腕がほとんど使えていないという、衝撃の事実……。何が衝撃って、「MotoGPマシンって片腕でも乗れるんだー」ということ、そして今シーズンもっとも多く勝っちゃっている、ということだ。

ワタシも何度も骨折しているが、完全に元通りにはならない。骨がくっついたとしても、骨にくっついている腱やら筋肉やらは、付き方や可動範囲には絶対に影響が残ってしまう。それでも、あの走り。第15戦オーストリアGPはフロントブレーキに問題があったらしいが、それでも、5位。やはりこの男はズバ抜けている……。

画像: マルク・マルケス

マルク・マルケス

チャンピオン争いは、マルティンとマルケスの一騎打ちに絞られた感がある。マルケスがズバ抜けているのは確かだが、マルティンも「行ける時は行く。ダメな時は諦めて最大ポイントを獲る」と、うまくメリハリをつけられている。どちらがチャンピオンになってもおかしくない。そう納得できるあたり、さすがは世界最高峰クラスである。

青木宣篤さんも解説を務めるMotoGPを観るならコチラ!

おすすめ関連記事

This article is a sponsored article by
''.