クール・ジャパンという言葉が生まれる遥か以前から、日本は海外からリスペクトされていたこと言うまでもありません。今や50ccの枠を超え、125ccとなっても大人気のモンキーシリーズですが、そのご先祖様もまた先に欧州から人気に火がついたもの。1965年に始まるモンキー史のトップバッター「CZ100」はクールどころか、実にホットなモデルだったのです。

まとめ:吉岡直矢
▶▶▶写真はこちら|1965年製のホンダ「CZ100」(画像10枚)

遊園地の“おもちゃ”が、海を渡って大化けした

CZ100のルーツを辿ると、1961年に開園したホンダ系列の遊園地「多摩テック」ということに。そこで子供向けの乗り物として開発された「Z100」という遊具があり、これに目を留めたホンダの海外担当者が、ヨーロッパのモーターショーに出品。すると、現地のバイヤーや乗り物好きから「これは素晴らしい! ぜひ市販してくれ!」と凄まじい反響が巻き起こったのです。

画像: CZ100は、1963年に欧州へとわたったモンキーのご先祖さま。そもそもは、1961年に生まれた多摩テックの遊具がベースでした。

CZ100は、1963年に欧州へとわたったモンキーのご先祖さま。そもそもは、1961年に生まれた多摩テックの遊具がベースでした。

そこでホンダは急遽、この遊具に保安部品を取り付け、一般公道を走れるように開発。1963年から輸出が始まり、1965年に本格的な量産型として欧米に投入されたのがCZ100でした。日本国内ではまだ遊園地の乗り物だったバイクが、欧州の目の肥えたファンに向けて、一足先にレジャーバイクとして世界デビューを果たしたわけです。

ちなみに、欧州には熱烈なモンキー・マニアが数多くいて、各国にオーナーズクラブがあるのも有名なお話しかと。

F1パドックを駆け巡り、大人たちの高級トイへ

このCZ100は、特にイギリスやフランスで爆発的な人気を博すことになります。そのきっかけのひとつが、F1をはじめとするモータースポーツの現場でした。サーキットのパドック内を移動するための足としてCZ100はぴったりで、トップレーサーたちが乗り回す姿が大きな話題となったのです。

画像: 当時の法規に沿って登録されているため、テールランプこそ装備するもののウィンカーは省かれています。

当時の法規に沿って登録されているため、テールランプこそ装備するもののウィンカーは省かれています。

「大人が乗ると、まるで大猿が小さなおもちゃに乗っているモンキーのようだ」というコミカルな見た目のギャップが、むしろ「最高にクールで遊び心がある」と認められることに。サイズは子供向けながら、大人の物欲を満たす「高級レジャーアイテム」として、瞬く間に鉄板の人気を勝ち得たのでした。

荒削りだからこそ愛された、強烈なメカニズム

CZ100の魅力は、その独特なスタイリングとメカニズムといっても過言ではありません。急ピッチで輸出向けに開発されたため、既存のホンダ車のパーツを流用せざるを得なかったのですが、それが奏功しているところが少なからずあるのです。

画像: フロントフォークに見えるものの、リジッドのフォーク。タイヤは5インチですが、さすがに公道はきつかったらしく、国内向けZ50A(1969)は8インチを採用。

フロントフォークに見えるものの、リジッドのフォーク。タイヤは5インチですが、さすがに公道はきつかったらしく、国内向けZ50A(1969)は8インチを採用。

たとえば、燃料タンクは、当時の「スポーツカブC110/C115」をそのまま流用。小ぶりな車体に、大ぶりでピカピカのクロームメッキタンクが載ったアンバランスな美しさは、狙って作られたものではない、偶然が生んだ奇跡のデザインと呼ぶ人もいるのだとか。

画像: この車体で8600マイル余り(約1万3000キロ)を走ってきたとは、相当なモンキー好きオーナーだったに違いありません。

この車体で8600マイル余り(約1万3000キロ)を走ってきたとは、相当なモンキー好きオーナーだったに違いありません。

また、エンジンはスーパーカブC100譲りの49ccのOHV。4.3馬力、3.6Nmはあくまで標準的ではあるものの、頑丈さは折り紙付きでした。フレームは前後サスペンションが一切ないリジッドとして、わずか5インチという極小径タイヤの組み合わせ。路面のギャップはダイレクトにライダーの腰へ突き上げ、乗り心地はお世辞にも良いとは言えませんでした。もっとも、そのおもちゃ風味は「ダイレクトで操縦が最高に楽しい!」とポジティブに評価されたのでした。

画像: カブから流用されたワンサイズ大きめのタンクこそモンキー独特のスタイルを作ったといっても過言ではないでしょう。

カブから流用されたワンサイズ大きめのタンクこそモンキー独特のスタイルを作ったといっても過言ではないでしょう。

欧州での大成功が、日本の「モンキー誕生」の扉を開いた

1963年から1966年の間にわずか2500台ほどしか生産されなかったCZ100ですが、この欧州での大ヒットが、ホンダの首脳陣を動かしました。「これほど海外で愛されるなら、日本でも絶対に受け入れられるはずだ」と確信。さらに、多摩テックなどでこの小さなバイクに触れた国内のファンからも「公道を走れるモデルを売ってほしい」という声がボリュームアップ。そうして、1967年、ついに日本初の公道市販モデル「モンキー Z50M」が満を持して国内発売されることになったのでした。

画像: 実は4.3馬力というのは歴代モンキーの中でも最強クラス。ピーク9500rpm、ダウンドラフトキャブなど大人がのめり込む材料が山盛りなのです。

実は4.3馬力というのは歴代モンキーの中でも最強クラス。ピーク9500rpm、ダウンドラフトキャブなど大人がのめり込む材料が山盛りなのです。

Z50Mでは、CZ100のスピリットを受け継ぎながらも、日本の住宅事情や「クルマのトランクに載せて出かける」という新しいライフスタイルに合わせ、折りたたみハンドルや、ガソリン漏れ防止弁付きのタンクキャップ、そしてあの有名な赤白のチェック柄シートといった、さらなる洗練を遂げての登場はご存じのとおりです。

画像: シートもタンク同様に国内版Z50Mと大きさや厚みがだいぶ違います。とはいえ、欧米人にとってはミニマムサイズであることは間違いありません。

シートもタンク同様に国内版Z50Mと大きさや厚みがだいぶ違います。とはいえ、欧米人にとってはミニマムサイズであることは間違いありません。

さて、欧州でのコレクター人気は今でも衰えるどころかますますヒートアップしている模様で、ご紹介しているサンプルは160万~200万円での落札が予想されています。堂々のプレミアムプライスこそ、クール・ジャパンの偉大な先駆けと呼びたくなるものです。

画像: オリジナルに見えないこともありませんが、年式を考えるとやたらきれいなグリップ。とはいえ、欧州はサードパーティ製パーツもかなり流通しているようです。

オリジナルに見えないこともありませんが、年式を考えるとやたらきれいなグリップ。とはいえ、欧州はサードパーティ製パーツもかなり流通しているようです。

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