まとめ:オートバイ編集部
▶▶▶写真はこちら|カッ飛びゼロハン(1979-1984年代初頭)
「カッ飛びゼロハン」の時代(1979-1984年代初頭)解説
当時の潮流
▶クラスメイトの半分は16歳で即・原付取得
▶この頃から50㏄クラスも一気に高性能化
▶フルサイズのスーパースリムが昭和浪漫
原付最速伝説―50㏄スポーツの黄金期
新基準となった現在は50ccエンジンの原付一種の生産はないが、1960年代には世界GPのレースカテゴリーにも組み込まれていたほどだった。また市販車においても実用車からレジャーモデル、スポーツモデルと百花繚乱といった状況だった。
1970年代から1980年代にかけても50ccクラスはライダーへの足掛かりとして欠くことのできない存在だった。
世界GP参戦もそうだったが、市販車においてもホンダは4ストロークにこだわった。横型エンジンのSS50、縦型エンジンのCB50がスポーツモデルとしてラインアップしていて、とくに1971年に発売されたCB50はタコメーターも装備するなど上級モデル並みの豪華さを誇っていて、晴れて原付免許を取った高校生の憧れのバイクとなった。
そして1980年のCB50Sまでロングセラーとなったのである。一方、ヤマハとスズキは一貫して2ストのスポーツモデルを投入していた。小排気量バイクでは2ストエンジンのほうが車重も軽くパワーが高かったからだ。
1970年代後半、ヤマハはRD50で、スズキはRG50で若者の心を捉えていた。ところが1979年、ホンダが2サイクルのMB50を発売したのである。スポーティなスタイリングもあってこのホンダ初の2ストスポーツモデルは大きな話題となり、1982年には水冷2スト単気筒エンジンを搭載したMBX50へと発展させ、高性能化を果たした。
これに対抗するかたちでスズキは、1980年にクラス最高の7.2PSを発生するRG50Eを発売。さらに1984年には、レーシーなRG50Γを発売し、人気となった。
さらに1981年にカワサキが同社初の2スト50ccスポーツAR50を発売。ビキニカウル装備でリアにユニトラックサスを採用し多くの若者のスポーツ心を刺激した。
こうして50CCロードスポーツは多くの原付小僧にスポーツバイクの楽しさを体感させ、上位クラスへとステップアップを促した。
ホンダ「MB50」(1979年)/「MBX50」(1983年)解説
ホンダ「MB50」

HONDA
MB50
1979年
当時価格:13万6000円
50ccスポーツに革新をもたらした俊敏マシン
空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載した軽快なミニスポーツモデル。5速ミッションとコンパクトな車体により鋭い加速性能と優れた俊敏性を実現し、当時の若年ライダーを中心に高い人気を獲得した。アップタイプマフラーやスポーティなスタイリングも特徴で、実用性と遊び心を両立。後の50ccスポーツの流れを決定づけた一台といえる。

1979年の「バイク・オブ・ザ・イヤー」50ccクラスを制したモデル。
主なスペック
●エンジン形式:空冷2ストローク単気筒●排気量:49cc
●最高出力:7.0PS/9000rpm●最大トルク:0.65kgf・m/8000rpm●車両重量:78kg(乾燥)
●燃料タンク容量:7L●変速機形式:5速リターン●タイヤサイズ前・後:2.50-18・2.50-18
ホンダ「MBX50」

HONDA
MBX50
1982年
当時価格:18万6000円
水冷7.2PSで挑んだゼロハン戦争の切り札
1983年前後のゼロハンブームを象徴するフルサイズ2ストスポーツで、水冷2スト単気筒49ccエンジンは7.2PSを発生し、原付ながら本格的な走りを狙ったモデル。
プロリンク式リアサスやアルミ製ブーメランコムスターホイール、デュアルピストンキャリパー付きフロントディスクブレーキなど、125クラス並みの装備を与えられた。
1983年の「バイク・オブ・ザ・イヤー」50ccクラスを制したモデル。
主なスペック
●エンジン形式:水冷2ストローク単気筒●排気量:49cc
●最高出力:7.2PS/8500rpm●最大トルク:0.65kgf・m/7500rpm●車両重量:79kg(乾燥)
●燃料タンク容量:12L●変速機形式:6速リターン●タイヤサイズ前・後:2.50-18・2.75-18
