まとめ:オートバイ編集部
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俺達のヨンヒャク(1975-1980年代初頭)解説
当時の潮流
▶ほぼ受からない“限定解除試験”を前に、ほとんどのライダーが“中免”だった
▶中免の最高峰“4気筒400”に人気が集中
4気筒ブームの前は2気筒が人気
1970年代後半、国内中型クラスでは4気筒ブーム到来前、扱いやすさと実用性を重視した2気筒モデルが主流だった。1977年登場のホンダCB400TホークIIはトルクフルな並列2気筒と独自のバランサーで快適性を追求。
一方、1978年のスズキGS400も軽快なハンドリングと力強い出力で支持を集めた。過激な性能競争に向かう直前、日常に寄り添う2気筒の魅力が確かに存在していた。
ホンダ「CB400T HAWKII」

HONDA
CB400T HAWKII
1977年
当時価格:31万9000円
トルク重視の並列2気筒にバランサーを備え、滑らかな回転と扱いやすさで中型市場に新たな快適性を提示した一台。1977年の「バイク・オブ・ザ・イヤー」総合部門を制覇した。
スズキ「GS400」

SUZUKI
GS400
1978年
当時価格:32万円
軽快な車体と高回転まで伸びる並列2気筒を武器に、スポーティさと実用性を両立し幅広い層から支持を得た。1977年の「バイク・オブ・ザ・イヤー」400ccクラス部門を制覇した。
350から400へ―中型クラス覇権交代の軌跡
レースカテゴリーを含めて中型バイクの排気量は350ccが主流だった。400ccが俄然注目を集めるようになったのは、1974年にホンダCB400FOURが登場してからである。
それまでにもカワサキ400SS、スズキ・ハスラー400が発売されていたが、並列4気筒エンジン搭載でしかも斬新なカフェスタイルを採用していたCBが、400というカテゴリーの確立に多大な影響を及ぼしたのは事実だ。
さらに、1975年の免許制度改定で400ccを上限とする中型自動二輪免許が設定され、上限なしの自動二輪免許の取得が難しくなったことも、400クラスに注目が集まる大きな要因になった。そうした経緯から1975年以後、350ccモデルは姿を消していき、400ccモデルが中型バイクの中心的な存在となった。
紆余曲折があって398ccへと排気量変更したCB400FOURはほどなく生産を終了してしまうことになるが、並列2気筒ながら3バルブ方式を採用し1977年に登場したホンダCB400TホークIIや、DOHC並列2気筒を搭載したスズキGS400など、その後に登場した2気筒車が高い支持を獲得した。
ところが、1979年にカワサキがDOHC並列4気筒エンジンを引っ提げてZ400FXを発売すると様相は一変。一気に高回転高出力のDOHC並列4気筒モデルが二輪市場で大きな存在感を示すことになる。

1980年にヤマハXJ400、1981年にはホンダCBX400F、スズキGSX400Fが登場し、まさに4メーカーが真正面から激突するかたちとなった。そうした中でもアンチノーズダイブやインボードディスクといった新機構を採用したCBX400Fは、鈴鹿4時間耐久レースでの強さもあって高い人気を誇った。
当時はとにかくスポーツ志向が強く、スズキはGSX400Fのスポーツバージョンともいえるインパルスを1982年に発売。走り屋に支持された。
並列4気筒モデルの台頭が1980年代中頃以後のレーサーレプリカブームへとつながっていくこととなったのである。
カワサキ「Z400FX」(1979年)解説

KAWASAKI
Z400FX
1979年
当時価格:38万5000円
中免ライダーが待ち望んだDOHC4気筒で大ヒット!
国産400ccクラス初の空冷4ストDOHC2バルブ並列4気筒スポーツで、当時渇望されていた400マルチ復活の号砲となったモデル。
Z1000Mk.II譲りの角型フォルムとモーリス風キャストホイールを備えた大柄な車体に、43PSを発揮するハイメカエンジンと前後ディスクブレーキ、セル専用始動を組み合わせ、新時代の400スポーツ像を提示し若者から爆発的な支持を得た。
「バイク・オブ・ザ・イヤー」の400ccクラスを1979年、1980年と連覇した。
主なスペック
●エンジン形式:空冷4ストDOHC2バルブ並列4気筒●排気量:399cc
●最高出力:43PS/9500rpm●最大トルク:3.5kgf・m/7500rpm ●車両重量:189kg
●燃料タンク容量:15L●変速機形式:6速リターン●タイヤサイズ前・後:3.25-19・3.75-18
