1970~1980年代に生産されたZ系バイクのリプレイス&カスタムパーツの企画・開発で広く知られるピーエムシー(PMC)。2024年11月に新社長が就任し、新体制となった老舗パーツメーカーがめざす未来とは。
文:齋藤春子/写真:重松浩平

株式会社ピーエムシー

画像: 兵庫県淡路市志筑3071

兵庫県淡路市志筑3071

前身は1988年に車両輸入販売会社として創設された「プロダクトMカンパニー」。1998年に株式会社ピーエムシーを設立。現在はカワサキZ1/Z2を中心とする名車のリプレイスパーツやカスタムパーツを軸に、現行モデル向けカスタムパーツブランド「ARCHI(アーキ)」など多数のオリジナルブランドを展開。2008年から輸入代理店を務めるタイ製サスペンション「YSS」など、海外メジャーブランドの輸入販売も手がける。
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株式会社ピーエムシー取締役社長
正本賢将さん

画像1: 〈インタビュー〉株式会社ピーエムシー取締役社長 正本賢将さん、代表取締役 正本晃二さん【ブランドの歴史】

1990年生まれ。2024年に株式会社ピーエムシーの取締役社長に就任。平均年齢34歳という活気ある社員を束ねる若きトップとして、Z系バイクのリプレイス&カスタムパーツという主軸を守りながら、新たな価値の創造に尽力している。ちなみに父の晃二さんとは「バイクの好みは異なる」そうで、現在の愛車はゼファー750とZ750 D1、ホンダ・モンキー125など。


株式会社ピーエムシー代表取締役
正本晃二さん

画像2: 〈インタビュー〉株式会社ピーエムシー取締役社長 正本賢将さん、代表取締役 正本晃二さん【ブランドの歴史】

1963年生まれ。カワサキZをこよなく愛する株式会社ピーエムシーの創業者。幼い頃から雑貨店を営む祖父と、ブティックを営む母の姿を見て育つ。10代からバイクに親しみ、1970年代車のレストアを重ねた経験が、後にユーザーニーズを汲み取る開発力や独自の発想力へと繋がることに。現在は会長職として、賢将社長率いるPMCブランドの新たな展開を見守る。

ユーザーの宝物であるバイクを、より価値ある存在に

好きなバイクを修理して乗っていた経験が会社の原点

──1990年代のカスタムバイクブームを牽引したピーエムシー(以下PMC)さんは、特に新旧Zオーナーなら誰もが知るカスタムパーツメーカーです。加えてタイのサスペンションメーカー「YSS」製品をはじめ、海外プレミアムブランドの輸入販売を手がける国内有数のパーツサプライヤーでもあります。このインタビューでは、PMCさんが多くのユーザーから大きな支持を得ている理由を解き明かせたらと思います。

正本晃二代表(以下、晃二代表)「日本の大半のバイク屋さんやパーツメーカーは、ほとんどがメーカーに勤めていた人、レースをやっていた人、ディーラーで働いていた人が開業されてるんですね。僕はもともと自分が好きなバイクを修理して乗るのが趣味で、買ったバイクを修理したり改造しては販売していたことから仕事が始まったんですが、僕みたいにブローカーの商売から、弊社のように企業として成長させてきた会社は少ないと思います。自分で言うのもなんだけど、最初からアウトローやったからね(笑)。業界の上下関係とか、しがらみとかも基本なかったので、ずっと自由な発想で、なんでも好き放題でやってこれたのはあるかな、と思います」

──PMCのオリジナリティは、会社の成り立ちから始まっているのですね。現在、晃二さんは会長職(代表取締役)の立場となり、息子である賢将さんが社長として経営を担いますが、現体制となったのは?

正本賢将社長(以下、賢将社長)「2024年11月なので、約1年半前です」

──当然ながら、賢将さんは幼い頃からバイクに囲まれて育ったわけですよね?

賢将社長「そうですね。物心ついたときにはもうバイクが身近にありました。なので高校生の頃からバイクが好きでしたけど、乗るのは当時流行ってたビッグスクーターで(笑)。でも大学から東京に出てしまったので、その後はバイクから縁遠くなっていた時期が長いんですよ」

格安で手に入れたZ2をプラモデル感覚でレストア

──まずはPMCの歴史からお聞かせいだきたいのですが、創設者である晃二さんが、先輩の乗るZ2を偶然譲り受けたことがそもそもの始まりだったとか?

晃二代表「僕はZのイメージが強いと思いますが、実は僕が大好きだったバイクはH2(カワサキ・750SS)なんです(笑)。『人造人間キカイダー』というマンガに出てくるH2がすごく格好良くてね。2気筒はあまり好きじゃなかったし、4気筒だと子供の頃に出たヨンフォアが人気で、音も格好も良かったのだけど、速さが物足りなかったから、僕はずっとSSシリーズが好きだったんです。レストアを始めたのは22、23歳の頃。友達がくれた古いボロボロのKHを、部品点数も少ないし、プラモデル感覚でバラして、組み立ててね。完成したバイクの写真を月刊オートバイの『俺のマシンを見ておくれ』コーナーに送って、掲載されたこともあります(笑)」

──そんなご縁あったとは!(笑)

晃二代表「そうやって自分でバイクをレストアして遊んでた頃に、先輩のZ2を譲り受けたんです。でも本当はZ2ではなく、Z750A4でした。もう1台いらないZ2があるというので、それももらって部品取りしようとしたら、そっちは1973年の初期型やったんです。1973年発売のZ2と1976年発売のA4では部品が全然違うんですよ。でも当時は、何年も放置された状態のZ2があちこちで見つかったので、そういう車両を買ってはきれいに直して、完成したら売って…を繰り返すようになりました。自分としては好きなプラモデルを組み立てて、好きな色に塗ってる感覚だったけど、意外といい値段で売れるから楽しくなってきちゃってね(笑)。そのうち、当時アメリカに住んでいた友人が『アメリカにはZ1がゴロゴロあるよ』と教えてくれて、その友人を通じてまず3台のZ1を輸入してみたんです。今では考えられないと思いますが、共通パーツの多い750のZ2を部品取りして、レストアしてオークションに持っていくと、倍以上の値段で売れたんですよ。これはちゃんとした会社になると思い、アメリカからバイクを輸入する個人事業として、1988年にプロダクト〝M〟カンパニーを立ち上げました」

多様な二輪パーツをトータルプロデュースする、Z系バイクの老舗カスタムパーツメーカー

兵庫・淡路島を拠点とするPMCは、カワサキZのリプレイスパーツ「PMC Original」、Z系用パフォーマンスパーツをラインアップする「DRAFTシリーズ」、1999年に国産初のアルミ鍛造ホイールとして誕生した「SWORDシリーズ」、2020年に誕生した現行車向けカスタムパーツ「ARCH(アーキ)」など多数のオリジナルブランドを展開している。

画像3: 〈インタビュー〉株式会社ピーエムシー取締役社長 正本賢将さん、代表取締役 正本晃二さん【ブランドの歴史】

希少な名車の数々が並ぶ本社ショールーム

ショールームにはカワサキの名車がズラリ。PMCの代名詞であるカワサキZ1、Z2はもちろん、マッハ750SS、Z1-Rなど旧車好きなら垂涎の眼差しで食い入ること間違いなしの車両が並ぶ。

画像4: 〈インタビュー〉株式会社ピーエムシー取締役社長 正本賢将さん、代表取締役 正本晃二さん【ブランドの歴史】

中には輸出用梱包未開封状態のGPZ900R(A12)という激レアな新車の姿も。

画像5: 〈インタビュー〉株式会社ピーエムシー取締役社長 正本賢将さん、代表取締役 正本晃二さん【ブランドの歴史】

会社の軸となるZ系パーツは自分達の必要性から生まれた

──1988年から始めたバイクの輸入販売の業績が好調に伸びる中、現在のようなオリジナルパーツの開発や輸入パーツ販売に注力したきっかけは、1995年の阪神淡路大震災だったと伺いました。

晃二代表「それまで、車両を積んだ輸送コンテナを神戸港のポートアイランドや六甲アイランドで降ろし、会社のある淡路島まで運んでいたのですが、震災で神戸の港や阪神高速道路は壊滅状態になりました。明石海峡大橋はまだ開通前の建設中で、本州と淡路島を結ぶフェリーもかなり減便されて、コンテナの搬送がままならなくなってしまったんです。当時から輸入するバイクを運ぶコンテナの空いたスペースには、マフラーやキャブレターといったパーツも詰め込んでいて、ストックもそれなりに豊富だったので、ストックをリスト化して業者さん達に一斉にお送りしてね。そしたら想像以上の反響をいただいたんですよ。パーツの通販なら、輸送は運送会社さんにお任せできるし、今後はパーツの販売にシフトした方がいいのかなと」

──その後、オリジナルパーツの開発・生産を開始した経緯も教えてください。

晃二代表「海外輸入パーツの扱いを始めた頃は、例えば『APレーシング』のロッキードブレーキキャリパーを販売するには、キャリパーサポートが必要だったので、切断工具のバンドソーを買って自分で作ったりしてました。学校は機械科出身なので、ちょっとした二次元の加工図面なら自分で書けたんです。その後、1998年頃から本格的にオリジナルパーツを作り始めました。一番最初のリプレイスメントパーツは、台湾の工場で作ったメインハーネス。長くZを販売してきた自分達が、純正パーツの経年劣化に苦しんでいたので、ユーザーさんはもっと困ってるはずやろと思ったんです。シートもそうで、純正の破れた部分から水が染み込んで、スポンジがグズグズになるんですよ。なのでせっかく作るんやったら耐久性や耐候性に優れたものにしようと、シート工場さんといろいろ相談してね。そういう商品をリリースしたら、皆さん『困ってました』『ありがたいです』と言ってくれて、すごく喜ばれたんです。しかも工場で大量生産だから、価格も抑えられる。Zのレストアは僕の趣味で、パーツ開発も完全に趣味で始めたようなもの(笑)。でも趣味やからこそ細部まで研究したし、年式ごとの違いも熟知していました。だからオリジナルパーツの開発が、ユーザーさんには『これで安心して乗れます』と喜ばれ、工場さんも大量生産で仕事になるし、僕自身も気持ちいいしで、作り手、売り手、買い手の三方良しの良い結果になったんですね」

質感や美しい仕上げにも妥協なきオリジナルパーツ

PMCのオリジナルパーツは質感や美しさも妥協なく追求。特殊な金属処理を施し、メッキともペインとも異なる独特な黒の艶めきが楽しめる『漆黒シリーズ』など、唯一無二の佇まいに魅了されるファンは多い。優れた品質を保つためのきびしい検品体制や、充実のアフターサービス体制もPMCのこだわりだ。

画像6: 〈インタビュー〉株式会社ピーエムシー取締役社長 正本賢将さん、代表取締役 正本晃二さん【ブランドの歴史】
画像7: 〈インタビュー〉株式会社ピーエムシー取締役社長 正本賢将さん、代表取締役 正本晃二さん【ブランドの歴史】

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