まとめ:斎藤ハルコ/写真:井上 演
※神社境内での撮影は、特別な許可を得ています。
※この記事は、月刊『オートバイ』2025年11月号に掲載したものを一部編集して公開しています。
中上貴晶×佐々木優太 開運ツーリングトーク

「ホンダを強くすることがいまの自分の一番大切な仕事」(中上貴晶)
「何も悔いはないと言えるのがすごく格好いいです!」(佐々木優太)
免許取得から6年目にして初のツーリングを体験
佐々木優太(以下、佐々木) 中上さんが二輪免許を取ったのはいつですか?
中上貴晶(以下、中上) コロナの直前で2019年の末ですね。モト2時代から、ずっと出光さんがメインスポンサーで走らせてもらってたのですが、出光さんから毎年「バイクでガソリンスタンドに立ち寄るプロモーション映像を録りたい」というオファーをいただいていたのに、免許がなくてお応えできなかったんです。このままじゃいけないと免許は取ったものの、直後にコロナ禍になってしまったのもあり、ずっと乗れずにいて。昨年の夏に日テレさん、出光さん、ホンダさんの協力を受けて日本GPのプロモーション映像を録ったので、それが一応の公道デビューですね。ただ、いろんな東京のスポットは回ったものの、プロモーション撮影だからツーリングじゃないし、そもそも車両がRC213V-Sで、特殊な初公道走行でした(笑)。
佐々木 世間一般で言う「公道デビュー」とは全然かけ離れてますね(笑)。
中上 だからちゃんとした普通のツーリングは、今日が完全に初めてでした。
佐々木 神社に上がるだけでは距離的に物足りないかと思い、参拝後に高速も含めて1時間ほど走りましたが、NC750Xの乗り心地はどうでしたか?
中上 このタイプのバイクに乗るのも初めてでしたけど、高すぎず低すぎず、すごく落ち着くポジションで、足つきも良かったですね。パッと見だと前側がかなり大きく感じますけど、実際に乗るとフィット感も良くて、ツーリングの疲労感もなかったのが良かったです。DCTも初めてだったので、最初はクラッチがないことに戸惑いましたが、すぐに慣れてきて「こんなにラクなんだ」と。慣れた後はもうバイクに身を任せて走らせることができたし、シフトダウンもアップも自然で、全然ギクシャクもしなかった。ちょっと遊びたくなったらマニュアルモードにして、自分の指でシフトアップ・ダウンってやるのも楽しかったですね。

佐々木 質問があって、レーサーにとって、バイクでエンジンが占める割合ってどのくらいですか? 例えば僕なんか正直言うと、公道を走るバイクの評価って、95%はエンジンで決まるんですよ。誌面とかでスペックを見てても、何馬力だとかばかり気になっちゃう。でもレーサーの皆さんは、エンジンは大事だろうけどそこだけで戦ってないですよね。
中上 エンジンの要素も今は大きいんですけど、真っ直ぐ走るだけじゃないですからね。マシンの特性だったり、扱いやすさ、開けやすさ、エンジンの出力の出方とか、評価軸がいろいろあります。
佐々木 それ以外にもやっぱりサスペンション、タイヤも重要ですよね。
中上 はい。あと車体の剛性感もあれば、今はウイングも付いてるので……。
佐々木 ウイングの威力って、どうやってライダーは感じ取るんですか?
中上 普通にめちゃくちゃ感じますよ。
佐々木 どう注文をつけるんですか。「このウイングの角度。もうちょっと倒して」とかパーツごとに言うとか?
中上 いや、そこは全くわからないのでパッケージで走って、これだとウイリーは減るなとか、重くなるとか。結局ダウンフォースが増えれば増えるほどウイリーはしなくなる。でもそうなると結局角度が変わるので、倒し込みが重いとか、倒れたら倒れたまんまで曲がんないとか、いろんな変化があるんです。今のウイングはマシンの上部、真ん中、下、後ろにも付いてて、どこがどれだけ機能してるかはパッケージで走るとあまりわからない。でも何か1個外すと、全然違ってきます。ただ、僕はウィングがちょっと苦手です。今は下のウィングなんて風の取込口みたいな輪っか状で、そこから入る風を利用して曲がったりするから、従来のバイクの動きじゃないんですよ。
佐々木 前は風をどれだけ避けるかが大事だったのに、今は風を利用している。

中上 もう5年前とは全然バイクが違います。今は前後の剛性がどんどん落ちてて、フレームなんてもうペラッペラなんです。信じられないぐらい、全メーカーが車体をねじらせるようになってます。
佐々木 中上さんがモトGPクラスを戦った7年の間に、マシンは想像以上にどんどん変わっていってるんですね。
中上 すごい変化でした。ライドハイドデバイス(車高調機構)とかも、最初は気持ち悪かったですね。初めて乗ったときは、シャコタンでストレート走ってるような感覚になりました(笑)。最初は動きも「ガッチャン」みたいな感じだったのが、どんどんスムーズになって、今は沈む深さも変わって進化しています。
佐々木 僕、お会いする前にホンダのWebサイトに載ってた、HRC開発ライダーとしての中上さんのインタビューを読んだんです。そこで「やるべきことはやったし、何も悔いはない」と言い切ってらしたのが、すごい格好いいなと思って。
中上 自分的にやりきったし、フル参戦をやめるなら、年齢も含めて今がいろいろタイミングが良かったんです。30歳を超えたとき、今後自分は何がしたいのかをすごく考えたんですよ。やはり現役って、時間に限りがあるじゃないですか。僕は小さい頃から「35歳まで現役でいられたら、この上ない幸せだな」と思っていて。逆に言えば、どんなに輝いてたとしても、35歳までで現役は終わりだと自分の中で決まっていたんですね。今33歳で、そこに2年届かなかったけど、「もうあなたの走る場所はありません」と言われてやめるわけじゃなかった。自分的に「もうやり切った」と思ってやめられてラッキーでした。そこからホンダさんに「開発ライダーになって欲しい」という話をいただき、自分の目標をスッと切り替えることができました。僕はデータも重要視しますが、運の良いことに、感性も結構高い。何十周もテストしなくても、パッと乗って数周で、マシンの変化や問題点を感じ取ることができます。そういう自分の良さである感覚の部分を、ホンダさんのマシン開発に利用できるならぜひ使って欲しいと思っています。ただ、テストライダーがこんなに忙しいとは全く予想してなかったですけど(笑)。
佐々木 スポット参戦に加え、代役参戦が続いてますもんね(笑)。第9戦イタリアGPでは、マリーニ選手の代役参戦でワークスチームデビューでしたし。
中上 第6戦フランスGPのスポット参戦は前から準備してたから良かったけど、急遽決まったムジェロ(イタリアGP)の代役参戦は、「レースウイークってこんなに疲れるのか!」ってびっくりしました(笑)。去年まで余裕だったのにって。これまでずっとレースしかやってこなかったので、それがいきなり止まったら、もっと「チャンスがあればレースに出たい!」となるのかな?って想像してたんです。でも、全然ならない(笑)。別にレースが嫌いなわけじゃなく、自分の予想以上に意識が切り替わっているのだと思います。今は、ホンダのバイクを良くすることが自分の一番の仕事ですから。
佐々木 今日は、神社のご案内をしている間ずっと、中上さんのコミュニケーション力の高さに感動してました。こちらの説明を常に的確に理解されてたし、こちらが聞きたいことには常に的確な答えをくださった。それって日頃から、エンジニアの方達にどう伝えるかを考え続けているから培われた職人技ですよね。やっぱり一流のライダーは、テストライダーとしても一流なんだなとすごく刺激を受けましたし、中上さんの職人技と優しいお人柄に触れられて幸せな1日でした。これからのご活躍を楽しみにしています!
まとめ:斎藤ハルコ/写真:井上 演
※神社境内での撮影は、特別な許可を得ています。
※この記事は、月刊『オートバイ』2025年11月号に掲載したものを一部編集して公開しています。

