最高峰の舞台「MotoGPクラス」
MotoGPクラスは、かつての500ccクラスから発展した、2輪モータースポーツにおいて頂点に位置するカテゴリである。2002年から現在の名称となり、4ストローク990ccのプロトタイプマシンによって競われることになった。2007年から2011年まで800ccにダウンサイジングされた期間もあったが、2012年から現在まで4ストローク1000cc、最大4気筒のエンジンが使用されている。
2025年シーズンでは、最高峰カテゴリに相応しく、各メーカーの技術が激突する舞台が形成されている。マシンの最小重量は157kgに定められ、エンジンの年間使用基数も最大7基に制限。さらに、予選と決勝に加えてスプリントレースも開催されるなど、華やかでありながら参戦するライダーやチームにとっては過酷な週末となっている。

全22戦で行われるMotoGP。
www.flickr.comこのクラスの魅力は、ただ速さを競うだけでなく、メーカー間の技術開発競争、ライダーの精神力と戦術、そしてファンとの一体感が融合する点にある。MotoGPクラスは最速を競い、テクノロジーの実験場であり、何より世界中の観客に夢と興奮を届けるショーケースなのだ。
今後の注目点は2027年に予定される大規模な技術レギュレーションの変更である。排気量は850ccへと引き下げられ、エアロダイナミクスの規制や、ホールショットデバイスおよびライドハイトデバイスの使用禁止が盛り込まれる。いまやMotoGPを席捲しているといっても過言ではないドゥカティや大きく飛躍を果たしたアプリリアは空力の研究と開発に投資してきた。この開発への投資が現在の強さに直結している。
大きなレギュレーションの変更は勢力図を塗り替えるチャンスでもある。これまで栄華を極め、いまは再建を進めている日本メーカーの逆襲にも期待したいところだ。
また、環境への貢献も忘れてはならない。同じく2027年には100%非化石由来のサステナブル燃料が導入される。モータースポーツの最高峰の一角として、MotoGPは本格的に環境時代への対応を進めている。
そんな最高峰の舞台に唯一日本人としてフル参戦しているのが小椋藍だ。小椋は2019年からHonda Team AsiaからMoto3クラスにフル参戦を果たすと、2年目にはランキング3位を獲得。2021年には同チームからMoto2クラスにステップアップした。
そして2024年、小椋は大きな決断を下すことになる。これまでホンダのライダーとしてキャリアを築いてきた小椋はMTヘルメットに移籍。このチームはスペインのヘルメットメーカーがサポートしているチームであり、アライのヘルメットを被る小椋にとって簡単ではない移籍となった。

2024年、Moto2クラスで世界王者に輝いた小椋藍。
しかし、アライのヘルメットを被りながらの参戦が認められチームを移籍すると、新天地にも関わらず混戦のMoto2クラスで活躍。3勝を含む8度の表彰台を獲得し、自身初となる世界王者に輝いた。
ホンダとの関係を絶つことになるも、Moto2での成功が認められた小椋は、アプリリア陣営から最高峰クラスにステップアップ。MotoGPクラスデビューとなった開幕戦タイGPではいきなり5位入賞という衝撃のデビューを飾ってみせた。

デビューレースで5位入賞と周囲を驚かせた小椋。
www.flickr.comMotoGPは新時代に向けて動き出すタイミングであり、小椋藍という実力のある若いライダーが参戦している。今最も注目すべきカテゴリがMotoGPなのかもしてない。
実力を映し出す中量級「Moto2クラス」
Moto2は2010年に2ストローク250ccクラスに代わって誕生した中量級クラスである。このクラスの特徴は、エンジンがワンメイクで供給される点にある。2010年から2018年まではホンダの600ccエンジンが使用され、2019年以降はトライアンフの765cc・3気筒エンジンが供給されている。すべてのライダーが同じエンジンを使用するため、ライダーの技量とセッティング能力が勝負を分ける。
2025年シーズンでは、Moto2クラスも大きな変化を迎えている。予選フォーマットはMotoGPと同様にQ1/Q2方式に統一され、走行セッションの運用がより整理された。

タイトル争いが盛り上がりを見せている2025年のMoto2クラス。
また、ワイルドカード出場はチーム・ライダーともに年3回までに制限され、育成や運営の健全性がより重視されている。しかし、MotoGPクラスでスプリントが導入された影響により、決勝日のウォームアップ走行が消滅。最終調整やチェックの場でもある決勝前の走行機会がなくなることは、混戦であるMoto2クラスに参戦するライダーにとって厳しい変更となった。
Moto3からMoto2、Moto2からMotoGPへとステップアップを果たすわけだが、Moto3からMoto2への乗り換えが最も難しいとされている。後述するMoto3クラスは250ccの軽量級だが、中量級のMoto2クラスは765ccとこの両クラスが最も排気量に差があるのだ。マシンへの適応のみならず、レース中の戦術も変わってくるのも乗り換えに苦労するポイントだろう。
より大きな排気量のバイクへの適応という意味では、Moto2での成績はMotoGPへのステップアップには欠かせない。だからこそここで活躍したライダーは、高い確率でMotoGPへの昇格をはたしている。
マルク・マルケスやフランチェスコ・バニャイアなど、近年のトップライダーたちもこのMoto2で腕を磨いてきた。統一エンジンによってライダーの実力がより明確に反映され、マシンの挙動を読み解く能力やタイヤマネジメントなど、上位カテゴリに必要なスキルを磨くには最適の舞台といえる。
このクラスには現在佐々木歩夢と國井勇輝の2名の日本人ライダーが参戦。長くMoto3で戦っていた佐々木は2023年にランキング2位を獲得し、翌年Moto2クラスにステップアップを果たした。
前述の通り、乗り換えが難しいMoto2クラスで苦戦を強いられている佐々木だが、2年目となる今シーズンの第10戦から2戦連続でポイントを獲得。少しずつ同クラスに適応してきている。
國井は2020年から2年間Moto3クラスで戦うも成績は振るわず。世界の厳しさを知った國井は一度日本に戻り腕を磨くことになった。そして2024年には全日本ロード選手権ST1000クラスとアジアロードレース選手権(ARRC)のASB1000クラスでダブルタイトルを獲得。十分な実績を残し、2025年から再び世界の壁にチャレンジを続けている。
未来を担う若手たちの登竜門「Moto3クラス」
Moto3は2012年に2ストローク125ccクラスの後継として導入されたエントリークラスである。使用されるマシンは4ストローク250ccの単気筒。ボア径は最大81mmと定められ、コストを抑えつつ、若いライダーが技術と経験を積めるよう配慮されている。
2025年シーズンでは、価格上限やスペックの凍結措置が導入され、シャーシやエンジンの過剰な開発競争を抑制する制度設計が進んでいる。また、予選フォーマットもMotoGPと同様にQ1/Q2制へと移行され、セッション構成も全クラスで統一される方向へと進んでいる。
Moto3クラスは、18歳以上のライダーが初めて経験できる世界選手権だ。125ccクラス時代は年齢制限がなく、軽量級クラスのプロフェッショナルたちがしのぎを削っていた。そして、体格が小さいほうが有利と言われるこのクラスで、多くの日本人ライダーが活躍。坂田和人と青木治親はともに2度の世界王者に輝き、90年代は日本人ライダーが表彰台を独占する時代でもあった。
しかし時代は変わって、現在は18歳から28歳(新規参戦の場合は25歳)までと制限され、登竜門といえるカテゴリとなった。極めて接戦になりやすい特性を持ち、最終ラップまで勝敗がわからないようなエキサイティングな展開が魅力だ。
ここで培った集団走行のリスク管理、戦略眼は上位カテゴリでも通用する実戦力となる。また、集団でのレースになりやすいカテゴリだからこそ、単独でタイムを出せる、逃げ切り優勝ができるライダーは速さを持っていることの証明につながるのだ。

フィニッシュラインを通過するまで順位がわからないエキサイティングなレースが多いMoto3クラス。
そのMoto3クラスには古里太陽と山中琉聖の2名が参戦。古里は2022年から同クラスに参戦し、着実なステップアップを果たしている。翌年には初の表彰台を獲得すると、2024年には自己最高位となる2位を2度獲得。今年は悲願の優勝を狙う。
山中は2020年からMoto3クラスに参戦し今年で6年目を迎える。チームやメーカーを変えながらも継続参戦を続け、2024年には初の表彰台を獲得し、今シーズンもすでにトップ3に入る力走を見せている。

2025年カタールGPでは古里と山中がそろって表彰台を獲得している。
このクラスもまた、ジュニアGPやアジアタレントカップ、レッドブルルーキーズカップといった下部選手権との連携によって、明確なキャリアパスが整備されている。Moto3からMoto2、そしてMotoGPへ。若き才能たちはこの階段を登りながら世界の頂点を目指していくのだ。
転換期を迎えているMotoGP
上述のとおり、MotoGPを構成する3つのカテゴリは、単に排気量やスピードの違いによって分けられているのではなく、それぞれが異なる目的と機能を持って存在している。MotoGPが技術とスピードの頂点であり、Moto2が実力重視の修練場、Moto3が若手育成の登竜門という役割を担っているのだ。

2027年には大幅なレギュレーション変更が施行される。
www.motogp.com2027年の技術レギュレーション変更を前に、MotoGP全体は新たなステージへと突入しようとしている。環境対応、安全性の向上、そして公平性の確保と、次の時代を見据えた改革が進行中なのだ。
3クラスは別々の舞台でありながら、ひとつの壮大なレースピラミッドとして機能している。夢を抱いた若者がMoto3で競い合い、競争を勝ち残ったライダーがMoto2で研鑽を積み、狭き門を潜り抜けた才能がMotoGPで戦う。3つのカテゴリを跨いだ人間ドラマは今も昔もモータースポーツファンを魅了し続けている。
レポート:河村大志