2010年代から、採用するモデルが増えているTFT液晶メーターだが、よほどこの分野に関心がある方ではない限り、「TFT」が何を指すものなのか知る人は少ないだろう。そもそも「液晶」とは何か? という基本の話から、2輪用TFT液晶メーターについて解説したい。
文:宮﨑健太郎

液晶とは「モノの名前」ではなく、「モノの状態」をあらわす?

液晶時計、液晶テレビなどなど、日々の暮らしの中で接する商品の名称から、液晶のことを「モノ」として認識する人は多いと思われる。しかし液晶とは、固体、気体、液体などと同様「モノの状態」をあらわす言葉なのである。

液晶の発見は1888年と古く、オーストリアのフリードリヒ・ライニッツァーという植物学者がその発見者であった。彼は液晶の分析をドイツの物理学者であるオットー・レーマンに依頼し、レーマンはその特性から「液晶」=リキッド クリスタルと名付けた。

特殊装置などを使わないと目視できない気体については記述を省くが、そもそも固体とはモノを構成する分子の位置や方向が規則正しく並んだ状態にある。そして液体は分子が決まった形を持たず、バラバラの状態であるために流動性があるのが特徴だ。液晶とは固体と液体の中間にある状態であり、つまりは固体のようにしっかり固まっているわけでもなく、それでいて液体(例えば水)のようにサラサラ流れることもない状態を指している。

液晶の発見者のF.ライニッツァー(左)と、その名付け親のO.レーマン。

publishingsupport.iopscience.iop.org

ライニッツァーは植物の研究のため、ニンジンから抽出したコレステロールの特性を調べる過程で、常温では固体の安息香酸エステルが加熱されると「白く濁った粘っこい液体」になり、さらに加熱すると透明な液体になることを発見した。

「2つの融点」という異常な現象に驚き、この発見をどう解釈すればいいのかわかりかねたライニッツァーは1888年3月、独アーヘン大学のレーマンに手紙を書いて自身の発見を物理学的に確認してほしいと依頼している。そして研究室でこの現象を確認したレーマンは、「流れる結晶」を意味する液晶と命名した。

1970年代に入り、いよいよ液晶表示の普及が始まる

1889年10月、レーマンは「Über fliessende Krystalle」=流れる結晶について、という論文を発表し、液晶科学の基礎を築きあげた。しかし、私たちに馴染み深い液晶ディスプレイが誕生するまでは、それから80年以上の歳月を要することになった。

液晶表示板の基本原理は、すでに1920年代には発見されていた。強い電場や磁場が液晶に印加されると、結晶の成分が整列する相転移(環境に応じてモノの様態が変わる現象)を起こすという「フレデリクス遷移」は、1927年に旧ソ連の物理学者のフセヴォロド・フレデリクスが確認している(余談だが、彼は偉大な作曲家のひとり、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの義兄でもある)。

戦後の1962年は、実用化へのブレークスルーの年となった。スコットランドの有機化学者であるジョージ・グレイは、この年に液晶の分野を体系化する「分子構造と液晶の特性」を出版。また同年に米RCA社の研究者であるリチャード・ウイリアムズが、キネマチック液晶に直流電圧を印加することで、液晶分子の制御により光の透過率を変化させるLCD(リキッド クリスタル ディスプレイ)の特許を取得。そして「壁掛けテレビ」の研究をしていたRCA社のジョージ・ハイルマイヤーは、ウィリアムズの研究を受けて液晶に関するいくつかの新たな電気工学効果を発見し、最初の液晶表示の実演に成功した。

ハイルマイヤーの発明は、1968年にDSM(ダイナミック スキャタリング モード)方式のLCD(リキッド クリスタル ディスプレイ)として公表され、世界各国の研究者や技術者たちに、ブラウン管(CRT=カソード-レイ チューブ、陰極線管)に代わる次世代のディスプレイとしての、液晶の大きな可能性を感じさせることとなった。

シャープ製「EL-805」は、世界初の液晶表示付きのポケット電卓として1973年に発売。米国に本部がある世界最大の電気・電子技術者による非営利団体組織(学会)であるIEEE=アイ・トリプル・イーによる、IEEEマイルストーンの認定対象となった製品でもある。

corporate.jp.sharp

1970年代に入るとシャープの電卓、セイコーやカシオのクォーツ腕時計など、液晶表示を採用する製品が、急速に普及していくことになったのは多くの知るところだろう。なお2輪に関しては、1980年代にはメーターの文字盤に距離や水温などの液晶表示が組み合わされることが、すっかり珍しくなくなっていた。

画像: 1982年のヤマハXJ750Dは、国内法規でフェアリング装着が認可されたことを受けて生み出されたモデル。YFISというフューエルインジェクションを採用するほか、当時としては類例のない2輪用液晶デジタルメーターを備えていることが注目された。右ハンドルスイッチの切り替え操作により、時刻、加算トリップ、減産トリップ、燃料残量、瞬間燃費、走行可能距離、走行時間、平均車速、燃料消費量、平均燃費を表示させることが可能。 global.yamaha-motor.com

1982年のヤマハXJ750Dは、国内法規でフェアリング装着が認可されたことを受けて生み出されたモデル。YFISというフューエルインジェクションを採用するほか、当時としては類例のない2輪用液晶デジタルメーターを備えていることが注目された。右ハンドルスイッチの切り替え操作により、時刻、加算トリップ、減産トリップ、燃料残量、瞬間燃費、走行可能距離、走行時間、平均車速、燃料消費量、平均燃費を表示させることが可能。

global.yamaha-motor.com

反応時間が短く、解像度が高いTFT液晶

2輪の世界では、2010年代に入ってから高額機種を中心に採用されていったフルカラーTFT液晶メーターだが、そもそもTFTとはシン-フィルム トランジスタの略である。薄膜(はくまく)トランジスタと訳されるTFTは、液晶ディスプレイが主な用途という薄い特殊な電界効果トランジスタで、一般的に基盤にガラスを用いるのが特徴のひとつだ。

アクティブマトリックス駆動方式のTFT液晶は、TFTがそれぞれのピクセル(画素)のスイッチング素子になっており、ピクセル毎に印加電圧の制御ができるようになっている。反応時間が短く、解像度が高いのがその特徴だ。一方、単純マトリックス駆動とも呼ばれるパッシブマトリックス駆動の液晶はコストこそ安価だが、反応時間が長く、電極同士を近づけすぎると干渉が生じてしまうため、ピクセル同士の距離を離して設計する必要があるため自ずと低解像度になりがちという欠点がある。

上述のような特性からTFT液晶は動画の表示に適しており、リニアな反応が求められる2輪のメーターという用途にもあっている。なおTFT液晶にはPCなどに使われるTN型(ツイステッド ネマチック)、液晶TVなどに使われるVA型(バーチカル アライメント)、そして視野角による輝度変化や色変化が少ないIPS型(イン プレーン スイッチング)があるが、反応の速さ、比較的低コスト、透過度が高いゆえの消費電力の少なさなどから、2輪用にはTN型が採用されている。

画像: ホンダCBR1000RR-Rに採用された、5インチ高解像度フルカラーTFT液晶メーター。 www.honda.co.jp

ホンダCBR1000RR-Rに採用された、5インチ高解像度フルカラーTFT液晶メーター。

www.honda.co.jp

ブラウン管テレビのような大容量情報を表示するLCDとして、TFTを使ったLCDのアイデアは1960年代末にはすでにあったが、その初期の発展を主に担ったのは日本だった。1980年代にはTFT液晶を用いた小型カラーテレビが日本企業から発売され、1990年代は日本がTFT液晶の世界的シェアのほとんどを占めるほど、この分野の発展に関する日本の寄与は大きかったのである(しかし2000年代からは台湾をはじめとする東アジア諸国の躍進により、TFT液晶市場を奪われてしまうことになるのだが)。

1990〜2000年代のTFT液晶の劇的な発展に伴う低コスト化が、近年の2輪用TFT液晶メーター普及の背景にはある。また切り替え操作により様々な情報を表示できるTFT液晶メーターは、複数のライディングモードを設定できる近年の高性能モデルには、じつに適した装備ともいえる。

画像: BMW K1600GTのTFT液晶メーター。同モデルは、2011年型からTFT液晶メーターを採用。写真で表示されているのは、オーディオの操作画面である。 www.bmw-motorrad.jp

BMW K1600GTのTFT液晶メーター。同モデルは、2011年型からTFT液晶メーターを採用。写真で表示されているのは、オーディオの操作画面である。

www.bmw-motorrad.jp

現代人にとって最もなじみのあるTFT液晶を採用した製品は、iPhoneなどのスマートフォンだろう。2輪用のTFT液晶メーターの解像度は、最新のスマートフォンのそれに比べるとかなり低解像度だが、ライディングに必要な情報を的確に伝える用途は十分に満たしている。そもそも2輪用メーターは安全性のために、スマートフォンのように「ずっと見つめている」状態に誘い込んではいけない装備である。そのためにその表示デザインは、ライダーが画面を凝視しなくても瞬時に情報を理解させるための、工夫が求められるのはいうまでもない。

スマートフォンといえば、近年の電動バイクなどの新興メーカーのなかには、スマートフォンそのものをメーターとして使う設計のモデルもあったりする。

画像: 多くの予約者たちからそのリリースを待たれている、最強の電動モトクロッサーを標榜するスタルク・ヴォルグ。そのトップブリッジ上には、メーター代わりとなるスマートフォンのホルダーがセットされている。 starkfuture.com

多くの予約者たちからそのリリースを待たれている、最強の電動モトクロッサーを標榜するスタルク・ヴォルグ。そのトップブリッジ上には、メーター代わりとなるスマートフォンのホルダーがセットされている。

starkfuture.com

TFT液晶に限らず、ほとんどの2輪用メーターは露天にさらされるという厳しい条件ゆえ十分な耐候性を確保することが求められる。その点でスマートフォンをそのまま2輪用メーターとして使うのは品質管理的にどうなのか? と考えてしまったりもするが、現代のライダーの多くがアフターマーケット製品のホルダーを使って、スマートフォンを車体にマウントして使っていることから考えると、その手もアリ・・・とも思えてくる(既存の大メーカーは、その選択はしないと思うが)。

昔ながらのアナログ式の、物理的に針が動くメーターの方が好き、というライダーは少なくない。しかしこれからも表示できる情報量の多さなどの理由から、TFT液晶メーターを採用するモデルの数は増えていくことになると予想される。さらなる低価格化、表示デザインの工夫、そして視野角や輝度調整などのハードウェア面の発展が、今後の2輪用TFT液晶メーターの課題だ。

文:宮﨑健太郎

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