その普及は4輪車用のADAS(アドバンスド・ドライバー・アシスタンス・システム)に比べだいぶ遅れているものの、ADASの2輪車版といえるARASはカワサキ、ドゥカティ、KTM、BMW、そしてピアッジオが近年採用をし始めたこともあり、その普及の速度は急激に加速されていくと目されている。ライダーたちの安全のために生まれた技術、ARASについて解説したい。
文:宮﨑健太郎

「不完全な人間」を守る、先進運転支援システムの思想

国土交通省自動車局が2018年9月に公表した資料「自動車の安全確保に係る制度及び自動運転技術等の動向について」によると、2016年のヒューマンエラーに起因する交通死亡事故は全死亡事故の97%にも上るそうだ。もっとも交通死亡事故に限った話ではなく、世の中の多くの「事故」の背景には、ヒューマンエラーがあると感じるのが、多くの人の「肌感覚」ではないだろうか?

4輪用のADASは、事故のほとんどはヒューマンエラーから起こることを前提とし、ヒューマンエラーを最小限に抑えるため、電子制御技術などを使ってドライバーの運転を支援するシステムだ。そしてARASはドライバーを意味する「D」の代わりにライダーの「R」を用い、Advanced Rider Assistance System(2輪車用先進運転支援システム)と称しているわけである。

ADAS同様にARASは商標ではない。またADAS同様に多くのARASは、単独または複数の機能を組み合わせによって構成されるシステムである。ARASを構成する代表的な機能には、車両速度を交通の流れに合わせ調整するACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)、FCW(フォワードコリジョンワーニング、前方衝突警告システム)、BSD(ブラインド・スポット・ディティクション、死角検知)などがある。

どの機能を組み合わせるか・・・は各メーカーによって異なるが、周囲の状況を把握するためレーダー技術、ソナー技術、カメラ技術などを活用するのが現代のARAS開発のトレンドである(ボッシュとピアッジオは、ともにレーダーセンサーを採用している)。

ADASの4輪量産車への採用は2010年代から急速に進んだが、2輪用のARASはそれよりだいぶ遅れて2020年にドゥカティが初採用となった。その後BMWやKTMがそれに続き、昨2022年には国産メーカーとして初めてカワサキがNinja H2 SXにARASを採用。またピアッジオのMP3が、3輪スクーターとしては初のARAS搭載モデルとして2022年に登場している。

画像: ドゥカティは2016年からミラノ工科大学とともにARASの開発を開始(写真はムルティストラーダをベースにする試作車)。この技術を公開した2018年4月の時点で、2020年の量産モデルへのARAS採用をドゥカティは予告していた。 www.ducati.com

ドゥカティは2016年からミラノ工科大学とともにARASの開発を開始(写真はムルティストラーダをベースにする試作車)。この技術を公開した2018年4月の時点で、2020年の量産モデルへのARAS採用をドゥカティは予告していた。

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画像: ピアッジオのロングセラー3輪スクーター、MP3の「530 hpe エクスクルーシブ」。ドゥカティ、BMW、KTM、カワサキのARASはボッシュの技術を使っているが、ピアッジオは米ボストンで事業展開する子会社、ピアッジオ・ファスト・フォワードが開発したイメージングレーダー4D技術によって、独自のARASを構築している。 www.piaggio.com

ピアッジオのロングセラー3輪スクーター、MP3の「530 hpe エクスクルーシブ」。ドゥカティ、BMW、KTM、カワサキのARASはボッシュの技術を使っているが、ピアッジオは米ボストンで事業展開する子会社、ピアッジオ・ファスト・フォワードが開発したイメージングレーダー4D技術によって、独自のARASを構築している。

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調査会社である富士経済の2021年のレポートでは、2035年におけるARASの世界市場は2021年比で740倍以上!! の4,450億円規模になると予想されている。また2021年はARAS採用車がまだ少ないため、市場規模は23億円にとどまる見込みではあるが、事故に伴う運転者のリスクが4輪車よりもはるかに高い2輪車には、安全性確保のために今後もARAS採用が進んでいくという予想から、年を追うごとに市場が成長していくと考えるのは理にかなっているといえるだろう。

画像: www.aba-j.or.jp
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なお同レポートでは、まずARASのベース技術ともいえるACC市場が立ち上がり、ARAS市場拡大の牽引役になると予測している。そしてACCは大型2輪車を中心に搭載が進み、2035年にはその搭載率が90%以上!! になると想定している。

7件に1件の割合で、オートバイ事故からライダーを守る?

現在、ARAS量産化のリーディングカンパニーでもあるボッシュは2018年の「ボッシュ・アクシデンス・リサーチ」のなかで、レーダー技術を用いたARASはオートバイ事故の7件に1件は防止できる可能性がある・・・と報告した。

この割合が高いと感じるか低いと感じるかは人ぞれぞれだろうが、ARASを搭載したオートバイはライダーが危機的状況に陥ったときに、回避するのを補助したり、衝突の衝撃を軽減してくれるので、ライダーの命を守るのに大いに役立つことを、否定できる人はいないだろう。

カワサキのNinja H2 SX(写真はSX SE)はACC、FCW、BSDを採用。そのほかVHA(ビークル・ホールド・アシスト)、KCMF(カワサキ・コーナリング・マネジメント・ファンクション)など、数々の電子制御技術をてんこ盛りにしたモデルである。

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オートバイはシンプルであるべし、というポリシーを持つタイプの方のなかには、電子制御デバイスをドッサリ搭載したARASは「おせっかいな」装置であり、複雑かつシンプルさに欠けるものとして食わず嫌い的に嫌悪する人もいるだろう。しかし安全性を高めることが大事という「大義」は多くの人に支持され、その結果としてARASの普及を後押しすることになるだろう。

チューリッヒ保険会社の公式サイトで紹介されている、2017年の国内の数字による計算で交通事故発生率を比較すると、4輪の死者0.0016%に対し自動2輪(126cc〜)は0.012%、4輪の重症者0.013%に対し自動2輪(同)は0.14%・・・。これらの数字から2輪と4輪では、2輪のほうがケタ違いに重傷以上の死傷者が多いことが明らかになっている。

残念ながらこのような現実もあって、「危険な乗り物」という一般の人のイメージは、オートバイに常につきまとうことになって今日に至っている。安全性を確実に向上させるARASのような技術は、その安全性を一般人から疑われ、「白眼視」されることの多いオートバイの、イメージアップに貢献する技術としての発展も期待されている。

画像: KTM 1290 スーパー アドベンチャー Sは、KTMモデルとしては初めてACCを搭載。車間距離は5段階から選択することが可能。なおBSDなどは採用していないため、比較的控えめなARASの構成ともいえる。 www.autoby.jp

KTM 1290 スーパー アドベンチャー Sは、KTMモデルとしては初めてACCを搭載。車間距離は5段階から選択することが可能。なおBSDなどは採用していないため、比較的控えめなARASの構成ともいえる。

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画像: BMW R1250RTは、2021年型からKTM同様に、前方のみにレーダーを装備するACCを採用。BMWはこの機能をBMWアクティブ・クルーズ・コントロールと称しており、30~160km/hの範囲で追走する車両に合わせ速度をコントロール。コーナリング時はバンク角に応じ、自動的に速度を落とすようになっている。 www.autoby.jp

BMW R1250RTは、2021年型からKTM同様に、前方のみにレーダーを装備するACCを採用。BMWはこの機能をBMWアクティブ・クルーズ・コントロールと称しており、30~160km/hの範囲で追走する車両に合わせ速度をコントロール。コーナリング時はバンク角に応じ、自動的に速度を落とすようになっている。

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また「安全」をARASが支援してくれることは、万が一のときの有効な保険としてライダーに、オートバイに対する安心感・信頼感を増やす効果もあるだろう。もちろんARAS搭載しているからといって、ライディング中に慢心することは厳禁だが、その安心感と信頼感は、ライディングを楽しむことに集中することも支援してくれるわけである。

富士経済の2021年レポートに予想されたとおりに、今後ARAS搭載車が増えていくことになったとき、はたしてどれだけ自動2輪の重症以上の死傷者数が減ることになっているのだろうか? いっそうの発展が期待されるARASの、今後の技術進展に動向に注目していきたい。

文:宮﨑健太郎

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