※この記事は月刊オートバイ2011年8月号別冊付録を加筆、修正、写真変更などの再編集を施しており、一部に当時の記述をそのまま生かしてある部分があります。
カワサキ「W1SA」誕生ヒストリー
メグロ製ビッグバイクをルーツとし、技術の高さを証明した4スト大排気量モデル
川崎航空機は60年11月に目黒製作所と業務提携。メグロは戦前から完成車を生産していた国内きっての技術力あるメーカーだったが、創始者の一人が他界すると同時に経営危機に見舞われ、川崎航空機との業務提携に踏み切った。125㏄モデルをカワサキ、それ以上のモデルをメグロが生産する体制とつながっていく。
そして、メイハツ、カワサキ、メグロの3ブランドでラインアップしていたモデルが、すべて「カワサキ」エンブレムを装着したのが65年になってから。この時、メグロ技術陣の協力も得て、カワサキの世界戦略車ともなる4ストビッグバイクの開発が進行していたのだ。
この頃のビッグマーケットであるアメリカで生き残るためには、世界で最も勢いのあったトライアンフやBSAといったイギリス車を打ち負かす必要があった。そのために、ホンダが65年にDOHC2気筒450㏄のCB450を発売したのに対し、カワサキはイギリス車と同じOHV2気筒650㏄を選択。それが「コマンダー」こと650W1だった。
W1は、60年にメグロが発売したスタミナK1/K2がルーツだった。この、BSAシューティングスターを範としたOHV2気筒500㏄のモデルをベースに、メグロ技術陣が、カワサキとの業務提携後に明石工場で650ccバージョンを製作。これがモーターショーに出展されたX650だ。
メグロ・スタミナ系のスタイリングだったX650は、アメリカ輸出を考えられてリメイクされ、650W1としてまずアメリカで市販をスタート。66年9月に、注文販売という形で「日本最大のモデル」の国内販売がスタートしたのだ。
イギリス車に負けない動力性能を持つ、国内最大排気量モデル、それがカワサキ・ダブワン。それまでの国内最大モデルであるCB450を大きく越え、いよいよ日本がビッグバイクの時代を迎える第一歩となったモデルといっていいだろう。
W1はイギリス車を打倒するまでには至らなかったものの、アメリカで人気モデルとなり、世界一の巨大マーケットで、カワサキというブランドの印象付けに成功。W1と同時期にアメリカ輸出をスタートしたサムライ250A1、さらに68年に発売したマッハシリーズで勢いづき、アメリカに一大カワサキ旋風を巻き起こすことになる。
強烈なサウンドと振動は当時のビッグマシンの象徴
W1スペシャルの2代目にあたるW1SAはシリーズの中で最も注目され、販売台数もトップとなったモデル。当時の北米の規制では「シフトペダルが左操作であること」が義務付けられる。メグロ時代から右シフトだったW1スペシャルはリンケージを駆使して左シフトにするという大改造が施される。
シフトロッドがスイングアームピボットをくぐり抜けるという離れ業により、左シフトに生まれ変わったのがW1SAだ。シフトの操作感はこれらの工作が行われたことが信じられないほどスムーズだった。
乗り味そのものは、ストレートでもコーナーでも、最終型の650RS W3まで一貫してソリッド。激しく攻め込むとフレームも前後サスも大きくしなる前掲のXS650系とはかなり感触が異なっていた。
また、W1サウンドと呼ばれ、今ももてはやされる排気音は走行中は置き去りにされてライダーの耳にダイレクトには入らず、停車中でこそ真価を発揮する。メインスタンドで立たせたW1スペシャルを軽くブリッピングさせると、そのまま車体が移動するほど、振動は強烈なものだった。
カワサキ「W1SA」試乗インプレ
鉄の塊であるダブワンこそ、操る楽しさが溢れている
今回、撮影にお借りした赤タンクのW1SAは71年式モデル。66年にデビューしたW1は、右チェンジ/左ブレーキを採用したシングルキャブレター空冷2気筒モデルで、68年にツインキャブとしたW1スペシャルが登場。SAは、そのスペシャルをベースに左チェンジ/右ブレーキへと改めたモデルだ。
さてエンジンをかけようにも、W1にはセルなどなくてキックのみ。キャブレターについたティクラーでフロートにガソリンを行き渡らせ、思い切りキック。スロットル開度を調整しながら、数度のトライで、わりとあっけなく空冷直立ツインは始動した。
走り始めるまでのこういった儀式も、いかにも「単車」というイメージ。同じくキック始動だけのSRをはじめ、こういう面倒くさい手順が好きな若いファンも少なくない。
いざ走り出すと、やはりエンジンの鼓動に圧倒される。不快な振動じゃなく、体に響く鼓動があって、たとえばハーレーの不等爆発Vツインともまったく別物の、カドのとれた鼓動。のんびり流すときには、現代の排ガス&騒音規制に縛られたエンジンでは絶対に味わえない「生き物感」がある。
しかしW1シリーズは、この鼓動がアダとなって、アメリカでの普通の使い方である「ハイウェイでの高速巡航」に対応しきれず、不快な振動やパーツ脱落という不名誉なクレームに屈し、撤退を余儀なくされる。しかし高速道路網が完備していなかった日本では、強烈なサウンドと振動はビッグバイクの象徴として受け入れられる。
街中やワインディングを流すようなペースで走るならばなんら問題はないし、むしろ「生き物感」にあふれた楽しいオートバイだ。高速巡航だって、回転を上げずに4速100km/h位で走ると、エンジンの鼓動、サウンド、体にぶつかってくる風圧を全身で感じられて、走っている実感が得られる。
サスペンションやブレーキといった車体構成は、たしかに半世紀前のオートバイ。コーナーではきちんと減速して曲がりたいし、前もって覚悟して早めにブレーキレバーを引き寄せたい。とてもベーシックな事だが、これこそが、オートバイを運転する楽しさだ。
キックのみのエンジン始動に始まって、ブレーキはドラム、ミッションは4速と、今や考えられない構成の、鉄の塊であるダブワン。けれどそこには、現代のオートバイが忘れてしまった、操り、走る楽しさがあふれていた。