アフリカツインのエンジンとフレームにロケットカウルを組み合わせたHAWK 11は、実を言うと『これまでのHonda』とはちょっと違うアプローチで生まれたってことをご存じでしょうか?
 
※この記事はウェブサイト「HondaGO バイクラボ」で2022年6月24日に公開されたものを一部抜粋し転載しています。
文:北岡博樹

はじめに『エンジン』ありき

画像1: はじめに『エンジン』ありき

『アフリカツイン(CRF1100L Africa Twin)のエンジンでワインディングを楽しめるバイクを作ったら面白いんじゃないか?』

HAWK 11というバイクが生まれることになったキッカケは、そんな『思いつき』が原点だったといいます。そして、それを思いついた人は、そのバイクにロケットカウルを装着させたいとイメージしていたそうです。

画像2: はじめに『エンジン』ありき

けれど今の時代、バイクは『ひとつのモデルを同仕様のまま世界中で売る』のがスタンダード。特徴的ではあるものの、万人ウケする訳ではないロケットカウル装着の大型ロードスポーツを作るなんていうのは、グローバル化が進む開発環境の中では『ま、そんなの無理だよね』で終わるはずの話でした。

だけど、その話は現実となり、HAWK 11はまさかの日本専用モデルとして『あとは発売日を待つばかり』という段階にまで至ってます。

なぜ、この時代に国内専用モデルで、しかも個性派のスタイルを持ったバイクが生まれ出ることができたのか? そこには開発のリーダー(LPL/Large Project Leader)を務めた人物の熱い想いが潜んでいたんです。

画像: ▲ものづくり統括部 完成車開発部 アシスタントチーフエンジニア 吉田昌弘さん

▲ものづくり統括部 完成車開発部 アシスタントチーフエンジニア 吉田昌弘さん

今回、そんな話を伺ったのは開発リーダーLPLの『代行』となる吉田昌弘さん。なぜ『代行』なのか? と問われれば、LPLを務めた後藤悌四郎氏は、このHAWK 11の完成を見届けると共に、定年を迎え2022年5月に勇退されているからです。

吉田さん『なかなかウンって言ってくれない人でしてね、後藤さんは。“ものづくりに一切、妥協しない人”として有名でした。Hondaの社内で最もこだわりが強い人だったと思いますよ』

聞けば、エンジニアとしてかなり厳しい面もあるようで、社内でも恐れられるほどだったとか……

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