週末の菅生大会・MFJグランプリで、2016年シーズンの全日程を終了した全日本モトクロス。前戦の関東大会の模様も、ここでお知らせしましたが、僕はふだん、レース取材はほぼロードレースオンリーで、モトクロスの取材(てか観戦だな・笑)はまる3年ぶりくらい。15年くらい前には、ほぼ全戦取材に行っていたんですが、もう完全に門外漢です。モトクロス場で知り合いのジャーナリストやカメラマンに会うと、100%「ど、どうしたの?」って言われますからね。
このMFJグランプリは、IA1(国際A級450cc)とIA2(国際A級250cc)という、ふたつのメインクラスのチャンピオンが決まるレースだったんですが、ここに最終戦ならではの、もうひとつのテーマがありました。それが、ベテラン選手の引退です。
チームスズキ熱田孝高(よしたか=39歳)、K.R.T.田中教世(たかせ=38歳)、そしてKTMうず潮レーシング北居良樹(33歳)の3人。もっとも、このレースを最後に、と決めているライダーは他にいたのでしょうが、この3人が事前に引退発表したトップチームの3人でした。
日曜の決勝レース前には、開会式、海外からのスポット参戦ライダーの紹介の後に、なんとこの引退ライダーの紹介も行われました。え? レース前なのに? 壇上に上がって挨拶する3人を観ながら、ひとつ目の驚きがありました。壇上で紹介された熱田に、記念パネルを手にあいさつに登場したスタッフ、それはなんとHRCのクルーだったんです!
あれ? 熱田って、今チームスズキのライダーでしょ。HRCはその前に所属していたチームなのに…と思ったけど、そんなの関係ないんですね。普通の考えで行けば、現チームからの花束なりパネルなりが先だろうに、そんなの関係ない。「かつて、HRCと一緒に戦った仲間ですから」と――。うーん、ちょとイイ話。この日、ひとつめの驚きでした。
現役スーパークロスライダーに立ち向かう39歳
IA1の決勝レースは、AMAからスポット参戦したライダー、コール・シーリーのWウィン(モトクロス的にはパーフェクトウィン、って言い方が多いみたい)に終わりました。土曜の予選から恐るべき速さを見せていたシーリー、うわぁ、さすがアメリカのライダーは速えぇ!って印象を早々と植え付けたあと、日曜にはヒート1でも2位以下を30秒近く引き離して圧勝してみせました。
この日のシーリーの走りは、オープニングラップはやや後ろからスタートして、1~2周でトップに立って、あとは2番手以下をぐんぐん引き離すスタイルに見えました。まずはガチャガチャになる1周目の位置取りは慎重に、そこからスパート。バイクがどれだけ暴れても、全開全開。タイヤが接地していようがいまいが、CRFはつねにコーナーの先、進行方向に向いていて、次の瞬間はリアタイヤがぐりぐり路面をグリップして、前に進み始める。うはー、すげー!これは門外漢な僕でもよくわかります。圧倒的な技術の差、体力の差があって、あれ?こんなとこで抜くのか!ってとこでポジションを上げて、毎ラップ、まったくペースが変わらない力強い走り。これがアメリカのライダーかぁ、って、会場のファンも、きっと戦っていたライダーも正直、そう思っていたはずです。
そしてヒート2、僕はちょうど1コーナーの立ち上がりあたりで撮影していたんですが、オープニングラップを3番手くらいで終えて、さぁトップに出るかっていう着地して加速を始める瞬間、シーリーに黄色い弾丸が突っ込んで来るのを見たんです! それがゼッケン2、熱田! スタート/フィニッシュジャンプに着地してからの1コーナー、熱田は前に出るシーリーのインにガンと突っ込んで、これをグリグリッとパスしてみせたのです。
「ここで来るか!」って思ったのか、シーリーは「うわっとっと」ってかんじで前に行かせ、そのあとにじっくり料理し、トップに立った後は、彼の必勝パターンのように後続を引き離して優勝。見事にパーフェクトウィンを飾りました。けれどあのシーン、熱田の「1回でも前に出てやろう」という闘魂が見えました。おら、日本のライダーもオレに続け! こうやってパスすんだよ、ってメッセージにも見えたのです。ええ、門外漢の僕でも、アブラの乗り切った26歳の現役スーパークロスライダーに、39歳のベテランが立ち向かっていくシーンは感動的でさえありました。う、この年齢差、マルク・マルケスとバレンティーノ・ロッシみたいだなぁ。
鉄人・成田の男泣きを見ました……
レース後には、ヒート1でチャンピオンを決め、ヒート2は残念ながら欠場しちゃった成田亮のチャンピオン獲得表彰も行なわれました。11回目の全日本チャンピオンを獲得して、名実ともに日本モトクロス史上最強の男、と言って差し支えない成田。そのコメントも自信にあふれるものでした。
「去年はチャンピオンを獲り逃がしましたけど、ケガさえなければタイトルは獲れると思ってました。ケガもありましたけど、今年は何回勝ったんだっけ……勝率5割を達成したから、この確率をもっと上げて、来年もチャンピオンを獲ります」
すらすらと、堂々とした、ひょうひょうとしたあいさつで、スポンサーさんへのお礼も言い切った成田。しかし、次の瞬間、驚くべきシーンを目にしたんです。
「今日は…あの…熱田選手が引退してしまうってことで…」 ん? 言葉に詰まってる?
「熱田選手とは、同じ東北出身で、ノービスのころからずっとライバルとして、先輩として、そして友達としてやってきて…。その熱田選手がいなくなるなんて……。来年にはもういない、熱田選手の分も頑張って、日本のモトクロスを盛り上げたいと思います」
成田が、泣いていました。言葉に詰まったかと思ったら、かおをくしゃくしゃにして、最後にはしゃくりあげるように泣いて……。普段は憎たらしいほど強くて、努力なんか見せもしない鉄人成田が、泣いていました。それほど、熱田の存在は大きかったんですね。これがふたつめの驚きでしたね。
レースが終わった後は、引退する3人のライダーのセレモニーが、各チームのブースで行なわれました。3人ともセレモニーがカブらないように、ちゃんと時間差を設けて、おかげでもぼくら取材陣もハシゴできました。ナイス段取り!
まず熱田のセレモニーは、スズキのファンブースで。もう、スペースに入りきらないほどのファンが集まって、熱田のあいさつ、そして熱田ゆかりの関係者が次々にステージに上がって、花束を渡して、ひとことコメントして。
ここで、ふたつんめの驚くべきシーンを目撃しました。ステージ上にいる熱田に、次々と関係者も上がって行ってひとこと挨拶するんですが、その何番目か、かなり早いうちに、ダンロップタイヤの関係者さんが壇上へ……。あれ? スズキって今、ブリヂストンじゃなかった?
「私がここに上がってくるのに、違和感をお持ちの方もいらっしゃるでしょうが、熱田君とはWGPのころにともに戦っていた間柄でして――」とダンロップタイヤさん。うわ、すげー、レース前のHRCのパネルといい、ここも垣根越えてくるんだ! これはヨッシーの人柄なんだろうあぁ……。これがみっつめの驚きです。
熱田のセレモニーが終わったら、次はカワサキブースで田中のセレモニー。ここでも田中が壇上に上がって、MCのお姉さんとトークをしながら、最初に壇上に上がったゲストが、なんとヤマハのチームウエアを着た面々。見ると、モトGPチームでもおなじみの中島さん! 田中はカワサキのライダーですよ、イベントトラックもカワサキですよ!そこにヤマハのスタッフが3人も!
「田中くんには、うちが厳しいときに一緒にやってもらって、ずいぶん助けてもらった」と花束を渡す中島さん。田中は97年にカワサキワークスのライダーに抜擢された後、スズキワークスへ、それからホンダやカワサキのサテライトチームで走ったかと思ったら、12年から2シーズン、ヤマハワークスに所属。中嶋さんは、この時のことを言っているんですね。思わず涙ぐむ田中。カワサキのパネルの前に並ぶヤマハのスタッフの姿も、また驚きのシーンでした。
最後は北居良樹。この日、IA1には2台しか参戦していないKTMの、事実上のファクトリーサポートチームがうず潮レーシング福山なのでしょう。ここにも、スペースに収まり切れないほどのファンの前で、北居があいさつしていました。
ここにゲストとして登場したのが、小島庸平でした。最終戦をゼッケン1で戦った2015年チャンピオン、しかも小島はスズキワークスのライダーです。こ…ここでも垣根を越えてきたか! 小島とはIA2(IA125も含む)時代に、同じSRMで走っていた間柄ですもんね。SRMは、スズキワークスのジュニアチームのような存在で、たしか小島と北居が一期生だったはずです。ちょうど2ストロークのRM125から4ストロークのRM-Z250にスイッチする頃ですね。MCのお姉さんとトークをしていた北居も、小島の登場に、思わず言葉を失い、ふたりはしっかりと抱き合っていました。美しいな、感動のシーン。小島もまた、北居がいなくなって寂しくはなるけども、来シーズンはチャンピオンを奪回して、モトクロス界を盛り上げます!って宣言していました。
こうやって、引退していくライダーをきちんと送ってあげるって素晴らしいなぁ、と思いました。ロードレースはどうかな……いつの間にか「あれ今年は走らないの?」って、ライダーと突然お別れするケース、少なくないもんね。覚えてるだけでも、平さん、岡田さん、北川さん、伊藤さん、中野さん、亀谷さんなんかはセレモニーやったけれど、こうやって最終戦の前にきちんと宣言して、セレモニーをやって、っていうのはすごく大事なファン対応だと思います。もちろん、熱田も田中も北居も、すばらしい結果を残したからこそ、こうやってきちんとお別れセレモニーがあるんですけどね。
熱田がこの日走ったジャージは、アルパインスターズが初めて作ったという、フェアウェルジャージ。チャンピオンジャージは毎年のように作るアルパインスターズですが、引退する選手が、レース中に着用するジャージを作ったのは初めてなんだそうです。
そんな初めても含めて、驚きのシーンと美しいシーン、たくさん見られた最終戦でした。さぁ来週はロードレースの最終戦、MFJグランプリ。これも、すばらしい一日にしたいね!