まさかまさかの出来事って、本当にあるんだなぁ、って思い知らされたレースでした。それが2016年のMotoGP日本グランプリ。14戦を終わって、ランキングトップはマルク・マルケス、そこから52ポイント差の2位にバレンティーノ・ロッシ、さらにその14ポイント差の3位にホルヘ・ロレンソ。この、チャンピオン獲得の可能性がある3人のポイント変動がどうなるか、どんなポイント状況になって次のオーストラリアに向かうんだろう――そんな日本GPのはずだったんです。
日本GPを終えると残り3戦、ということは最大獲得ポイントが75ポイントなわけだから、日本GPを終えて75ポイント差がついてしまうと、その時点でチャンピオン決定! たとえばマルケスが優勝して、ロッシとロレンソがノーポイントならばチャンピオンが決まる可能性があったわけです。
「でも、そんなの計算上の可能性ってだけで、あり得ないからね」と言ったのは、他ならぬマルケスでした。ウィークの木曜にインタビューしたときに、チャンピオン決定の可能性もあるよね、と水を向けた時のマルケスの答えだったんです。聞いた僕も、まさかソレはないよね、チャンピオン獲得は次の次、マレーシアくらいかな、なんてジャーナリスト仲間と話していたくらいだったんですから。
いつものように勝ちに行ったマルケス
レースは、マルケスのホールショットから、すぐにロレンソがトップに立ち、そのまま序盤のレースを引っ張ります。ロッシはその後方につけ、オープニングラップはロレンソ-マルケス-ロッシの順。しかし、2周目の3コーナーで早くもロッシが仕掛け、いったんマルケスをかわします。けれど、すぐにマルケスが抜き返すと、S字でまたロッシがマルケスをパス、けれどすぐにマルケスが抜き返す、というバチバチの展開。ロッシにしてみたら、このままホルヘを逃がしちゃまずいから、マルクちょっと先に行かせて、っていう感じだったんでしょうね。
けれどマルケスも2番手を譲らず、そうだねホルヘを逃がしちゃまずいね、と差を詰めます。ここで、1-2-3番手が接近するわけです。そして4周目には、マルケスがV字コーナーでトップに立ち、そのまま自己最速区間タイムを連発してスパート! 今度はマルケスが逃げようとした状況を察知してか、3番手にいたロッシが2番手のロレンソをパス。ここもV字コーナーでした。
7周目には先頭のマルケスと2番手ロッシの差が0秒9。しかし、逃げたいマルケス、逃がしたくないロッシの戦いは、あっけなく決着がついてしまいます。なんと、8周目のヘアピンで、ロッシが転倒してしまうんです! 悲鳴に包まれるツインリンクもてぎ。うわ!チャンピオン決まった??と思ったら、どっこい、まだロレンソがいます。2番手を走るロレンソが4位以下に沈まない限りは、まだチャンピオン決定は持ち越し。ここまでのレースで、ロレンソが4位以下になるというのは、ちょっとあり得なさそうな展開ではあったんです。
10周目には先頭マルケスと2番手ロレンソの差は2秒。じりじりとその差は広がって、13周目には3秒になってしまうんですが、こういう展開になると、ロレンソは決して無理をせず、現状ベストのリザルトを持ち帰るライダーですからね。
ヤマハファクトリーのバレ&ホルヘ、史上初めてW転倒ノーポイント
レースが折り返し地点を迎える頃、2番手のロレンソの約1秒後方に、アンドレア・ドビツィオーゾ。けれど、この差はセーフティに見えていたのに、なんとなんと、今度は20周目に、そのロレンソも転倒してしまったんです! しかも、マルケスにもロッシにもパッシングされたV字コーナーで! ここはロレンソの鬼門だったのか! またも悲鳴に包まれるツインリンクもてぎ。まさかまさか、マルケスを追うヤマハファクトリチームの2台ともが、転倒で戦列を去り、ノーポイントレースを演じてしまったのです。
ちなみにロッシとロレンソが2人ともリタイヤしてしまったことなど、ただの一度もありません。2011年のオーストラリアで、ロレンソが欠場、ロッシがリタイヤ、っていうレースはありましたが、あの時はロレンソがヤマハ、ロッシはドゥカティのライダーでしたからね。
ロッシ、ロレンソが戦列を離れた20周目、マルケスと2番手のドビツィオーゾとの差は4秒5。このまま逃げ切ればマルケス優勝、3度目のMotoGPワールドチャンピオン決定――という状況の中、いやいやロッシとロレンソが同時に転んだほどの「まさか」があるレース。マルケスにも「まさか」がないとは限らない……とは思ったものの、今年のマルケスは違います。きちんとペースをコントロールしてまっさきにフィニッシュラインを通過し、日本グランプリでのMotoGP初優勝を獲得! 同時に、自身5度め、MotoGPクラスでは3度目のワールドチャンピオンを獲得しました!
実は、マルケスのマネージャーのエミリオ・アルツァモラさん(元GP125チャンピオン)が、ロレンソが転んだ時に「LORENZO OUT」サインを出そうとしたマルケスのサインボードを止め、2番手に上がったドビツィオーゾとの差を表示させたんです。これは、走っているマルケスの気持ちを混乱させないように、普通のレースを続けろ、と指示したんでしょうね。チームマルケスの大ファインプレーに見えました。
こうして、マルケス自身すら「あり得ない」と言っていた、ロッシとロレンソのダブルノーポイントレースで、マルケスのワールドチャンピオンが決まりました。終わってみればあっけなく、まさかまさかの可能性が重なって、ホンダのおひざ元で、日本GP初優勝でタイトルを決めたんです。やっぱりマルケスって、なにか「持ってる」ライダーなんですね。
「いやぁ信じられない! レース前には、チャンピオンが決まるなんて思っていなかったし、あり得ないよ、って言ってたんだ。『ロッシwasアウト』ってサインを見たときには、優勝を目指して攻めていこう、って思ったんだ。そして全開で攻めていたら、残り3周で『ロレンソwasアウト』ってサインが出て、その周に4回も5回もミスをして、集中するのが大変だったよ! 今年のチャンピオンは、去年たくさんクラッシュしてチャンピオンを獲り逃がした後のことだから、本当にうれしい! ホンダのホームであるモテギで決められたしね! ホンダは本当にスゴいマシンを作ってくれた。今まではもてぎで結構苦しんでいたのに、今年は優勝できたしね。僕自身も、シーズンを通じてミシュランのフロントタイヤの使い方を学んだし、色々あったけど最高のシーズンになったよ! 僕のチームは本当に最高! もちろん、今年亡くなったおばぁちゃんのことは忘れていないし、その意味でも本当にうれしいワールドチャンピオンだよ。ちょっとの間だけ、チャンピオンになれたことを喜んで、さぁ残り3レースへ向かおうと思ってる。チャンピオン獲得のプレッシャーがなくなって、もっとマルク・マルケススタイルの走りができると思うよ!」(マルク・マルケス)
マルケスファンのみなさん、ワールドチャンピオンおめでとうございます!