二日目、自制心という言葉はもっと残酷で具体的な数字になった。TEAM MUSASHIの大津崇博が二輪部門で5位

首位を消した、三十分
前日にデイリタイア扱いとなった大津は、ほぼ最後方からのスタート。試練はリエゾンの序盤から始まった。50kmほど走った地点で、電子マップに水が入って接触したのか、コマ図が勝手にぐるぐると回り出す。電源を落とし、配線を抜き、乾かしながら走る。SSが始まる前にはどうにか復旧した。ナビゲーション機材がひとつ死ねば、それだけで競技にならない。ラリーの現場とは、こういう綱渡りの連続だ。

SS区間に入ると、大津の走りは冴えた。一本目のSSは、田んぼがそのまま道になったような、四駆が掘り散らかした溝と水たまりだらけの路面。ここを高いスピードで攻め、一度は派手に転倒しているもののマシンも体も無事。効いたのは、池町佳生監督仕込みの「マップケースが壊れにくい」セッティングだった。転倒でマップケースを失ってしまうと巻き返すことが難しいこの競技で、装備の思想がそのまま生死を分ける。ハンドルがわずかに曲がり、トウモロコシ畑に突っ込みながらも、大津はすぐ立て直した。この一本目のタイムは、本人いわく「かなり好感触」。
歯車が狂ったのは二本目だ。少し前を、チームメイトの岡本薫が走っている。「よし、絶対に追いつくぞ」。気持ちよく飛ばすうち、岡本と共に右へ行くべきところを左へ切ってしまう。シングルトレイルに入り込み、「車がこれを通れるわけがない」と薄々思いながらも突き進んで行ってしまった。ルートミスに気づいて戻り、また探し、正しい道に復帰するまで三十分から四十分。SSごとのタイムは公表されず合計で出るが、このロスさえなければ、という思いは本人がいちばん噛みしめている。「あの三十分がなかったら、たぶん一位だったと思うんですよ」。
迷いは、速い者から伝染する
この日、順位を左右したのはマシンの速さではなく、迷った時間の長さだった。
岡本も、この日を「飛ばすよりナビを確実に」と決めて入った。にもかかわらず、前半はゴール手前の入り組んだ森で一つ道を間違え、二十分ほど同じ場所を彷徨う。後半は、大津とともにシングルトラックのガレ沢へ迷い込んだ。しかもこれは、二人が勝手に間違えたのではない。前を走っていた総合上位の速い選手が先にコースを外し、その選手が刻んだ真新しい轍を、追う側が「正しい道」と信じて辿ってしまった。速い者ほど前の集団に追いつき、その集団のミスを次いでしまう。岡本のこの日の迷いは、合計で五十分近くに達した。

「本当に、ナビの勝負ですね」と岡本は言う。「日本のラリーは基本が林道だから、分岐も読める。こっちは迷ったら、もう迷路です」。それでも、口ぶりは不思議と明るい。「でも、乗っていて楽しいんですよ」。速さは武器だが、この地では、淡々と自分のナビを刻める者だけが時間を守る。派手に攻める才能が、そのまま罠になる。LEG1で監督が説いた自制心とは、つまりこういうことだった。

もう一つのレース、300kmのリエゾン
Off1の読者に伝えたいのは、SSの外側にある消耗だ。この日のリエゾン、つまり競技区間をつなぐ移動区間は、行きが約百六十km、帰りも同程度。締めて一日およそ三百kmを、未舗装向けのゴツゴツしたタイヤで公道を淡々と走る。「毎日、愛知から東京までオフロードバイクで往復している感じです」と大津は笑った。

しかも彼の背負っているバックパックは10kg近い。工具とガソリンを、万一のために背負っているのだ。信号のないタイの幹線を延々と走れば、そのバックパックの荷重がシートにうまく乗らず腰に効く。排気ガスで喉をやられ、顔は真っ黒になる。タイムアタックには一秒も関係しない(本人談。筆者が考えるに、多少なりとも影響はあると思う…)、この地味な消耗こそが、六日間を戦い抜く体力をじわじわ削っていく。順位表には決して載らない競技が、ここにある。大津の場合、ビッグタンクを装着していないことも、荷物が多くなる一つの理由だ。また、工具の積載やチョイスも、実はラリースト各々が育むひとつの重要なノウハウである。
釘村忠、サポートから見たチーム
左手首を骨折した釘村は、この日ライダーではなくサポートに回った。明日には帰国し、病院で手術を受ける可能性がある。走りたい気持ちを抱えたままタイを離れる悔しさをのぞかせつつ、それでも初めてのアジアンラリーで得たものは大きかったと語る。
「ISDEとも違う、アジアならではの規模感でした。国際大会は、自分が思っている以上にいろんなことが起こる」。サポート側に回って見えたものもあった。「やること自体は国内の競技とそう変わらないんですが、マップを入れ替えるとか、ラリー独特の作業がある」。そして、チームへの信頼を繰り返した。「二十人近くの方が手厚くサポートしてくれて、ライダーとしては本当に安心でした。監督が池町さんなので、ラリーのことは何でも知っている。役割分担がしっかりしていて、他のチームがわちゃわちゃするなかでも、よくまとまっていました」。最後は、まっすぐ前を見て言い切った。「気持ちをここに置いたまま、来年また戻ってきたい。チャンスをいただけるなら、リベンジしたいです」。
LEG3へ
明日のLEG3は、バナナのプランテーションを抜けるループの難路になるという。狭く、ぬるぬるで、危険も伴う。だが大津は、そこにこそ勝機を見ている。「明日は狭くてぬるぬるらしいので、ワンチャンあるかなと。毎日、優勝を狙っています」。迷わなければ、彼はもう首位に届く位置にいる。また、デイリタイアしている大津は総合ランキングでの首位は難しいが、岡本にはチャンスが残されている。勝負は、まだ続く。
