この2ヶ月はヒダカのために……と身体を作るつもりで動いてきた。一流のアスリートは、さくっと数キロ体重を落としたりしながら絶好調をキープするのだろう。それになりたいっ
アスリートへの憧れ
小学生の頃から運動がとにかく苦手だった。マラソンは数百メートルでやる気をなくし、短距離走はクラスでビリから2番目くらい。球技なんてもってのほかで、学期末の通信簿ではいつも体育は2であった(先生の情けで1にはなかなかならないものだ)。小学校5年生から部活がある学校に通っていたんだけど、最初の1ヶ月は陸上をやって諦め、次の1ヶ月は器械体操をやって諦め、3ヶ月目に消去法で吹奏楽部に入ったくらいに運動音痴である。吹奏楽部は誇りに思っているけれど、その始めたきっかけはなかなか人に話せないくらい情けないものなので今回の原稿では割愛させていただく。なお、体力がないので担当した楽器はユーフォニウムだ(体力のあるやつが吹くどでかいラッパのチューバより、だいぶ小型のラッパ)。
大学生の頃に、尊敬する作家の村上春樹が子供の頃運動できなかったが今はこうしてボストンマラソンに参加している、みたいなことをコラムで書いているのを読んだ。水泳をしていた主人公が、ベッドの中で「あなたの身体好きよ」って言われるのはなんだったっけな。オレも言われたかったが、妻に言われたことはない。ともかく、僕は運動が出来る人に憧れてきた人生である。だからかわからないけど、友達はみんなスポーツマンだ。だいたいがっしりしたスポーツマンの横にひょろっと立っているのが僕である。
だが時はたち、とにかく体力勝負となるエンデューロの取材を続けていたせいか、今では年老いていく周りの人たちに比べると、「年齢の割にはまぁまぁ体力がある方」になってしまった。その勢いを持続させたくて、3年ほど前から何度も通っては続かないでいたスポーツジムに通い直したりして、身体作りに励んできた。どういうわけか今回はうまく続いていて、体のシェイプは一時よりも少しはマシになった。なにより、自分で体重を増やしたり落としたり出来ることがとても自信になっている。6ヶ月あれば、ちゃんと自分の身体を作ることができるようになった。この運動習慣をヒダカ参戦に活かさない手はないだろう。3年間続いた趣味の「運動できるごっこ」を、ちゃんと成仏させたいのだ。
というわけで、2ヶ月ヒダカに向けて身体を作るはずだったのだけれど、毎月続く海外出張のせい(にしたい。させてほしい泣)で、ほとんど運動することができなかった。半月前に行ったマレーシアでは、かなりひどいウイルス性腸炎に苦しみ、2kgほど体重を失ってげっそりした。だいぶ低調な中で勝負に挑むことになるな……と思っていたら、ヒダカに出発する前日に今度はロタウイルスみたいなやつに悩まされた。道中に飲んだカフェオレが駄目だったのか(乳糖アレルギーなんで)、と思ったけどどうやら違う。フェリーの中でもまったく動けないほどに憔悴し、レース前日の金曜も常に腹痛と対峙するはめに。テストの下見中もお腹が痛くなって茂みに消えること3回。ろくにラインを考えることなんてできやしない。さらになにを隠そう、食欲がゼロなのが一番つらい。明日は、アホほどカロリーを使うのに、こんなところで食が細るなんて。一流のアスリートはこんな事態にならないよう、いろんな策を講じるんだろう。最悪だ。
お腹に集中するスタイル
自分の身体の調子を知る目安にしているのは、腕時計のGARMINで記録できるライフログだ。GARMINが取得するデータの中に睡眠とHRV(心拍変動)のログがあって、しっかり休息できているかどうかを知るにはこの二つが指標になる。実際、風邪をひいたりすると100点満点で表される睡眠スコアが20点とかになる。普段はアルコールを飲まなければ80点くらい、飲み会の夜は40点くらいってところ。アルコールは睡眠を妨げることがわかったので、この1年ほど僕は普段家で飲むビールをアルコール0.5%以下のビアリーに変えている。
こんな感じで、夜中に何度も覚醒していて全然眠れていない。ほんとこういう日が続くと、GARMINにおしえてもらわずとも体力ゲージはゼロ
この睡眠スコアが、ロタウイルスに冒されてから酷い数字だった。ほぼ毎回20点くらいを連発していて、「疲れています、十分な休憩を」とGARMINが毎朝伝えてくる。時計ごときに振り回されている感があるのはさておき、とはいっても仕事しなくちゃいけないし、ヒダカの前々日にはKTMグループの試乗会もあって、体力をセーブしているような状況ではまったくなかった。もう自分の体力がいまどのくらい残ってるか、をGARMINで知る必要がないくらい、圧倒的に低調だった。ヒダカのスタート当日朝、僕のGARMINはなんとついに睡眠スコアを出さなくなった。なんなのこの凶兆。不安でしかない(まじで時計ごときにふりまわされすぎ)。レースに出る前は「今まで記事でオンタイムわかってるフリしてたけど、早着とかしたらどうしよう」なんてウキウキしてたのに、現実ではレース日の朝にパルクフェルメで考えていたのは「お腹がまた痛くなったらどうしよう、持ってきたトイレットペーパーで足りるだろうか」ということだった。
そんな僕の気持ちとは裏腹にレーススケジュールは進んでいく。ところが、同じ組のライダー達が時間になってもパルクフェルメに入ってこない。初めてのオンタイム参戦なこともあって少し不安を覚えはじめた。しかし、かえって良かったのか「あ、こんなことを心配できるくらいだから、腹痛に少し余裕がでてきたかもしれない」と焦っていた気持ちに変化が起きたのだ。結局、1分遅れくらいでパルクフェルメインしてきた彼らは、ウインカーに不安があるとかで1日目のスタートからあわただしく作業をし出していて、むしろその光景が僕の心に大きな平穏を与えてくれたのだった。
さらにスタートの時が近づくと、だんだんお腹ではなくレースに集中できるようになってくる。ハンドルにつけたGARMINは心拍数120rpmを指している(通常は90rpmくらい)。バクバクと心臓が音を立てている。いつもはこの景色を逆側から見てきた。フラッグを振るHTDE代表の神保さんも、スマホで写真を撮るJEC中西さんも、いつもと逆の位置にいる。オレはいま、ヒダカの内側にいるんだ、と思った。
<後日談>