テストライダー:内嶋亮
編集・ライター:稲垣正倫

画像: Off1.jpオリジナル映像 KTM 2024 EXC シリーズ インプレッション youtu.be

Off1.jpオリジナル映像 KTM 2024 EXC シリーズ インプレッション

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僕らが走ったレソトという国

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練馬にある編集部を早朝に出て成田空港へ向かい、トランジット先のシンガポールではホーカーズに立ち寄ってエビと小籠包をいただいた。すっかり高地の秋になるレソトの服装で移動をしていた僕とプロライダーの内嶋亮は、その蒸し暑さにすっかり参ってしまった。冷えていないビールと小籠包が、それでも美味しい。たまたまシンガポールに住む大学時代の先輩と待ち合わせできて「ホーカーズは誰にでも食事ができるように、安い食堂を集めた国が運営しているフードコートなのよ」と教えてくれた。空港では水が5米国ドルだったから、だいたい200円で缶ビールが手に入るホーカーズはありがたい。彼女にこれからレソトに行くのだと言う話をしたのだけれど、青年海外協力隊に属したりと海外を飛び回っていた彼女ですらレソトという国名を知らない。エビの殻を剥きながら、彼女は言う。「レソトにいったい何があるの? 何をしにいくの?」僕らも説明がしづらいのだけれど「バイクに乗りに行くんですよ。それはもうすごいシチュエーションなんです。レソトって国はアフリカの中でも標高が高くて、アフリカの屋根って呼ばれているんだけど、サバンナっていうよりはオーストラリアのアウトバックみたいなイメージですかね。前に訪れたときも、これほどの絶景はダカールラリーでも見たことがないと思っていたほどです」と返事をした。彼女は、“相変わらず”僕らのことを年がら年中バイクで遊び回っている人なのか、というような目で見る。だいたい間違ってはいない。仕事だろうがなんだろうが、世界の端っこにある秘境へバイクに乗りに行くのだ。これが楽しみでなくてなんなのだろう。いつもバイクに乗り回っているし……。

シンガポールからはヨハネスブルグを経由してレソト王国のマセル空港へと至る。その片道、実にドアtoドアで30時間。一般的な海外旅行の場合、南アフリカか南米に行く以外にはここまでの時間を要することはない。大変な旅程ではあるけれど、そのとてつもない時間が僕らを日常生活から切り離してくれる。ヨハネスブルグに降り立つ機内から見た大地も迫力があったが、マセルに降り立つ小さなジェット機から見える大地は、まるで異世界に来たかのようだった。上空からはいまいち大きさがわからなかった岩山は、だんだんエアーズロックのような巨大なものだということがわかってくる。南半球の5月は秋口だが、背の低い草が地面を覆っていて、春のようにも見えた。可愛らしい丸い家が連なる姿も見える。レソト王国では伝統的にレンガを丸く円柱型に積み上げた壁の上に葺き屋根が敷いてある家に住んでいる。多くの家には電気が通っていない。

画像: これもんですよ……はんぱねぇ

これもんですよ……はんぱねぇ

このレソトの地で開催される歴史あるエンデューロ、ルーフオブアフリカはハードエンデューロ世界選手権に数えられている。2010年台の前半には日本からも何人かこのルーフオブアフリカに挑戦をしていた。2013年の挑戦は今もエンデューロマニアの中、あるいは現地の関係者の中で語り継がれている。森耕輔、西森裕一の両名はともにトライアルのバックグラウンドを持ちながらもエンデューロに参戦する腕利きのライダーだった。現地は標高1500mを超える高地だったから、山を上ればセッティングはずれてしまう。そもそも酸素の薄さから十分なパワーが得られないため、慣れたライダー達は250ccの2ストロークを290ccにボアアップしてアフリカの大地に臨むが、二人は4ストロークの250ccを選んだ。二人はこのアフリカの大地に挑戦する前に、負傷しており、非常に困難なチャレンジとなった。ルーフオブアフリカのルートは全行程300kmほど。コーステープで区切られておらず、GARMINのGPSマップを頼りにチェックポイントをまわっていくという方式だ。だから、迷子になるライダーも少なくはなく、主催者も携帯電話の確認をして遭難しないよう施策を打っている。だが、西森はレース中に日が暮れていく中、これは迷子になってしまったと思いながら携帯電話を起動し、暗証番号を間違えて携帯電話をロックしてしまう。

画像: こういう土地で、迷子になるってやばいすね

こういう土地で、迷子になるってやばいすね

西森はこの最悪の状況の中、牧草地の盆地でマシンをスタックさせてしまった。リカバリーできるような状況ではなかった。GPSの電池はほぼ無かった。本当にヤバイ時がくるまで、GPSは電源を切ることにした。ほとんど、あたりは真っ暗。本物のサバイバルがはじまった。「しかも、10m後ろくらいに何かがずっとついてきているのがわかるんです。人じゃない。人じゃないと思いたい。ライオンとか、そういうのでもない。とにかく、わからないんですが」西森は言う。野犬に追われているのだと西森は判断して、持っていたなけなしの食料であるグミを闇に向かってほうり投げた。頼むから、あっちへ行ってくれ……と願いながら。そうこうしているうちに集落を発見し、西森は電気の通っていない現地住民の家にやっかいになることになる。レソト王国伝統の可愛らしい家の中は、たき火がたかれていたという。西森は、現地の作業服を借り、毛布にくるまって一晩を過ごすことができた。世界うるるん滞在記を地で行く物語は、翌朝ヘリによる救出劇で幕を閉じた。この逸話は、ルーフオブアフリカ始まって以来の抱腹絶倒のエピソードとして広まったのだ。

大変前置きが長くなったがこの冒険味あふれるレソトを舞台に、2024年のKTM EXCレンジ グローバルローンチが開催されたのである。各国から75名のメディアが招待されるという、異例の力の入れよう、オーストリアから発表間もないマシンを20台以上コンテナで運び込んだという。この手のローンチイベントでは通常、コースを貸し切り、2〜3時間自由に走り回れることが多いのだが、今回はなんと朝から晩まで8時間にわたり100kmほどルーフオブアフリカのコースをアテンドされた。参加の前に「どのくらいライディングスキルがあるのか」と聞かれた理由がよくわかった。ルートはヘリコプターかオフロードバイクでしかたどり着けない峡谷や、山中を走る。用意された新型のKTMには、皆一様にハンドルに大きな箱がついていた。「あぁ、それ? GPSだよ。君たちが行方不明になったら、それを元にヘリで捜索するのさ」とスタッフは微笑む。なんということだ。なんということだ。

こんなとてつもない体験の前週に、僕は人生ではじめてヒザの内側靱帯を傷めてしまっていた。ヒザは見たことがないくらい晴れ上がっていて血が溜まり、だいたい70度くらいまでしか曲げられない状態だった。飛行機のなかでも席を選ぶくらいにはしんどかったけれど、こんな千載一遇のチャンスを逃すことはできない、とライディング装備を持って行っていたし、試乗会スタート地点にも立ってしまった。もう後戻りはできない。KTMが僕らに用意してくれたお土産は、2Lも入る立派なハイドレーションバッグと、手のマメ防止のパッドだ。つまり、「今回はマメができるほど乗るぞ! 水をたっぷりもっていくのを忘れるな!」というメッセージなのである。

最高のリハビリ。西森さんがお世話になったような村をつないでいく冒険

2週間にわたって数グループが試乗するマシンは、毎日入念なメンテが施され、タイヤはメッツラーのシックスデイズエクストリームが新品に履き替えられていた。ちゃんと見てみると、パンク防止に前後ムースが入っている。しっかりしたエンデューロに参戦したことがある人向けの仕様に最初から変更されている。思う存分に走れるよう、細部まで行き届いている。

KTM2024EXCメディアローンチ、RAW GOPRO導入

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10人ほどのグループでいざ試乗へ出発。最初から負傷したヒザがステップに乗せられないというしんどい状態で、ガンガンダートに入っていく。最初はダブルトラックの高速ダートから始まった。僕が選んだ350EXC-Fはとんでもない勢いで加速してあっという間に70km/hほどのペースで巡航していった。これくらいならなんとかついていけるな、と思っていたのもつかの間だった。ルートのほとんどは、現地の生活路なのだけれど、整備などしていないから風雨で削られひどい状態だった。ほとんどが赤土でところどころ濡れていて、とてもグリップなど望めそうにない。道の両端は、スケートボードのランプのように角度のきついキャンバーになっており、真ん中にはかなり深い溝や石が溜まっている。だからとてつもなく滑りそうなキャンバーを走るしかない。しかもかなりのハイペースで。内嶋によると、ランプのようなキャンバーでレスポンスに優れるスロットルを確かめるかのようにエアターンを楽しんでいたら、グループのライダーから尊敬のまなざしを受けたという。そんな楽しみ方もあるのか……。

ふと我に返ってみると、恐怖感のわりに走れていることに気づく。ブーツで路面の状態を確かめてみても、やっぱり滑りやすい路面だ。それでもどういうわけかマシンをかなり信頼できるようになっていた。フロントタイヤの接地感はとても高い。いや、むしろあらためて「接地感が高い」ということを理解したような気さえする。いつのまにか、ヒザはある程度可動域を取り戻していてだんだんこれならいけるぞ、と思いはじめると視線が上向いて目の前が開けてくる。国道らしき太い道からどんどん奥地に入るにつれて、電柱柱の数は減っていき、ついには無くなってしまった。だが、小さな集落をキャンバーだらけの赤土の道だけがつないでいく。レソトの民であるソト人が悠々と歩を進める道をひたすら走る。時には彼らは牛を追い、馬やロバに乗り、犬に追いかけられている。「犬にあったら逃げろ。彼らは足にかみついてくる」とスタッフの注意があったのを思い出した。ブーツを履いているから大丈夫だ、と思い込むことにした。途端に小学校の頃に犬が怖かったのを思い出した。

これほどまでに現地の生活を見ることが出来る移動手段は、このレソトには存在しないだろう。四駆ですらためらうような荒れた道の奥へ奥へと抜けていく。時には大きなレンガ造りの平屋を超えていく。バイクの音が近づくと一斉に子供達がわらわらと出てきて手を振ってくれる。僕が草原のど真ん中でちょっとスタックしていると子供達がどこからともなく現れて、一斉にバイクを押し始める。

画像: 最高のリハビリ。西森さんがお世話になったような村をつないでいく冒険

遠くに目をやると、遙か遠くまで同じような荒れた大地が続いているのがわかる。段々その大きさに麻痺してきて、どこでも走れるのではないかという気になるけれど、荒れた大地のほとんどはかつてセス・エンスローなんかがフリーライディングの映像を撮っていたような、とてつもなく巨大なガケばかりだ。スケールがとてもデカイ。とてつもなく、デカイ。

レソトとはそういう国だ。これはそういう国でひたすら一日バイクを乗り回した記録である。

すべて網羅するKTM

画像: 全ラインナップが揃うローンチ会場

全ラインナップが揃うローンチ会場

オフロードバイク購入を考える人にとってわかりづらいだろうな、と我々が思うのはそのラインナップの多さだ。特に今回発表されたエンデューロというジャンルのマシンについて理解するのは、容易ではない。

その難しさを助長するのは「エンデュランサー」という言葉だろう。文字通りエンデューロのためのストリートリーガル(公道走行可)マシンだ。欧州発祥のオンタイムエンデューロは、タイムアタックする「テスト」を公道やトレイルでつなぐため、ストリートリーガルである必要がある。1913年からはじまった実に110年もの歴史を持つこのオンタイムエンデューロのカルチャーを保護するため、EUでは法律によって公道を走ることが出来るエンデューロバイクの環境規制を優遇してきた歴史がある。だが、その公道を走れるという利点は、2000年台以降公道を走ってトレイルを楽しむ層にも受け入れられてきた。日本でも国内メーカーのトレイルバイクからの乗り換えも目立つ。今ではその流れが北米にまで到達しているほどで、メーカーもその流れを無視するわけではなく、よりトレイルライドに適したマシンへと進化させてきている。レーサーではあるものの、幅広いライダーを想定したマシンなのだ。環境規制によっておのずとパワーを抑えざるを得ない開発状況にもマッチした。

画像: 本来、エンデューロバイクというのは究極のスプリンターである。わずか10分程度のテストを積み重ねることで順位が決定するのだから

本来、エンデューロバイクというのは究極のスプリンターである。わずか10分程度のテストを積み重ねることで順位が決定するのだから

公道を使わないクロスカントリーレースなどでは、エンデュランサーに乗る必要は無い。メーカーもそのことを理解していて、各社クロスカントリー用のレーサーもラインナップしている。これはKTMでも同じで、EXCの他にXCというレンジが存在する。モトクロス向けで最もパワフルかつパンチのあるSXレンジ、長時間走行向けに少しSXをマイルドにしたXCレンジ、さらに一層走りやすさを求めたEXCレンジ、というのがKTMのオフロードレーサーのラインナップだ。前置きが長くなったが、今回のグローバルローンチイベントはEXCレンジの最新モデルを対象にしている。

内嶋は、クロスカントリーのJNCCをメインに参戦しており、普段はパワフルな250SX-Fをモディファイして250XC-Fに近づけたマシンに乗っている。「エンデューロモデルの4スト250では、パワー不足を感じます。しかし2スト250のエンデューロモデルはトゥーマッチだと思ってきました。このEXCの試乗に先立って、これまで食指が動かなかったハスクバーナモーターサイクルズのTC250(2023モデルでフルモデルチェンジされた2スト250モトクロッサー)をテストライドしてきましたが、その扱いやすさから、これなら今後は2スト250もありじゃないかと思い直したところなんですよ」と内嶋は言う。このTC250は、EXCシリーズで最も注目されている新型FI(フューエルインジェクション)のTBIを先に搭載したマシン。否が応でもこのローンチイベントに期待が高まるというものだ。

リンクレスの良い面を残しながら
悪い面をつぶしてきた新ディメンション

先にラインナップに共通する車体について触れておこう。前モデルと比べても5%しか同じ部品はないと言われる2024モデルのシャシーは、完全に新しいものになっている。縦横ねじれ方向すべてにおいて剛性を向上させ、リアショックマウントを変更することや、ドライブスプロケットの軸位置を下げることでアンチスクワット効果をチューニングしている。内嶋は「ステップに乗ってさえいれば、しっかりリアタイヤが潰れてくれてトラクションを生み出してくれることに驚きました。シャシー剛性の高さもあいまって、ライダーの入力に対してしっかりマシンが応えてくれます。ここまではっきりしていると、今まで何をやってもトラクションを感じられなかったようなスキルの足りない人でも、ちゃんとわかるんじゃないでしょうか」とコメントしている。

画像: リンクレスの良い面を残しながら 悪い面をつぶしてきた新ディメンション

また、サスペンションのストローク変更も内嶋の琴線に触れたようだった。「フロントのストロークを8mm伸ばし、リアのストロークを2.3mm下げることで、若干前上がりの車体姿勢になりましたね。これ、自分のマシンも同じようなモディファイをしているんです。リアタイヤに積極的に乗るようなスタイルに向いています。この何年か、MTBやBMX的なスタイルが速いとされる風潮がありますが、そういった乗り方に向いているとも言えるでしょう。リアタイヤのホイールトラベルを若干ながら減らすことで、リアが跳ね上げられたときにフロントへ荷重がかかりづらくなるのです。そのあたりが僕がこの姿勢を好む理由なのですが、新型はまさにそういう車体ディメンションになっています。答え合わせが出来たようで、個人的にも嬉しいですね。

それと、これまでは排気量別にまたがった瞬間に違いを感じていたように思うのですが、2024モデルはどの車体もほとんど同じで、いい意味で癖がありません。動き出せばエンジンキャラクターの違いによるフィーリングの差異があるのですが、目隠しされて乗ったらまったく同じバイクだと思うのではないかと思いました」

そのサスペンションだが、この2024モデルで旧型XPLORシリーズから新型XACTシリーズへ進化。ドラスティックに変更されている。ストローク量だけでなく、たとえば旧型のフロントサスペンションはオープンカートリッジ式で、左右に圧側・伸側のダンピング性能を振り分けたものだったが、新型ではクローズドカートリッジで左右ともに圧・伸のダンピング性能を持ったものになった。ミドルバルブピストンが採用され、底付き対策にボトム側ストローク68mm分ハイドロストップ機構が設けられたことも大きな特徴だ。リアサスペンションも前述したストローク量の減少を含めたフルモデルチェンジが施されている。「旧型は大きな入力によってボトムまで一気に入ってしまうようなことも多かったのですが、新型はハイドロストップ機構によってしっかり腰があり、そのような動きを感じたことはありませんでした。今回の試乗では、80km/hくらいの速いスピードから大きなギャップに当たるようなことも多かったのですが、底付きする感触は一度もなかったですね。ガチャーンという底付きの感触は、ライダーを不安にさせるものです。一度あれがあると、精神的にストッパーがかかってしまってフロントサスを信頼できなくなってしまう。ハイドロストップ機構がうまく効いていて、ギャップに突っ込んでいけるものになっていました。

画像: なにげに便利だったサスペンションのアジャストスクリュー。圧・伸・高速・低速すべてを手でセッティングできる

なにげに便利だったサスペンションのアジャストスクリュー。圧・伸・高速・低速すべてを手でセッティングできる

連続する下りのギャップなども、だいぶ感触が良くなっているように感じました。リンクレスは後ろが跳ね上げられるような時にフロントへ荷重が集中してしまい、つんのめってしまうことが多いと思っていたのですが、そのような嫌な動きが無くなったおかげで安心感があります。前後共に、サスペンションの進化はこの2024モデルを語るとても大きな改善点だと思います」と内嶋。

250/300EXCーーわずかに遅れる低速レスポンス
これこそ求めていたものだったのかもしれない

画像1: 250/300EXCーーわずかに遅れる低速レスポンス これこそ求めていたものだったのかもしれない

このローンチイベントで最大に注目すべきは2ストロークの250EXCと、その派生型300EXCだ。高まる自然保護の要請に応えて、環境負荷の高い2ストロークエンジンの排気ガスをできるだけクリーンにし、かつポテンシャルを向上するために2018モデルのKTMではTPIというFI方式を採用した。通常、エンジンの吸気ポートにつないだインシュレーターにキャブレターあるいはFIスロットルボディが接続され、ここから燃料をエンジンに供給するのだが、TPIではシリンダーにある掃気ポートから燃料をエンジンに供給する。エンジンから発生する負圧によって、ある程度受動的にガソリンの量を決めているキャブレターとは違って、FIの場合はECUが能動的にガソリンの量を決めるところが最も違い、FIは意図的にクリーンな燃焼を目指すことができる。だったらすべてFIにすればいいではないか、と思いきや、人類はキャブレターとFIの操作フィーリングの違いに悩まされてきた。古くは大戦中に飛行機分野でこれを解決し、1980年台にはクルマでこれを解決し、2000年台にはもっとも感性的なバイクで解決してきた。さらには2000年台中盤に4ストモトクロッサーでもこれを解決、残るは2ストロークのエンデュランサーだけ、というのが2017年のお話だ。

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「2018モデルのTPIが搭載された当初の2ストEXCシリーズは、ある程度問題も抱えていましたが開発が進んでそのフィーリングもよくなっていきました。2021モデルの250EXC TPIに乗った時は、文句のつけようがない仕上がりだと感じましたね。TPIは完成の域に達しているなと思ったんです」と内嶋は言う。だが、前述したとおりこの完成されたTPIは2024モデルのEXCシリーズでTBIへ変更された。TBIというのは、従来あったキャブや4ストロークと同じようにスロットルボディにインジェクターを搭載、燃料を噴射する。新たな2024モデルではスロットルボディの下側に1本(プライマリ)、そしてそのすぐ後ろにもう1本(セカンダリ)とデュアルインジェクターを採用した。プライマリはスロットル低開度、セカンダリは高開度の領域を受け持つ。TBI方式にすることで噴射位置から燃焼室内までの距離を最適化することができた。ごくわずかなフィーリングの違いを作り込むために、この距離が必要だったのだ。また、回転域によって排気ポートの形状を変える排気バルブは、このモデルで電子制御になった。燃料噴射と排気バルブと点火時期、この3つの事象をすべてECUでコントロールすることができるようになったのだ。

「おそろしく扱いやすいですね。2スト250って、僕らからすれば扱えないマシンの代名詞みたいなものでした。モトクロスでは最高峰クラスですから、とても難しい。ピーキーな特性に、スロットルに敏感に反応するエンジンは、国際A級クラスだけが扱えるしろものでした。でも、250EXCはビギナーにだって扱える。TPIの前モデルから、同じようにビギナーでも扱えるものに仕上がっていましたが、新型はさらに扱いやすさが上がりました。スロットルの開け口はとても穏やかです。僕はもう少しパンチが欲しくて普段モトクロッサーに乗っているのですが、考えを新たにしましたよ。たぶん、このくらい穏やかな開け口のマシンのほうが結果的に戦闘力も高いはずです。今回、ローンチイベントでタイム計測をしてくれるスペシャルイベントがあったのですが、そこでも参加者中2位の成績を残すことが出来たほどです。

250よりも50cc多い300EXCは、難しいシチュエーションで走りやすく、ローンチイベントの参加者に大好評でした。かなり難しいガレ場があったのですが、そういう場所でもアイドリングから少し上の回転域でタイヤを等速で回していくことができます。ハードエンデューロでは定番の機種と言われている理由がよくわかりました。250EXCほど万人におすすめできるわけではなく、パンチもあります。強大なトルクと相まって、どこでも上っていける印象ですね」と内嶋は言う。

150EXCーーステップアップに最適
2スト小排気量独特の扱いづらさは皆無

かつてKTMのEXCは最少排気量を125ccとしていた。125ccはオンタイムエンデューロでもユースクラスや、ジュニアクラスで活用されるため、オフロード全クラスを網羅するKTMとしてはとても重要な立ち位置にある排気量だ。欧州では125ccのモーターサイクルは16歳から公道で乗れるのだが、この数年それが仇となっていた。ストリートリーガルでEXCのようなハイパフォーマンスのマシンが存在することで、事故が急増して社会問題に発展したのだという。KTMとしては125EXCの重要さを理解した上で、150EXCを最少排気量とする苦渋の決断を下した。なお、モトクロッサーやクロスカントリーマシンでは一足先に、昨年125ccのTBI採用車が登場。他メーカーをしのぐマックスパワーと、先進的なシャシーで世界最強の呼び名が高い。

画像: 150EXCーーステップアップに最適 2スト小排気量独特の扱いづらさは皆無

かつて125ccと150ccが存在していた時代に、この中間的排気量の150ccのキャラクターというのは125ccよりもビギナー向けだった。高回転域の狭いパワーバンドにいれたまま走らなければ成績に結びつかない125ccは、最少排気量モデルながら玄人向けである。150ccはわずか25cc増やしただけでなく、125ccにない低速トルクを存分に活かした味付けがされており、体中速でゆっくり走ることができる。逆に言えば125ccほどの爽快な高回転域はなかった。

「まさにビギナー向けの150ccそのものです」と内嶋は2024モデルをこれまでどおりのコンセプトだと評価する。「上手な人間からすると、とらえどころのないマシンに映るかも知れませんが、上まで回さずともちゃんと走ることができて、かといって2スト250ccのような厚いトルクに振り回されるようなことも一切ありません。まあ、とはいっても250EXCもとても扱いやすいので、どちらをオススメするかは悩ましいところですね。特に体格が小さなライダーや、女性には150ccがマッチすると思います。

とはいえ、高回転まで回した時の爽快さも、しっかりあります。125ccのようなものではないのですが、回せないライダーに、ある程度高回転を維持することを覚えさせやすいという点でも評価すべきかもしれませんね。全域にわたって扱いやすくフレンドリーです」

250EXC-Fーーまるでトレールモデル
軽さを手にしてさらにビギナー向けになった

4ストロークモデルへ話を移そう。エンジンはすでに昨年フルモデルチェンジされたSX-Fシリーズを踏襲している。250EXC-Fはボアを拡大してショートストローク化を推し進めた。これによってエンジンの高さを抑えつつ、各部の見直しによって旧モデルよりもコンパクトに仕上がっているとのこと。搭載角度は2度後方へ立てることで、マスを集中させており、ハンドリング性能を向上させた。ボアの拡大とともに圧縮比も上がっていて、高出力化にも貢献している。

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その変更点を聞く限りは、これまでの250EXC-Fの扱いやすさを損ない兼ねないと感じるものの、実際に乗ってみると旧モデルをさらに凌ぐ扱いやすさに舌を巻いた。「今回乗ったモデルの中でも、極めて乗りやすいモデルに仕上がっています。とにかくすべてにおいてマイルドで、開け口からピークパワーまでフラット。ライダーがいかにミスをしても裏切ることが無い、そんな懐の広さを感じます。また、エンジンの軽量化やマスの集中化は大きく影響していて、これまでのモデルよりだいぶ軽く、ライダー側の操作に対して素直に反応してくれます。このマシンに乗っていれば、どうボディアクションすれば上手に走れるかがわかりやすいはず。きっと上達も早いと思います。試乗コースは難しいヒルクライムも多く、そういったシーンでは正直もう少しパワーが欲しいと思うところもありますが、総じてビギナー向けの素晴らしいマシンだと感じました」

350EXC-Fーーベストバランス、究極の4ストローク

250EXC-Fをビギナー向けだと割り切って考えられるのは、350EXC-Fの存在があるからだ。KTMは、2010年から扱いきれない450ccよりも車体が軽く扱いやすい350ccを最高峰クラスで走らせることを計画した。絶対王者アントニオ・カイローリがこの350SX-Fを駆って世界選手権モトクロスへ挑んだところに、350ccという排気量のルーツがある。エンデューロのEXCレンジでは、特に250EXC-Fを思い切り扱いやすさに振っている分、中級者を満足させるベストバランスのマシンとして人気を博している。旧モデル同様にベースは250EXC-Fで、シリンダーとクランク以外のほとんどを共通化している。

画像: 350EXC-Fーーベストバランス、究極の4ストローク

「軽快さはそのままに、しっかりパワーがあります。単純に比較はできませんが、この350EXC-Fがモトクロッサーの250SX-Fと同じようなレベル感にあると感じます。特に350EXC-Fで常用したい中速域がほぼ250SX-Fと同等だと思います。250EXC-FでJNCCのAAクラスを戦うのは難しいけど、350EXC-Fなら戦えるなと感じました。

レスポンスも250EXC-Fほどビギナー向けに設計されていませんね。ある程度はっきりしたトルク感を伴う開け口で、どこからでもバッとフロントを上げられます。今回のインプレッションでは、クロステストを1箇所設けてあってタイムアタックをさせてもらえたのですが、そのとき乗ったのがこの350EXC-Fでした。長い直線では、引っ張って加速するよりも早めにシフトアップしていくほうが速度が乗ってくるエンジン特性だと感じました。250同等の軽さと扱いやすさで、450のようにトルキー。もしEXC-Fから1台選べと言われたら、僕はこの350EXC-Fを選びます」

450/500EXC-Fーーモーターのように連続するトルク

KTMでは350EXC-Fと450EXC-Fをジャイアントキリング、500EXC-Fを最高峰だとリリースに書き記しているが、実際の使われ方からすると最高峰は450EXC-Fだ。そもそも500EXC-Fは対象になるクラスがなく、あまりレーシングに利用されることがない。どちらかというと大トルクを活かしたツーリングマシンとして意識されているように思う。排気量なりのトルクがあるため、扱いやすさはあるものの、ISDEでトップを取れる実力も秘めているのだけれど。

「大排気量のマシンは、エンジンの一発一発が大きくトルク変動が激しいところに苦手意識がありました。低速コーナリングなどで回転が低くなりすぎることでエンジンストールに繋がってしまうため、どうにも攻めきれないなと。大きなコーナーばかりが続けば最高に面白いんですけどね。レソトの広大なフィールドは、まさにワイドオープンなルートも多く、500EXC-Fの楽しさを存分に味わえました。

画像: 450/500EXC-Fーーモーターのように連続するトルク

ただ、今年のモデルはそもそもそのトルク変動がほとんど感じられず、実は細かいコーナーでもエンストするような気配が一切ないのです。大排気量の乗りづらさをほとんど感じることがなく、これは面白いなと思いました。最近では日本もJNCCのおかげでダイナミックなコースが増えているので、500や450との相性もいいと思います。ガレも問題ないので、鈴蘭や芸北などのゲレンデラウンドでぜひ乗ってみたくなりましたよ」

ジャンキー稲垣も乗ってみたーー「バイクの仕上がり」の良さとはこういうものか

グローバルローンチに参加するにあたって、当初はスキル不足のため試乗枠なしで参加する予定だったものの、なんとか潜り込ませていただいた僕ジャンキー稲垣。何度も書いているとおり、20年のオフロードバイクキャリアを持つわりにまったくうまくならない万年ビギナーである。ルーフオブアフリカのルートを走るスキルなど、一切持ち合わせてはいない。今まで参戦した中で一番難しかったのは、福島のギャロップーXかな(古すぎる!)。いにしえの木古内STDEを完走に至らなかったレベルと言えば、古い人はわかってもらえるかも知れない。普段乗っているのはYZ250FX。モトクロッサーのYZ125も持っているけど、自分に合っているのは明らかに前者である。個人的にはYZ125をバリバリ乗れるライダーになりたい。なりたいけどなれない。

画像1: ジャンキー稲垣も乗ってみたーー「バイクの仕上がり」の良さとはこういうものか

最初に乗り出したのは350EXC-Fだ。思っていた以上に速いペースで先頭が飛ばしていき、明らかに自分にはオーバーペースだったが、しっかりしたトルクで開ければなんとか追いつく。とにかく速くて乗りやすいバイクだと感じた。僕はこれまで古くは2006 250EXC-R、2013 350EXC-F、2017 250EXC、2016 125SXと趣の違う4台のKTMを所有してきたのだけど、旧世代を置き去りにする進化度合いを感じた。パワフルさや、扱いやすさは内嶋さんの言どおり。僕がより強く感じたのは、マシンとしての品質が格段に上がっていることである。

もっとも品質の向上を感じたのは、シフトフィーリングだ。スキルのない僕は、シフトチェンジも下手。今回のレソトは路面も難しいから、シフトするタイミングをなかなか図れない。スタンディングしながらシフトをすることが多く、そういう場合は通常であれば3回くらいガンガンとペダルを叩きこまないと入ってくれないし、本当はハンドルを4本指で握りたいところ、クラッチレバーにリソースを割かなければならない。普段そんなことを考えて走っているわけじゃないけど、よく考えたら結構シフトミスって多くて、エンデューロ的なシチュエーションだと6割はシフトをミスしている。ある時、増田一将さんに「僕なんかクラッチほとんど握らずパワーシフトですよ」と言われてから、僕もクラッチに割く指リソースをできるだけハンドルに集中するようにし、パワーシフトを練習した。それでも、やはりシフトは苦手だ。ところが、最新のEXC-Fにはクイックシフターが搭載されているから、そのシフトの成功率がとてつもなく高くなった。ほとんどどんな状況でも、スコスコシフトチェンジができる。クイックシフターというのは、マシンの品質と切り離して考えるモノでは無く、シフトチェンジにまつわる品質を底上げしてくれる機能なのだと感じた。内嶋さんも「普段から僕はパワーシフトしないし、クイックシフターの必要性を余り感じなかったんですが、クイックシフターをONにするとほんのちょっとクラッチを握るだけで、シフトが確実に入ってくれますね」と言う。そう、クイックシフターとは言えスロットルを開けてエンジンに負荷がかかっている状態では、クラッチなしにシフトチェンジすることは難しい。

画像2: ジャンキー稲垣も乗ってみたーー「バイクの仕上がり」の良さとはこういうものか

車体回りもその高品質を感じた部分である。全体的に持っているシャキッとしたフィーリングは、シャシーだけによるものでは無さそうだ。特にサブフレームが樹脂とアルミの2ピースになっているのだけれど、この部分の剛性感が非常に高い。マディでリアフェンダーがぷらぷらしていた20年前とは隔世の感がある。リアフェンダーを含めた車体後端の一体感と、がっしりした感触はライディング時にもとても印象がいいのだ。車体を振ったときに、ねじれたりするようなところが皆無で、シャープなのだ。これは、軽さを感じるところにも繋がっている。

あまりに下手なので250EXC-Fに乗れと言われ、いくらかみんなよりエスケープルートを通った。250EXC-Fは350に比べると圧倒的にフレンドリーだ。ただ、70km/hにも達する広大なレソトのルートでは、思い切りエンジンを引っ張ってみてもエンデューロバイクとは思えないほど伸びる。高回転域にあふれるパワーが乗っているわけでもなく、ぎゅーんと速度が乗っていくフラットな特性は、僕のようなスキルのないライダーでも全域を手中に収められる。

大排気量は内嶋さんに任せて、2ストへ。250EXCはエンジンをかけてみると、まったくどのバイクなのか想像つかないほどに個性がないアイドリングだった。もしかして150かな? と思ったりもする。クラッチを当てて発進しても、最初は150なんじゃないか? と思った。それほどに低速がおだやかで粘るのだ。だが、当然250ccなのでそこから開ければしっかりトルクがついてくる。僕が持っていた2017モデルの250EXCから、KTMの250以上の2ストロークにはバランサーが搭載され、まるでよくできたトレールのように振動がなく、穏やかで、しかししっかりしたパワーが乗るエンジンだったが、新型はさらにその振動のなさや穏やかさが向上し、やはり質が上がっていると思った。この250ならなんでもできるだろう、と思わせてくれる。内嶋さんも言っているとおり、本来2スト250なんてアンタッチャブルな世界なんだけど、最近の250EXCはものすっっっごくレンジが広くて万人におすすめできる。新型はさらにレンジが広い。TPIとTBIの違いは、僕らビギナーこそ如実に感じるものだと思った。スロットルを開けた時のボケ感が、本当にキャブレターそっくり。勝手に走って行く感がまるでない。TPIが世に出た時は、キャブレターとの違いにとまどい、新人類はこのTPIというやつに慣れる必要があるなと思った。次第にTPIはキャブライクになっていったものの、TBIになった新型はもはやキャブである。キャブでしかない。キャブ最高。これください。

画像: 難しすぎるルートはヘリでショートカットさせていただきました

難しすぎるルートはヘリでショートカットさせていただきました

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