3年ぶりに開催された宇宙一難しいハードエンデューロ「エルズベルグロデオ」。3度目の挑戦となる石戸谷蓮の言葉を借りるなら「難易度がとてつもなく上がった」一戦となった。そのため、残念ながら各々が目指した「完走」は達成されなかったものの、3人が得たものもまた大きかったようだ

有言実行、スタートをキメた鈴木

あらゆるレースにおいてスタートはとても重要な要素だが、特にエルズベルグロデオではスタートのしくじりが序盤の渋滞巻き込まれに直結するため、出場ライダーたちにとってはもっとも神経を使うところだ。鈴木健二はモトクロス時代に培ったスタートのスキルでホールショットを目指すと公言してきた。路面状況が良く、1コーナーを素早く駆け抜けられるグリッドが最も有利とされるのだが、エルズベルグロデオ決勝のレースでは有利なイン側に大きな水たまりがあってほとんどのライダーはそれを避ける形に。鈴木はこのがら空きになったイン側をあえてチョイス。「だいぶ水たまりが深いんですが、飛び越えていけばホールショットが狙えると思うんです」と鈴木は500人の決勝出場ライダーが並ぶ混沌の中で平然と言ってのけた。

画像: 鈴木のホールショットが背後から撮影されている、2022エルズベルグロデオ 石戸谷蓮決勝RAW MOVIE youtu.be

鈴木のホールショットが背後から撮影されている、2022エルズベルグロデオ 石戸谷蓮決勝RAW MOVIE

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画像1: 有言実行、スタートをキメた鈴木
画像2: 有言実行、スタートをキメた鈴木
画像3: 有言実行、スタートをキメた鈴木

鈴木の読み通り、イン側は誰にも邪魔されること無く自由にラインを使える好条件だった。今回トップグループのミスコースなどがあり例年にないディレイスタートとなったものの、3列目を獲得した鈴木健二・石戸谷蓮は1列目スタートからおおよそ20分後に好スタートを切ることになる。

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CP(チェックポイント)1として設定されたヒルクライムセクション“ウォーターパイプ”は、例年よりラインが制限されており、いちはやくここに到達した鈴木も苦戦しながらなんとかクリア。すぐに石戸谷が追いつくがやはり苦戦を強いられる。6列目からのスタートとなった藤原慎也はこのCP1で100名以上の渋滞に阻まれ、スタート待ちと合わせて1時間30分ほどのロスを喫する。はやくも4時間のレース時間を2時間30分まで縮めてしまうことになった。

角度のきついヒルクライム・ダウンヒルとなるCP5のセクションに鈴木が石戸谷をパスして到達。ダウンヒルで前のライダーが転倒したことをきっかけに鈴木もフロントをとられて転倒してしまう。鈴木はマシンと離ればなれになったまま急斜面の中をずり下がっていく。その時、リカバリーに手間取っている鈴木のヘルメットに、人間の頭ほどの大きさがある落石が不運にもヒットしてしまう。鈴木は意識を失ったまま10mほど滑落。なんとか意識を取り戻して起き上がったものの、脳震盪を起こしておりクラッシュ時の記憶があやふやなままだった。休息を経て鈴木は再びコースインするが、そこでリアブレーキがこの転倒で壊れてしまったことを知る。修復を試みるものの叶わず、ここで鈴木はエルズベルグロデオからのリタイアを決めることになった。

画像5: 有言実行、スタートをキメた鈴木
画像6: 有言実行、スタートをキメた鈴木
画像7: 有言実行、スタートをキメた鈴木

トライアルスキルがセクションの成功率を飛躍的に上げる
藤原が6列目スタートから怒濤の追い上げ

レーストラックは全体的に例年より難易度をかなり上げた設定だった。新セクションは多くないものの、セクション内が運営側に制限されたことでイージーなラインが減り、代わりにかなり難しいラインが発生した。ただ、その難しさはスキルのあるライダーたちにとってはむしろ好条件だったようで、スキルのないライダーが難しいラインを避けた先で渋滞を引き起こしていても、ラインを選ぶことで渋滞にハマらず突破できるようになった。2年連続で石戸谷が行く手を阻まれていたウッズの渋滞も今年はひどいものはなく、トライアルスキルを持つライダーはどんどん前に進めるようになった。

画像1: トライアルスキルがセクションの成功率を飛躍的に上げる 藤原が6列目スタートから怒濤の追い上げ
画像2: トライアルスキルがセクションの成功率を飛躍的に上げる 藤原が6列目スタートから怒濤の追い上げ
画像3: トライアルスキルがセクションの成功率を飛躍的に上げる 藤原が6列目スタートから怒濤の追い上げ

石戸谷は2019年よりも早いペースでレースを進めていたが、CP1をなんとか突破した藤原がその石戸谷を上回るペースでセクションを次々にクリア。CP10に先に到達したのはなんと藤原だった。だが、4時間という制限時間は待ってくれず、CP16までコマを進めたところでタイムアウト。石戸谷は新設されたセクションで時間を奪われてしまいCP16でレースを終えた。

エルズベルグロデオはこの数年、完走したトップグループがみな2時間を切るタイムでゴールしていたが、今年優勝したマニュエル・リッテンビヒラーは3時間をなんとか切るタイムでゴール。2位以下はみな3時間以上をかかっていて、フィニッシャーはわずか8名。名所“カールズダイナー”は距離こそ短くなったものの、その難易度は格段に上がっていた。

画像4: トライアルスキルがセクションの成功率を飛躍的に上げる 藤原が6列目スタートから怒濤の追い上げ
画像5: トライアルスキルがセクションの成功率を飛躍的に上げる 藤原が6列目スタートから怒濤の追い上げ

すべてがうまく回れば、完走できるはず―— 藤原慎也

この宇宙一難しいハードエンデューロに初めて挑戦した藤原は、消化不良だった。

「完走できるなって気持ちがすごく強くて、正直悔しいです。スタートの列順が悪かったことで30分も遅れてスタートしていますし、渋滞が本当に酷くて時間を失ってしまいました。セクションは難しいと思うところは特に無かったんです。みんなが失敗している簡単なラインを避けてどんどんパスしていけるし、まわりのライダーからもめちゃくちゃ賞賛されましたよ、おまえ凄いなって。体力的にもまだまだ残っていました。はっきりいって、出し切れていないんです。もし自分の実力を出し切ってこの順位だったら、来年また来ようとは思わないかもしれませんが、もっと挑戦したいっていう意欲は削がれていません。

画像1: すべてがうまく回れば、完走できるはず―— 藤原慎也

今回の挑戦でエルズベルグを完走するために足りないものがいろいろ見えてきました。そもそもエントリーを決めた時期も遅かったから予選のスタート順も遅くなってしまったし、そのせいで想定していたマシンセッティングが通用しなかったりしています。たとえば決勝では12-50のギヤ比で戦ったんですが、これがウッズの短い助走で2速を使いづらいものになっていたりね。この経験値を活かして、さらにスキルも上げていけば完走いけると思うんですよ。

ビバーク大阪さんにマシンを用意してもらったり、クラウドファンディングでみなさんに助けてもらったり、いろんな人の力を借りてレースに出ることができました。来年も同じようにお力添え頂いて、完走を目指すことができたらいいですね」

画像2: すべてがうまく回れば、完走できるはず―— 藤原慎也

2023年の再挑戦を明言できるわけではないものの、意欲は十分。オフロードシーンを盛り上げたい、そのためにハードエンデューロという舞台に注力したいという藤原の姿勢は、今後も代わらないだろう。

出し切った……完走の遠さを思い知りました―— 石戸谷蓮

実力を出し切れなかったと感じている藤原とは対照的に、石戸谷は現時点でのスキルを総動員できたことにすがすがしい笑顔。そして、今のままでは完走は難しいことを認識する。

「エルズベルグは5カ年計画で参戦してきました。そのうちコロナ禍で2年レースが開催されませんでしたが、5年は5年。今年は最後の年のつもりで挑んでいます。

予選の順位もあげることができたし、決勝では2019年に苦労していたセクションをほとんど一発クリアでこなすことができていてスキルが上がっていることが実感できるレースでした。経験、練習の成果が出たんですね。渋滞にはまることも無かったから、3回の参戦の中で初めて実力を出し切れたと思います。

画像1: 出し切った……完走の遠さを思い知りました―— 石戸谷蓮

でも、反面完走は遠いことも認識できました。今回GNCCのマルチタイムチャンピオンのカイルブ・ラッセルがチェックポイント17までしか進めていないんです。つまり、圧倒的なスピードだけでは完走は無理で、トライアル的なスキルが相当ないと難しいんだなって思います。特に今年は渋滞もなくて、運ではなくスキルが成績に反映されました。自分が生まれ変わらないと完走は無理だな、って思っています。

ただ今回の結果が127位なので、世界のトップ100までは入ってやりたいなという欲も出てきています。本当に最後の挑戦のつもりでしたが、今は挑戦を続けたいんです。まだまだスキルを磨いて、挑戦して、最終的には日本のマーケットに還元したいですね」

画像2: 出し切った……完走の遠さを思い知りました―— 石戸谷蓮
画像3: 出し切った……完走の遠さを思い知りました―— 石戸谷蓮
画像4: 出し切った……完走の遠さを思い知りました―— 石戸谷蓮

2018年、2019年と参戦した際には「完走は可能だ」と言い続けた石戸谷。この2022年を経て再スタートを切ることが出来そうだ。

自分が目指していたものはここにあった。スタートでじわっと涙出たもん—― 鈴木健二

落石が頭にヒット。それがなければ、もっと先に進めていたはず。やり残した悔しさはあるが、鈴木は最後の挑戦だという姿勢は崩さない。

「GNCC、ISDE、そしてエルズベルグ。エンデューロの世界的な競技を全部参戦できたことになるんですが、そのすべてを見られたことが良かったと思いますね。エルズベルグはその中でも特にすごいレースだと感じました。トップライダー以外は毎日パーティしていて、朝4時まで飲み続けてるくらいエンジョイしてて、レースよりもパーティを楽しみに来てるんじゃないかと思うほど。ちゃんとホテルに泊まって完走を目指してるやつは100人くらいなんじゃないですかね?

画像1: 自分が目指していたものはここにあった。スタートでじわっと涙出たもん—― 鈴木健二

自分は日本のエンデューロを20年見てきた自負があります。エンデューロは業界を盛り上げるためにやってきたし、それは今も同じ。盛り上げるために全力を尽くしてきて、このエルズベルグでやり切ったなって思えました。エルズベルグは自分が目指してきたエンデューロの姿そのものだったんです。規模の大きさ、楽しみ方、これが俺が目指してきたものだったんだって。その舞台に立ってスタートを目の前にすると、こみ上げるものがありましたね。エンデューロは楽しくなきゃダメなんですよ。ほんと自分も今回楽しみ尽くしました。

レース自体は自分が走れたのはCP5までですが、その範囲であれば日本のG-NETとそんなに難易度も変わらないと思います。ただ、セクションにトライしようとしても強引に入ってくるライダーが多かったりするので、その辺が難しさを生んでいる要因なんじゃないかな。あと、セクションの数がとにかく多くて休む暇がないんですよ。ずっと息があがってしまう短距離走を走ってる感じ。

もし40歳だったら、もう一度チャレンジしてたかもしれません。落石でリタイアってやっぱり悔しいですもん。でも50歳なんでやっぱり限界に来てるんですよね、流して走ることはできるけど限界を攻めていくのはもう難しいんです」

画像2: 自分が目指していたものはここにあった。スタートでじわっと涙出たもん—― 鈴木健二

これをエンデューロへの挑戦の最後とする者、さらなる挑戦を誓う者……田中太一の挑戦からエルズベルグロデオにジャーナリストとして通い詰めて6度目の筆者は、毎回思う。トップ数名は別として、このエルズベルグロデオは世界最高の草レース。勝って得られるのは金銭ではない。それでも、ほとんどのライダーが完走という栄誉だけを求めてオーストリアくんだりまでやってくる。その姿の美しさといったら、なかなか見られないのだ。

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