日本のエンデューロシーンを引っ張り続けてきたライダー鈴木健二がエルズベルグロデオに参戦したい、と言い始めたのは2019年のことだった。「スタートで前に出て渋滞を避けられれば、完走も夢じゃないと思うんですよ」と言う鈴木。コロナ禍に阻まれ大事な2年間を失ってしまったが、満を持してこの2022年スタートラインに立つ

“ライダー”鈴木健二

2000年代にヤマハのモトクロスレースに関わりながら、鈴木はエンデューロに参戦しはじめた。目的はオフロードバイクの普及だと公言し、あるレースは最後尾からスタートしたり、積極的に自分で得た知見をヤマハユーザーに限らずエンデューロライダー達にトスし続けた。当初は「なぜモトクロスのトップライダーが?」と懐疑的だったエンデューロライダーたちも次第にそのひたむきな姿勢に打たれ、いつしか鈴木は日本のエンデューロシーンを牽引する存在になっていった。

「勝ちに来てるわけじゃないんで」と鈴木は言い続けてきた。あくまで普及のためだと。だが、鈴木が主だったレースに参戦を続けていると、小池田猛や、渡辺学、釘村忠などかつてのライバルや教え子であるスターライダーがエンデューロに転向してくるようになり、日本のエンデューロにおけるレベルはぐんぐんと上がっていった。勝つことが目的ではなかった鈴木にも、競う相手が次々に現れ、ライダーとして「勝ちたい」欲が顕わになっていった。表には出さないが、海外遠征前はモトクロス時代と変わらぬトレーニングで身体を仕上げていたし、負ければ悔しさを滲ませていた。

画像: 2017年のISDEフランス、これが最後のシックスデイズだと言いながらワールドトロフィーチームを率いた

2017年のISDEフランス、これが最後のシックスデイズだと言いながらワールドトロフィーチームを率いた

40歳を過ぎた頃から「もう、この歳で結果もなにもないでしょ?」と口癖のように言いつづけたものの、やっぱり“ライダー”鈴木健二はひたすら勝ちたいという欲を持ち続けている。「勝ちたいという気持ちが強いやつが勝つ」これも、何度も鈴木が口にしてきた言葉だ。ライディングスキルは衰えてはいないが目に障害を抱えていたり、寄る年波には敵わない。だが50歳を迎えたいまも、“ライダー”鈴木健二はエルズベルグロデオに闘志を燃やす。

「ハードエンデューロと、スピードレース、両方走る人っていないじゃないですか。そこで、自分がどこまでいけるかっていう話なんですよね。自分がどこまでいけるか試してみたいんです。自分にとってライダーとしての挑戦は、これで最後だと思っています。2年目のことはまったく考えていません。最初で最後です」と鈴木は言う。

画像: 2006年のISDEニュージーランド。初のエンデューロ海外遠征は負傷で終わった

2006年のISDEニュージーランド。初のエンデューロ海外遠征は負傷で終わった

画像: G-NET第2戦、Mt.Monkey Scrambleにて

G-NET第2戦、Mt.Monkey Scrambleにて

予選は50位以内。スタート1列目をとって、完走を目指す

今回のエルズベルグロデオ、6度目の取材になるOff1稲垣がもっとも完走の可能性を感じているのが鈴木だ。トライアルIA-Sの技術をもったセクションでの巧さは藤原慎也に分があるだろうし、経験値では石戸谷蓮に分があるだろう。しかし、熾烈なスピードレースである予選で50番手以内にその両名が入れるかどうか。実際のところ、なかなか厳しいと言わざるを得ない。だがモトクロスの素地を持つ鈴木にとってみれば、50番以内での予選通過は決して無理なものではないだろう。JNCCなどで共に戦ったモトクロスIAのライセンス保持者である矢野和都は、予選を26位で通過している。矢野を基準に考えれば、大きくミスがなければ1列目は固い、といってよさそうだ。

「Youtubeで予選の映像をいろいろ見て研究しています。田中太一や、矢野和都や、石戸谷蓮のヘルメットカメラですね。実際のところ走ってみないことにはわかりませんが、彼らはだいぶマージンをとった走り方をしていると感じています。つっこみも、立ち上がりも、もう少し攻められるのではないかと思うのです。

エルズベルグの予選は最高速アタックのように捉えられがちですが、僕の見立てだと前半に連続する低速のシケインのほうが大事だと思います。リズムよくシケインをこなしていけるかどうか。日本のライダー達も、その辺が苦手に見えます。あとは、下見をしっかりできるかどうか。バイクで走って下見できるようなので(編注:年による)、そこであぶない崖や高速コーナーのラインなどをちゃんと覚えるべきなんです」

決勝については、今年からはじまったノーヘルプルールが影響大なのではないか、と鈴木は考察する。

「スタートしてセクションをいくつか越えてからトンネルがあるんですけど、そのトンネルを抜けた後のウッズが毎年やばそうですね。トップライダーでもほとんどヘルプされながら上っているので、あそこがノーヘルプだとすると大渋滞がおきる可能性がありますね。

岩のセクションは話を聞く限りグリップもいいみたいですし、勝負になるのはウッズだと思っています。まぁ、行ってみないとわからないし、やるだけやってみるしかないんですが!」

画像: 田中太一、2013年のプロローグ www.youtube.com

田中太一、2013年のプロローグ

www.youtube.com

まるでファクトリーマシン。鈴木が駆るエルズベルグスペシャルYZ

鈴木はYZシリーズの開発に深く関わっていることもあり、今回持ち込むYZ250にもエルズベルグスペシャルの仕様を施してある。注目すべき点は2つ。

1つはYZには着かないはずのセルスターターが装備されていること。昨年用意していたエルズベルグ用マシンでは、アフターマーケットのセルスターターを搭載していたが、今回装着されているセルスターターの仕様は明らかになっていない。

画像: 2021年に向けて制作されたエルズベルグスペシャル。2022年は方向性はこのまま、あらたに仕立て直している

2021年に向けて制作されたエルズベルグスペシャル。2022年は方向性はこのまま、あらたに仕立て直している

2つめは、ワンオフで製作された1速・2速のギヤだ。これは元々とある年式のWR450Fと同じ寸法だが、すでに在庫がなかったので新たに作り直したという。1・2速はスーパーローの設定だ。このスペシャルミッションに合わせて予選では14-48T、決勝では12-52Tのスプロケットを用意する。特に長いヒルクライムにおいて、伸び感のある3速を使えるようにセットアップされている。

タイヤについては予選ではダンロップEN91をチョイス。大阪のプラザ阪下の路面を参考に、接地面を拡げてトラクションを稼ぐ方向だという。おもしろいのは決勝で使用するダンロップMX14である。未発売のサンド用タイヤだが、旧型のMX12を鈴木は様々なエンデューロで愛用していて、マルチに使える特性を評価している。

「決勝の路面はMX14と相性の悪い赤土ではなく、黒土に見えます。グリップはいいだろうと考えていますし、たくさんのレースで耐久性をテストしてきました。北海道の雪上レースで学んだブロックへのサイプ加工も施しています。これに使い込んで柔らかくしたムースをしこみます。こんなタイヤで走る人はいないでしょうが、だからこそいいと思います。世界に目に物みせてやりますよ」と鈴木は意気込む。

画像: MX14にサイプ加工したもの。本番用には、さらにサイプを多く切り込んでいる

MX14にサイプ加工したもの。本番用には、さらにサイプを多く切り込んでいる

エルズベルグロデオにおいて海外のライダーたちが選んでいるのは、FIMエンデューロタイヤをベースにしたガミータイヤ(ハードエンデューロ用の特殊な柔らかいタイヤ)だ。実は日本製ではブリヂストンのE50エクストリームのみがこれにあたる。日本のガミータイヤは、E50エクストリーム以外すべてモトクロスかオフロードタイヤとよばれるものがベースになっていて、エルズベルグ現地では「エアボリュームが足りないからウッズでグリップしないだろう」と評価されている。鈴木の履くMX14もエアボリュームのないモトクロスタイヤで、ガミータイヤですらない。正直なところ、これはどっちに転ぶか誰もわからない。

だが、これまでも鈴木は独自の理論を組み立てて結果をものにしてきた。その理論のいくつかは日本のエンデューロシーンにおける定番メソッドにまでなっている。遠いオーストリアに、あらたな常識を打ち立てるべく、チャレンジを成功させて欲しい。

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