AMAエンデューロクロスは、トッププロの超人的な走りと、休日を楽しむアマチュアの挑戦が、同じスタジアムで同じ歓声を浴びる稀有な舞台だ。丸太を越える轟音と、失敗すら称賛に変わる空気。アリゾナから始まった2025シーズン最終戦を現地で目にして感じたのは、この競技が持つ熱と包容力、そして日本のタイヤメーカーが築いてきた確かな存在感だった。プロとアマチュア、アメリカと日本。その境界が丸太の上で溶け合うエンデューロクロスの現在地を見た
画像: このモトカルチャーに嫉妬せよ、AMAエンデューロクロスを観た

エンデューロクロスは、みんなのものだ

丸太やジャイアントタイヤで組まれたコースは外見からして極悪。そこをプロライダーが走る姿は相当マッシブだ。数トンクラスの丸太が揺れるほどにリアタイヤがバチン! と当たり、ライダーは遙か上空へ飛んでいく。ジャンプの着地にあるのは土ではなく丸太だから、ショートした時の恐ろしさではスーパークロスを上回るかもしれない。エンデューロクロスは数多くあるオフロードレースの中でもキワモノ中のキワモノ、その道を究めたプロだけが走れる究極に尖った世界、そう思っている人が大半のはずだ。

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しかし、今回僕が見たものは、このキワモノ感とは対称にあるものだった。

2025年シーズンのAMAのエンデューロクロスは、10月18日にアリゾナで開幕した。その後、AMAスーパークロスよろしく過密スケジュールでアイダホ、オレゴン、ネバダ、と西海岸を中心に毎週開催され、第6戦ワシントン州エバレットの最終戦は11月22日に迎える。特徴的なのは、そのプログラム。予選や練習を朝〜昼に終えて夕方の観客が入る時間になると、スーパークロスと同じようにまず国歌斉唱から始まり、トップライダーが華々しく登場する。その後始めるトップ10ライダーによる全力のタイムアタックは、難易度の高いコースだからこそプロといえどミスが誘発され、固唾を呑んで観客が見守る。攻めの姿勢でミスによるロスタイムを恐れずトップタイムを塗り替えるライダーには惜しげもなく称賛の声が巻き起こる。タイムアタックの結果を元にMoto1のゲートピック順が決まり、Moto2、Moto3と続いていくのだが、実はこのプロクラス以外にたくさんのクラスが用意されているのがポイントだ。上位5名までに入賞するとプロクラスを走る権利が獲得できるエキスパートクラス、その下にオープンクラス……と、このあたりはまだわかるのだが……。

画像: ウィメンズクラスで起きる大混乱

ウィメンズクラスで起きる大混乱

なんとノービスクラスやウィメンズも開催されるのである。ノービスやウィメンズともなると、下位のライダーはまともに走れずにセクションでマシンを打ち上げてしまったりと、いわゆるアマチュアらしいシーンも多い。実はこのAMAのエンデューロクロスというのは、AMAのスーパークロスのようなトッププロによる華々しいエンターテインメントと、アマチュアイズムが混在するスタジアムイベントなのである。もちろんレースファンもしっかり集まって観客席を埋めるのだが、アマチュアライダーの家族や仲間が相当数ここに混じるので、レベルの別け隔てなくほとんどの出走ライダーに熱い応援が送られることになる。「次こそ“走り切った”と言える内容にしたい。毎回自分が少しずつ進歩しているのが分かるので、やめられないんだ。プロの走りを見て、同じコースを自分なりに攻略するのが楽しい。スタジアムのこの空気が好きなんだよ。仲間も見に来てくれるしね」とノービスのとあるライダーは教えてくれた。

画像: アマチュアもプロも、みんな混じってトラックウォーク。ちなみに、前日にはプロによるエンデューロクロススクールがあり、ラインの細かいところまでレクチャーされる

アマチュアもプロも、みんな混じってトラックウォーク。ちなみに、前日にはプロによるエンデューロクロススクールがあり、ラインの細かいところまでレクチャーされる

日本のハードエンデューロも、山の中に分け入って仲間を応援するカルチャーがあるけれど、エンデューロクロスで感じたのはその熱気と同じものだった。プロの凄まじいスキルを観戦することだけがエンデューロクロスではないのだ。それと同じくらい、アマチュアイズムが根付いている。

アウェイのエンデューロクロスで、日本勢が孤軍奮闘してきた

画像: アウェイのエンデューロクロスで、日本勢が孤軍奮闘してきた

ほぼアメリカ人しかいないエンデューロクロス界を、一人の日本人が渡り歩いてきたことをどなたかご存じだろうか。会場を見渡せばその不思議な光景に誰しもが気づくはずだ。日本人ライダーどころか、日本メーカーのバイクでさえほとんど参戦していない中、真っ赤なIRCのロゴが至る所に飾られている。この写真をみていただければご理解いただけるかと思うが、スタートゲートはIRCレッド1色。実は、現在の北米ハードエンデューロシーンではIRCタイヤが業界を席巻しており、このエンデューロクロスでもトップシェアを誇っている。

画像: とにかくIRCレッドが目だつ!

とにかくIRCレッドが目だつ!

7年間アメリカに駐在したIRC池田氏は、テネシーノックアウトという世界的に有名なハードエンデューロを見てどハマリしてからエンデューロクロスにも顔を出し、いつしかIRCでチームを持って全米を回るまでになってしまった。タイヤメーカーが顔を出さないエンデューロクロス界隈に、毎戦トラックで乗り付けてブースを展開していたら、最初に声をかけてきたのがレジェンド中のレジェンドであるタディ・ブラズシアクだったという。池田氏によれば、2022年第2戦に声掛けされ、第3戦で面談した後1か月後には契約に至ったそうだ。その後、タディとの共同開発でGX20ゲコタが誕生し、さらにはヤマハに乗り換えたコディ・ウェブとも契約(つまり、タイヤ・バイク共に日本製である)。今年はカワサキにスイッチしたコルトン・ハーカーとも契約(こちらも、タイヤ・バイクともに日本製)しており、2名のマルチタイムエンデューロクロスチャンピオンを抱えるタイヤブランドとなっている。

画像: レース後は、IRCテントにみんなが詰め寄ってきてウイスキーが振る舞われる。そのなかにはチャンピオンを含むトップライダーや、KTMの重役の姿も。Cheers!

レース後は、IRCテントにみんなが詰め寄ってきてウイスキーが振る舞われる。そのなかにはチャンピオンを含むトップライダーや、KTMの重役の姿も。Cheers!

池田氏が社会人としての人生おおよそ1/4をかけて築き上げたIRCの影響は、氏が日本に戻ってからも引き継がれており、今回取材したパドックでも最大派閥がIRCだった。レースが終わって22:00を超えてもIRCのテントからは人だかりが消えず、本来関係のないジョニー・ウォーカーや、トリスタン・ハートらトップライダー、そのメカニックらも集まって談笑が続く。

画像: ウェブ、ハーカーの足下にはJX8。ウェブによれば「IRCはサイズやタイプをラウンドによって細かく選べるところがお気に入り」とのこと。「エンデューロクロスはJX8の110サイズを選ぶことがほとんど。表彰台には上がれたけど、人生で表彰台に上がったレースの中で一番グチャグチャで最悪な走りだった。でも、どうやら他の皆はもっと酷かったみたいだね」

ウェブ、ハーカーの足下にはJX8。ウェブによれば「IRCはサイズやタイプをラウンドによって細かく選べるところがお気に入り」とのこと。「エンデューロクロスはJX8の110サイズを選ぶことがほとんど。表彰台には上がれたけど、人生で表彰台に上がったレースの中で一番グチャグチャで最悪な走りだった。でも、どうやら他の皆はもっと酷かったみたいだね」

画像: ハーカー、ウェブともにノウハウがない中で手探りでマシンをエンデューロクロスに仕立てている。エンデューロクロスの王道は現在4st350ccだが、ウェブは軽さで勝負できるYZ250FXをチョイス。ハーカーはスタートのパワーを重視してKX450だ。両名、剛性感のチューニングには気を遣っていてがっしりしたエンジンマウントに換装している

ハーカー、ウェブともにノウハウがない中で手探りでマシンをエンデューロクロスに仕立てている。エンデューロクロスの王道は現在4st350ccだが、ウェブは軽さで勝負できるYZ250FXをチョイス。ハーカーはスタートのパワーを重視してKX450だ。両名、剛性感のチューニングには気を遣っていてがっしりしたエンジンマウントに換装している

画像: あまりに特殊な用途過ぎて、モトクロッサーの大排気量車は熱的に厳しそうだ。#10ハーカー車の上げる蒸気

あまりに特殊な用途過ぎて、モトクロッサーの大排気量車は熱的に厳しそうだ。#10ハーカー車の上げる蒸気

画像: レース前には、サポートライダーに限らずコーヒーをサービスするIRCスタッフのジェリー。きめ細やかなホスピタリティで、ライダー達の胃袋をも掴む

レース前には、サポートライダーに限らずコーヒーをサービスするIRCスタッフのジェリー。きめ細やかなホスピタリティで、ライダー達の胃袋をも掴む

エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス

AMAのエンデューロクロスが始まったのは2004年のことだ。筆者もよく覚えている。初めての海外取材でISDEポーランドを訪れた僕は、その時まだ若かった現Enduro21.com代表のジョンティ・エドマンズに「ラスベガスのエンデューロクロスには行かないのか」と聞かれたからだ。エンデューロは変革の時代を迎えていて、「する」競技から「観る」競技へとスイッチしようとしていたのをよく覚えている。今調べると、6月開幕11月フィナーレの全6戦で、初年度はライアン・ヒューズ(90年代のモトクロスライダー)、2年目にはデビッド・ナイト(00年代のエンデューロワールドチャンピオン)が勝っていることからわかるように、黎明期はモトクロスライダーとエンデューロライダーの異種格闘技戦の趣が強かった。その後、2009〜2013までタディ・ブラズシアクが無双し欧州勢に蹂躙されたが、2014〜2021年の間はコディ・ウェブが3勝、コルトン・ハーカーが5勝と北米のハードエンデューロ勢が巻き返している。さらに2022は英ジョニー・ウォーカー、2023−2024はKTMファクトリーでカナダ出身のトリスタン・ハートが連勝。34歳でベテラン世代のウォーカーはトライアンフに乗り、ハートは王者にふさわしく28歳で唯一のKTMファクトリー所属、待遇もとびきりにいい。

画像: Tristan "The Robots" Hart.

Tristan "The Robots" Hart.

画像1: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス

2025シーズン最終戦前のランキングは、ハート1位、ウォーカーが2位で3ポイントの僅差。最終戦の前戦リノではウォーカーが3ヒート全勝、この波を最終戦エバレットに持ち込めるかどうかといったところだった。The Robotと呼ばれるハートのライディングスタイルは、毎周数センチの狂い無く正確にベストラインをトレースするもの。対して、かつてエルズベルグロデオ最強を誇ったウォーカーは巧さと激しさが同居するライディングスタイル。マシンもハートがエンデューロクロスへの適性が高いとされる軽くパワフルな4スト350ccなのに対して、ウォーカーは暴力的なパワーを持つ4スト450cc。どちらもファクトリーライダーだが、ウォーカーの駆るマシンはスタンダードベースだと言う。この対照的な2者の対決はフィナーレにふさわしい。

画像2: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス

ところが、ゲートピックのタイムアタックでウォーカーは痛恨のミスによりストール、下位に沈んでしまう。ハーカーがトップタイムで、ハートが2番手。ご想像通り競技会場が狭いエンデューロクロスでは、スタートがスーパークロスよりも大事だと言われている上、スタートゲートには8台しか並べない。全16台のうち8台は2列目スタートになってしまい、ウォーカーはまさにこの2列目に回されてしまったのだった。誰しもが、ハートのチャンピオンを確信したであろうこの夜、ウォーカーは鮮烈な逆転劇を見せつける。

画像3: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス

3ヒートおこなわれるエンデューロクロスのメインイベント。2列目からとなったMoto1のスタート直後、ホールショットを狙う最前列のライバルたちが第1コーナーのロックセクションで躊躇する一瞬の隙を見逃さず、ウォーカーはがら空きのラインを鋭く突き抜けてトップ集団に浮上、そのままハート、ウェブ、ハーカーをパスした上で優勝し、ポイント差でさらに詰め寄った。Moto2はMoto1のフィニッシュ逆順のゲートピックとなるため、トップライダーが全員2列目スタートとなるが、ハーカーが往年のアグレッシブな走りで混戦を抜け出し独走優勝。Moto3では難所のロックセクションでコディ・ウェブが熟練のテクニックで立ちはだかり、後方から追い上げを焦るハートの行く手を阻む走りでタイムロスを強いた。ベテラン勢が作り出したこの荒れた展開によってリズムを狂わされたハートに対し、ウォーカーは最後まで集中力を切らさず最終Moto3でも勝利し、ついに総ポイントでハートと並ぶ同点に持ち込んだ。最終的にはシーズン最多勝数の規定によりウォーカーの逆転タイトルが決定したが、その劇的な結末は、最強のライダーであるハートの正確無比な走りを、ウォーカーの執念とベテラン勢の介入が打ち破った歴史的な一戦だったと言える。

画像4: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス
画像5: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス
画像6: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス

その競技の特性上、エンデューロクロスは逆転劇も起きやすい。しかし、その逆転劇の裏にはしっかりとしたスキル、テクニック、そしてフィジカルの裏付けがある。スーパークロスよりも遙かに近い位置で観戦できて、リアタイヤが丸太を打ちつける鈍い音の迫力は他のバイクレースでは得られない体験だ。この熱いスポーツがアメリカで続いている理由は、一度みればすぐにわかる。

冷たい夜風が吹き抜けるエバレットのスタジアムを後にしても、耳の奥には4ストロークの轟音と、ウォーカーの勝利を讃える大歓声がこびりついて離れない。

画像7: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス
画像8: エキサイティングそのもの、エンデューロクロスのプロクラス

タイトルには、このモトカルチャーに嫉妬せよと書いた。それは単にショーとしての完成度や、観客の多さに対してだけではない。トッププロの超人的な走りと、週末を楽しむアマチュアの笑顔が、同じ土と丸太の上で等しく尊重されている、その懐の深さに対してだ。ここには、オフロードバイクを愛する者であれば誰もが受け入れられる土壌がある。かつてタディ・ブラズシアクがIRCのタイヤを選んだように、本物は国境を越えて評価されることを、日本のタイヤメーカーは証明してくれた。パドックを埋め尽くす赤いロゴを見る限り、この舞台に日本人が入り込む余地はない、などという考えはもはや卑屈な妄想に過ぎないだろう。タイヤが道を切り拓いた今、次にこのスタジアムで喝采を浴びるのは、日本のライダーであってほしい。その時こそ、僕たちが抱いた嫉妬は、誇りへと変わるはずだ。

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