2023年7月26日、ホンダは小型船舶向け電動推進機のプロトタイプを発表した。島根県松江市・松江城のお堀をめぐる遊覧船に搭載し、8月から実証実験が行なわれる。
 
直後のメディア向け試乗会に参加して分かった、電動推進機と電動バイクの関係性や、小型船舶における電動推進機の利点などについてお伝えしたい。
文:西野鉄兵/写真:ホンダ、松江市/取材協力:ホンダ、松江市

水の都・松江でホンダの電動推進機を搭載した遊覧船に乗れる

画像: ▲街のシンボルでもある松江城の天守閣。

▲街のシンボルでもある松江城の天守閣。

実証実験は松江城のお堀「堀川」をめぐる遊覧船で行なわれる

島根県の県庁所在地である松江市は、北は日本海、西部に宍道湖、東部に中海といった水辺に囲まれた都市だ。海と湖の幸を存分に味わえるのはもちろん、各所で風光明媚な景色が望めて、ツーリングや観光で訪れても見どころには事欠かない。

街の中心部には国宝・松江城が建つ。全国で現存する12天守のうちのひとつとして、お城好きの方や歴史観光を楽しむ方に広く知られている。

画像: ▲公益財団法人松江市観光振興公社が運営する堀川遊覧船。

▲公益財団法人松江市観光振興公社が運営する堀川遊覧船。

周辺には城下町の風情がいまも色濃く残る。城のお堀「堀川」によって形成された街の区画は、400年以上昔の築城時から、ほとんど変わっていない。堀川遊覧船に乗れば、城の石垣を間近で見られ、城下町の趣きをより感じられるだろう。

その堀川遊覧船に、このたびホンダ製の電動推進機プロトタイプを搭載した2艘の遊覧船が配置された。実証実験を目的に2023年8月から運用される。

画像: ▲ホンダが発表した電動推進機プロトタイプ。

▲ホンダが発表した電動推進機プロトタイプ。

一見バイクとは何の関係もないように思えるが、今回の電動推進機には、ホンダが電動二輪車の開発で培った技術が多分に反映されているという。

「Honda Mobile Power Pack e:」を活用した電動推進機

画像: 「Honda Mobile Power Pack e:」を活用した電動推進機

電動推進機のメカニカルな部分でベースになったのは電動バイクの「ジャイロ e:」

小型船舶におけるエンジンは、船外機と呼ぶのが一般的だとも感じるがホンダは今回“推進機”という名称でモーターのプロトタイプを発表した。

それはレシプロエンジンに比べて扱いやすさ・汎用性が高まり、必ずしも船の外部に備えなくてよくなったからだという。バイクと同じで、原動機をエンジンからモーターにすることでレイアウトの自由度が高まったというわけだ。

モーターを動かすためのバッテリーには、ホンダ製電動バイクでおなじみの「Honda Mobile Power Pack e:(ホンダ モバイルパワーパック イー)」が採用されている。

画像: ▲今回の電動推進機プロトタイプの場合「Honda Mobile Power Pack e:」は同時に2個使用する。

▲今回の電動推進機プロトタイプの場合「Honda Mobile Power Pack e:」は同時に2個使用する。

ホンダは新世代の電動二輪車として、2020年に「ベンリィ e:」、2021年に「ジャイロ e:」「ジャイロキャノピー e:」を法人向けに販売開始した。そして2023年8月24日には、初の個人向け電動スクーター「EM1 e:」が発売される。それに合わせて先の3台も全国のホンダ二輪EV取扱店で一般販売されることが決定した。

バッテリー自体は上記の電動バイクも電動推進機のプロトタイプもまったく同じものとなる。

画像: ▲原付一種相当となる三輪の電動バイク、ホンダ「ジャイロ e:」。

▲原付一種相当となる三輪の電動バイク、ホンダ「ジャイロ e:」。

パワーユニットは推進機として専用のセッティングが施されているが、ベースとしたのは「ジャイロ e:」だという。バッテリーを留めるためのロック機構なども二輪製品の技術が転用できたそうだ。ギアケースやロアーユニットなどのフレーム領域は、かつてオートバイも製造していた船外機メーカーの老舗・トーハツが担当している。

ガソリンエンジンの船外機と電動モーターの推進機を比較試乗

画像1: ガソリンエンジンの船外機と電動モーターの推進機を比較試乗

乗ればちがいは歴然、小型の観光船は電動推進機との相性がいい

メディア向け試乗会では、はじめにこれまでのガソリンエンジンの船外機を搭載した遊覧船に乗って、その後、電動モーターの推進機を体感した。

 

ガソリンエンジンの船外機を積んだ船は、なじみのあるものだ。船外機はホンダ製の「BF9.9」で馬力はその名の通り9.9PS。水冷4ストロークSOHC2バルブの2気筒エンジンで、排気量は222ccとなる。

風はほとんど吹いておらず、堀川の水面は穏やか、真夏の暑さはあるものの、進みだせば水辺の涼風が心地よい。エンジンの振動はあるが「船ってこういうものだよね」と思う程度だ。

「左手に見えるのは武家屋敷です」「橋の下をくぐりますよ」など船頭さんの観光ガイドを聞きながら、約10分間の遊覧を楽しみ、電動モーターの推進機プロトタイプを搭載した船に乗り換えた。

画像2: ガソリンエンジンの船外機と電動モーターの推進機を比較試乗

スイッチをポチッと押すだけでモーターは起動する。特有のモーター音はあるものの、エンジンとは比べ物にならないほど静かだ。そのまま水面をすべるように発進した。

振動がほとんど感じられない。ガソリンエンジン船は、つねにお尻と手すりが小刻みに震えていたが、電動モーター船は目をつむると動いているのか止まっているのかも分からないほどに、なめらかだった。

船頭さんの声もよく聞こえる。ガソリンエンジン船では拡声器を付けていたが、ここでは地声だ。

モーターの出力は出力4kWで、これは船外機「BF9.9」と同等の加速力を誇る。舵角が広く、最小旋回半径はより小さくなり、ほとんどその場で転回できるのだという。

船頭さんいわく、操縦はすぐに慣れたそうだ。むしろ停船する際などは楽だという。ガソリンエンジン船の場合、クラッチをきってバックギアに入れることで逆方向に進めるのだが、電動モーター船はボタンひとつでスクリューを逆回転することができる。

ほぼすべての操作を片手で行なっていたのが印象的だった。振動の少なさは一日中乗っている船頭さんの疲れの軽減にもつながることだろう。

画像3: ガソリンエンジンの船外機と電動モーターの推進機を比較試乗

私自身、もし観光地でガソリンエンジン船と電動モーター船どちらに乗るか選べるようなシチュエーションが将来訪れたら、迷わず電動モーター船を選びたい。理由は単純で、船頭さんのガイドが聞き取りやすく、同行者がいれば会話も楽しめるからだ。

水上におけるカーボンニュートラル化に向けたホンダの第一歩

画像1: 水上におけるカーボンニュートラル化に向けたホンダの第一歩

ホンダは2050年に全製品のカーボンニュートラル化を目指している

今回の実証実験プロジェクトは、「カーボンニュートラル観光」を掲げる脱炭素先行地域の松江市がホンダへオファーをしたことから始まった。

画像: ▲7月26日には電動推進機プロトタイプのアンベールと今後の活動説明が松江市役所で行なわれた。左から本田技研工業 二輪・パワープロダクツ事業本部 鶴薗圭介統括部長、松江市 上定昭仁市長、松江市観光振興公社 代表理事 能海広明理事長。

▲7月26日には電動推進機プロトタイプのアンベールと今後の活動説明が松江市役所で行なわれた。左から本田技研工業 二輪・パワープロダクツ事業本部 鶴薗圭介統括部長、松江市 上定昭仁市長、松江市観光振興公社 代表理事 能海広明理事長。

ホンダは2021年11月に小型電動推進機のコンセプトモデルを発表していた。コンセプトモデルからプロトタイプへと進展し、遊覧船に実装するそのときが来たというわけだ。

ホンダのマリン事業のはじまりは1960年代までさかのぼる。創業者である本田宗一郎氏の「水上を走るもの、水を汚すべからず」という信念の下、2ストローク船外機が主流だった1964年に4ストローク船外機「GB30」を発売した。

画像: ▲手前は電動推進機プロトタイプ、奥の赤い船外機はホンダの初代モデル「GB30」。

▲手前は電動推進機プロトタイプ、奥の赤い船外機はホンダの初代モデル「GB30」。

2022年の販売台数においても世界的には全体の2割弱がいまだに2ストロークエンジンを採用した船外機だという(日本は4ストロークが100%)。

ホンダは2050年にすべての製品と企業活動を通じてカーボンニュートラルを目指す、という高い目標を掲げている。それは水上においても例外ではない。

画像2: 水上におけるカーボンニュートラル化に向けたホンダの第一歩

ちなみに松江城の堀川遊覧船の全船を電動化した場合、年間で47トンの二酸化炭素を削減できると算出されている。

時速5km程度が常用域となる堀川遊覧船での活用なら、2個のバッテリーで約2時間の運航が可能。1日にバッテリーを入れ替えるのは、2回で済むという。脱着の手軽さにもこだわり、約20秒で交換できる。

画像3: 水上におけるカーボンニュートラル化に向けたホンダの第一歩

一般向けのバイクの場合は、一充電当たりの航続距離や充電スタンドの問題などが立ちはだかり、まだまだ制限が多く感じてしまうが、基地に戻ってバッテリーを交換できる遊覧船ではメリットばかりが目立つ。日本郵政が「ベンリィ e:」を上手く活用していることとも近い。

乗り心地も良く操作も簡単、デメリットがなさそうにも思えたが、実証実験では、まず想定通りに問題なく使用できるのかを検証するのだという。また、量産へ向けたコスト管理や生産性の向上においては、まだまだ詰めていかなければならないそうだ。

そのため一般向け販売の実現や、大型船外機に代わる高出力の電動推進機の開発には、しばらく時間がかかるという。

画像4: 水上におけるカーボンニュートラル化に向けたホンダの第一歩

しかし水上におけるカーボンニュートラル化へ向けた紛れもない第一歩であることは間違いない。

果たして27年後、ホンダの乗り物のラインナップはどうなっているのか……。これまでさまざまなモビリティで信頼性を勝ち得てきたホンダ。二輪や四輪製品のみならず、日本を代表する企業のひとつとして、あらゆる乗り物で今後も時代をリードしていくことを期待したい。

文:西野鉄兵/写真:ホンダ、松江市/取材協力:ホンダ、松江市

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