いまこそ振り返ろう! 2スト250ccモデル。多くのユーザーに支持され続けたモデルたちの歴史を一冊に凝縮した「日本のバイク遺産2サイクル250cc史」が発売開始になりました。Webオートバイでは、その一部を連載でお届けしていきます!

画像: 日本のバイク遺産 ‐2サイクル250cc史‐(モーターマガジン社) 販売価格(税込): 2,000 円 発売日:2017年 8月31日

日本のバイク遺産 ‐2サイクル250cc史‐(モーターマガジン社)
販売価格(税込): 2,000 円
発売日:2017年 8月31日

YDS-1 1959〜1962

端正な美を見せるヤマハスポーツ250S。フロントフェンダーステーがフォーク下端でボルト締めされる、いわゆるヤマハ昌和製で、エンジン、ミッションとも対策された車である。全体の構成は、西独アドラーのワークスレーサーを範とし、スタイリングは、GKデザインがYDIで発揮したイタリア調を導入。半月形状のリアフェンダーが、そうしたことを強烈に感じさせてくれる。1 959年のモーターショーには125Sが展示されたが、もし市販されていれば、250と同様の外観を持つ125ccツインを楽しめだろう。しかし、ヤマハは50ccもモペットやスクーターなど、量産すべき機種を多数抱えていた。ちなみに、ヤマハの'59年度生産台数は、自動2輪180台(業界3位)、軽二輪1万7428台(同2位)、小型2輪3万4836台(同4位)とまずまずであったものの、年間12万台のスクーターと、32万台! のモペット需要の伸びに、1枚加わるべく頑張っていたのである。

画像: YDS-1 1959〜1962

YDS-2 1962〜1964

YDS-1の弱点を補う意味で、各部がリファインされたのがYDS2である。全体のイメージは変えず、ブレーキ系やエンジンに手を加えることによって、他社のスーパースポーツをリードするまでになった。ヨーロッパでの人気も高く、S3のデビュー後も、そのシンプルなデザインが好まれていた。ちなみに、車重は装備でS1=151kg、S2=156kgとされたが、海外のデータによると、両者とも乾燥で140kgという数値もあり、実質的に車重は同一とみてよいだろう。加えて、ロードクリアランスも、国内では、S1=140mm、S2=130mmであったが、輸出仕様ではともに130mmと発表された。ホイールベースも同様で1290mmとなっている。写真のレッド/ホワイトのカラーリングは、ヤマハカラーを象徴したオリジナルで、レッド部分は本来は本来の日本向けではメタリックブルーかグリーンが出回っており、少数だが、ブラックもあった。

画像: YDS-2 1962〜1964

YDS-3 1964〜1967

タンクやシートを始め、フェンダーやチェーンケースなどがほどよくまとまった好デザインのロングセラーが、YDS3。写真のモデルは後期型で、タンク側面の塗り分けがS1以来のものとは異なり、1966~69年まで販売された。1964~66年の前期型は、いうまでもなく従来のカラーリングである。タンク容量は14ℓで、S1、S2の15.5ℓより少ない。S3に関しては逐次エンジンのチューンが行われ、またTD-1のノウハウも導入されたために、データ上のパワーは各種あり、国内仕様と輸出モデルの差がどの程度かもはっきりとはしない。明らかなのは、後期モデルがパワーアップされたことだ。また、S2~S3への変更でフレーム剛性も高められているが、これは305ccYM1の26~29psに適応させるためでもあった。このとき、モトクロッサーへの流用も考慮され、タンク、シート間のパイプが容易に曲がらないように、丈夫にされてもいる。もちろん、1.6ℓのオートルーブタンクの増設とエアクリーナーの形状変更などで、S1以来の野性味はいくばくか失われることにはなったが、実力の向上は、格段という言葉がふさわしいものだった。

画像: YDS-3 1964〜1967

写真:バイカーズステーション

完全保存版! いま振り返る、2スト250ccの歴史!

日本のバイク遺産 2サイクル250cc史 (Motor Magazine Mook)

モーターマガジン社 (2017-08-31)
売り上げランキング: 10,146

《CONTENTS》

【YAMAHA】
◯ヤマハ主要モデルカテゴリー別の発売年度
◯正真横写真で見る6台
・YDS-1
・TZR250
・TDR250
・RZ250R
・R1-Z
・TZR250SPR
◯YDSの誕生 YDS-1〜YDS-3
◯YDS以降の変遷を追う YDS-3マイナー / DS5-E / DS6 / DS6C
◯DT-1〜DT250 1968〜1979
○DX250〜RD250 1970〜1979
○RZ250 1980〜1988
○TZR250 1986〜1995
○R1-Z 1990〜1993
○TDR250 1988
○SDR 1987
○DT200R 1984〜1994
○RD05A 1967
○ヤマハ250ccレーサーの黎明期と市販ロードレーサーの歩み
○忠さんのスーパーバイカーズ
○公式資料で2サイクル250ccをたどる

【HONDA】
○ホンダ2サイクル250ccオンロードスポーツ車年表
○MVX250F(MC09) 1983
○NS250R / F(MC11) 1984〜1986
○NS400R(NC19) 1985
○NSR250R(MC16) 1986〜1987
○NSR250R(MC18) 1988〜1989
○NSR250R(MC21) 1990〜1992
○NSR250R(MC28) 1993〜1996
○ホンダの2サイクル200〜250ccオフロード車 1973〜1997
○ホンダ2サイクル開発秘話
○ワークスレーサーNSR250の歩み

【SUZUKI】
○GT250 1971〜 / RG250 / RG250E(GT2502) 1978〜
○RG250Γ(GJ21A / GJ21B) 1983〜1987
○RGV250Γ(VJ21A) 1988〜1989
○RGV250Γ(VJ22A) 1990〜1993
○RGV-Γ250SP(VJ23A) 1996〜1999
○XR95 / RGV-Γ250までの歩み
○SUZUKI 2CYCLE 250cc TRAIL, MOTOCROSS, TRIAL…

【KAWASAKI】
○A1 1966 / A1SS 1967
○250SS MACH Ⅰ(S1 / S1A / S1B / S1C) 1972〜1975
○KH250(A5 / B1?7) 1976〜1982
○世界GPで圧勝したカワサキの名車 KR250 / KR350
○KR250(KR250A1) 1984
○KR-1(KR250B) 1988
○KR-1R / KR-1S(KR250C) 1989
○KAWASAKI 2CYCLE 250cc TRAIL, MOTOCROSS, TRIAL…
○2サイクル 250㏄レーサーレプリカ年表 1983〜1996
○世界グランプリ250ccクラスの足跡 1949〜2009

◆バイカーズステーション編集長 佐藤康郎◆

私が初めて乗った2サイクル250㏄車は、忘れもしないヤマハのYDS-1。親友が買った中古車で、1960年代の半ばだったと記憶する。当時としてはひどく古いオートバイではなく、調子も悪くなかった。そしてこいつは、10代後半のオートバイ初心者に、2サイクル独自の胸のすく加速で強烈な一撃を与えた。

当時、二子玉川の河川敷に読売新聞の飛行場があり、施設の人間がいないときには自由に出入りできたので、ふたりでゼロヨン加速を試したことがある。腕時計の秒針でだが、18秒ぐらいだった。

YDS-1は、1959年の"浅間"に出場するために造られたモデルで、主に保安部品付き市販車を改造したマシーンが出場できるレース(ホンダはこのクラスのために、CB92:125㏄とCR71:250㏄を開発した、なお、2台とも4サイクル)に出場して健闘した。今の区分でいえばバリバリのレーサーレプリカだが、当時、その言葉は生れていない。

時はさらに過ぎ1983年、スズキのRG250Гが登場、レーサーレプリカの時代が始まる。日本の4メーカーはこぞってこのクラスに力作を投入し、試乗会のほとんどはサーキットで行われ、ホンダはなんとGP250のワークスマシーンにさえ私を乗せてくれた。

しかし、このブームは10年ほどで終焉を迎え、1996年にスズキが渾身の力を込めて送ったRGV-Г250SPが最後の1作となる。これは素晴らしいマシーンだったが、以後、排気ガス規制の強化によって、2サイクルエンジンそのものが徐々に消え去っていく。

こうした歴史を250㏄クラスに目を向けてまとめたのがこのムックだ。

日本のバイク遺産 2サイクル250cc史 (Motor Magazine Mook)

モーターマガジン社 (2017-08-31)
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