現代のロードレーサーでは、ラムエア加圧のためのシステムを採用することが半ば常識のようになっている。そして現代の公道用スーパースポーツ量産車にも、当たり前のように装備されるようになっていることは多くの知るところだ。ところでラムエア加圧には、どれだけのメリットがあるのだろうか? その仕組みなどについて解説したい。
文:宮﨑健太郎

ラム圧・・・相対的に運動している流体から受ける、進行方向に逆向きの圧力

ラム=RAMという単語を辞書をひいてみると、動物の羊、杭打ち機などの機械、パソコンなどのRAM(ランダム アクセス メモリー)、そして衝角(大砲が主要武装になる前の軍船の、船体先頭に取り付けられた体当たり攻撃用の武装)などの、さまざまな意味が記されている。ちなみに動詞のRAMは、詰め込む、押し込めるという意味だ。

ラムエア加圧の"ラム"は、ラム圧(ram pressure、相対的に運動している流体から受ける、進行方向に逆向きの圧力。動圧ともいう)のことである。ラムエア加圧によって性能アップを図ることは、航空機に関しては戦前の時代から積極的にトライされていた。

画像: カワサキのスーパースポーツモデル、「Ninja ZX-10R KRTエディション」。その諸元表には149kW(203PS)/13,200rpm、そしてラムエア加圧時の156.8kW(213.1PS)/13,200rpmと、ふたつの最高出力が表記されている。 www.autoby.jp

カワサキのスーパースポーツモデル、「Ninja ZX-10R KRTエディション」。その諸元表には149kW(203PS)/13,200rpm、そしてラムエア加圧時の156.8kW(213.1PS)/13,200rpmと、ふたつの最高出力が表記されている。

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当時の速度競技用航空機の関係者を悩ませていたのは、空燃比(エンジンの燃焼室に送り込まれる、燃料と空気の比)への影響だった。ラム圧の影響を受けない想定での理論空燃比や出力空燃比を見込んだセッティングのまま、ラム圧が大きくかかる高速度で飛行した場合、送り出す燃料に対して空気の量が過大となるリーン(希薄)状態になり、バックファイヤーを誘発して機関部に多大なダメージを与えることがあったのだ。

つまりリーン状態になると、理論空燃比や馬力空燃比よりも燃焼がゆっくりとしたものとなり、燃焼のあと、吸気バルブが開くまで燃焼室内に火炎が残る。この残留炎が新たに燃焼室に導入される混合気に接することで、吸入経路でのバックファイヤーが発生する。そのために当時の航空機エンジニアは、空燃比調整用の燃料オリフィスを与えることで、このトラブルを回避する策を練ったのである。

画像: 水上機の速度記録競技であるシュナイダー トロフィー レースで活躍した、イタリアのアエロナウティカ マッキM.C.72。2機のフィアット製AS6エンジン(合計24気筒)は当初、ラム圧対策が不十分だったため、バックファイヤーによるエンジン破壊にみまわれた。しかし、混合気補正という対策を施したのちの1933年には、見事682km/hという最高速度記録樹立を成し遂げている。 it.wikipedia.org

水上機の速度記録競技であるシュナイダー トロフィー レースで活躍した、イタリアのアエロナウティカ マッキM.C.72。2機のフィアット製AS6エンジン(合計24気筒)は当初、ラム圧対策が不十分だったため、バックファイヤーによるエンジン破壊にみまわれた。しかし、混合気補正という対策を施したのちの1933年には、見事682km/hという最高速度記録樹立を成し遂げている。

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高速域で取り入れた速い流れの空気を、スムーズに減速させるのが大事!?

口の小さな容器に液体を注ぐときに使う漏斗(ろうと)のように、取り入れ口のダクトを広くして経路内部をすぼめていけば、高速域での走行時にメチャメチャに圧が上がってグーンと充填効率がアップして、まるでターボやスーパーチャージャーのような加給効果が得られるのでは・・・と、考えてしまう人は少なくないと思われる。しかし、それは間違いである。

200mph≒322km/hで得られるラムエア加圧の潜在的利益は5%弱だが、その利益を着実に得るためには高速で流れる空気をスムーズに減速させていき、同じ方向に動く分子のエネルギーである「運動エネルギー」を、あらゆる方向へランダムに動く分子のエネルギーである「圧力エネルギー」に変換することが肝要だ。

画像: 2020年にデビューしたホンダCBR1000RR-Rのラムエア加圧システムの図。ロードレースの最高峰であるMotoGP用マシンを真似て、中央に空気取り入れダクトをレイアウトするのが、近年の公道用量産スーパースポーツのトレンドである。ステアリングのヘッドパイプ部が、空気の流れの妨げにならない形状に設計されている点に注目されたし。 www.honda.co.jp

2020年にデビューしたホンダCBR1000RR-Rのラムエア加圧システムの図。ロードレースの最高峰であるMotoGP用マシンを真似て、中央に空気取り入れダクトをレイアウトするのが、近年の公道用量産スーパースポーツのトレンドである。ステアリングのヘッドパイプ部が、空気の流れの妨げにならない形状に設計されている点に注目されたし。

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そのための仕事を担うのが、ラムエア加圧経路に設けられたダクトとディフューザーだ。これらは導入された空気の速度がゆっくり滑らかに減少し、ラム圧がゆっくり滑らかに上昇されるように慎重に設計されている。航空機のジェットエンジンをのぞけば、2輪用ラムエア加圧の正しい形状のヒントを知ることができるだろう。

画像: エアバスA380のロールス ロイス製ジェットエンジン。タービンやコンプレッサーなどを覆うナセル内の前側(取り入れ口側)は、後ろ側に向かって緩やかに広がっている。 en.wikipedia.org

エアバスA380のロールス ロイス製ジェットエンジン。タービンやコンプレッサーなどを覆うナセル内の前側(取り入れ口側)は、後ろ側に向かって緩やかに広がっている。

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数%のご利益を得るための装備が、なぜ公道用量産車に必要か?

なお戦前の速度記録用レシプロ航空機はラム圧によるリーン状態によるバックファイヤーが問題となったが、ジェットエンジンを搭載するマッハ3オーバーの超音速機では、高速域でのラム圧縮によって吸入空気の加熱が増進し、タービンやバーナーが故障するトラブルを回避する仕組み(バイパスを内部に設け、加熱を防止する)が必要になった。ともあれ航空機にとっては、ラム圧の扱いは非常にシビアなのである。

1989年に独ケルンショーで公開された、カワサキZZR1100のイラスト。フェアリング中央、ヘッドライト下にダクトを設け、ステアリングヘッド部およびメインフレーム横に通した経路から、大きなエアボックスに空気を導入するラムエアシステムを採用していたことが、当時その高性能ぶりとともに話題となった。

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公道用量産車の世界でラムエア加圧に注目が集まるようになったのは、カワサキの1990年型ZZR1100誕生以降である。1980年代後半、ヤマハの「フレッシュ エア インテーク」など、フェアリング前面に新気導入口を作り吸気温度を下げる試みの例はあったが、ラムエア加圧を量産公道車最速の座を得るための装備として採用したのは、ZZR1100が初だった。

その後、他社のスーパースポーツもラムエア加圧を採用していくことになるが、やがて2010年代にはMotoGP用などのファクトリーマシン開発で得たノウハウを活用し、ひとつのダクトと、ステアリングヘッドまわりの経路の貫通というレイアウトがひとつの定番となっていった。

この方式はフレームの外側に経路を設けるよりも、ステアリングヘッドまわりのフレーム設計が難しくなるが、経路の設計に有利であるほかステアリングまわりやラジエターまわりの設計自由度が増すメリットもある。

322km/hで5%弱、160mph≒257.5km/hでは3%ほど、という「ご利益」のために、果たして公道用量産スーパースポーツにラムエア加圧が必要だろうか・・・と考える人も少なくないだろう。確かに320km/hオーバーはおろか、250km/hオーバーという高速域で公道を走行することは、独アウトバーンの速度無制限区間みたいな例外を除けば、基本的に世界中でご法度な行為だ。

画像: 2006年型のヤマハYZF-R6は、MotoGP用の2005年型YZM-R1同様に、吸入通路がフレームのヘッドパイプまわりを貫通する構造を採用。ヤマハはこの機構をフォースド エア インテークと称している。 www.autoby.jp

2006年型のヤマハYZF-R6は、MotoGP用の2005年型YZM-R1同様に、吸入通路がフレームのヘッドパイプまわりを貫通する構造を採用。ヤマハはこの機構をフォースド エア インテークと称している。

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しかし、世界スーパーバイク選手権に代表されるような、公道用量産車がベースというレギュレーションのロードレースのベースマシンとしてこれらラムエア加圧採用モデルを見た場合、5%の上積みの意義は非常に大きく、むしろ競争相手に勝つために必要不可欠な要素のひとつになるといえる。

高性能であることが大きなセールスポイントである最新スーパースポーツにとって、ラム加圧でカタログに表示する馬力を上積みできるのは、これらを販売する者たちにとって(そして、我々メディア関係者たちにとって)は非常にありがたいことに違いないだろう。

馬力の大きさや、驚異的な最高速だけが2輪の魅力ではない、という考えがどんなに広がろうとも、潜在的にそれらの要素に強く関心を寄せる人たちは、いつの時代もいなくなることはないのだから・・・。

文:宮﨑健太郎

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