漫画『キリン』の作者としても有名な東本昌平 氏は、2022年に画業40周年を迎えました。漫画作品のみならず、『ミスター・バイクBG』『東本昌平RIDE』など、ライダーにはバイク雑誌の表紙でもおなじみでしょう。このたび、画業40周年の節目に画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)をモーターマガジン社より刊行。その発売を記念し、過去のRIDEで掲載した巻末エッセイを装画と合わせ、webオートバイで初公開します。

【エッセイ】「日が悪い」(文・絵:東本昌平)

画像: 【エッセイ】「日が悪い」(文・絵:東本昌平)

 昼近くまで、バイクを洗車したりながめたりでぐずぐずすると、春の甘いかおりに誘われて外に出る。
 平日だが、なんとなく道はすいている。体が慣れるまでゆっくりと流すのだが、幹線道路に出ても、まだ行く先が決まらない。
 信号待ちをしていて、5~6台うしろで白バイが札をあずけにきているのに気がついた。
 「札をあずける」とは、違反をするだろうと目をつけられる、という隠語で、「札をとりに来る」は、つかまえる、という意味である。もちろんあずけっぱなしという場合もある。
 このぶんだと、この先だいぶ出張って店開きをしているにちがいない。クワバラクワバラである。気づかれたと見るや、白バイは横にそれて行く。
「こりゃ今日一日、目はねェな。日が悪りィや」
 かと言って、引き返すのもシャクである。
 ハンドルを南に向けたものの、前を見るより、バックミラーで後ろを見っぱなしの運転だ。
 案の定2ヶ所でネズミ捕り、三京の料金所前では、覆面パトカーが入れかわりたちかわり、客をさばいていく。
「とんだかき入れ時だぜ、まったくかわいげがねえや」
 この歳になると、拗ねもしなきゃ腹もたたないが、「つぎは我身よ」である。

 おかげで、倍疲れるものの、半分も進まない。こうなると、幹線道路より裏道をつないで行ったほうが楽しく走れる。
 裏街道から住宅地を抜け、鎌倉山を駆け上がる。くねくねと細い道から江ノ電をまたぐと海に出る。
 海岸沿いにあるその店に着いたときには、あけたばかりなのかマスターひとりだった。

「コーヒーを」
 マスターはうなづいて、カウンターに入る。

「今年に入ってから、はじめてじゃない?」
 ニコニコとコーヒーを落としながらマスターがきく。
「うーん、そうなるかなあ」
 店の前に広がる海は穏やかで、波のくる気配もないのにサーファーがひとり浮かんでいる。
 近年、海の家を建てられないほど砂浜が減少して、海が道までせまっている。
 その道をクルマとバイクがゆっくりと通りすぎる。
 うまいコーヒーが、運転で張りつめた神経をほぐしてゆくのがわかる。

「B吉とは昔からのつき合いなんだってェ!?」
「アイツどうしてる?」
「うん、毎週来てるよ」
「そう…」
「この夏、里に帰るらしいよ」
「うん」
「B吉の郷里に行ったことあるの?」
「ははっ、若い頃いっしょにね、バイクで4日がかりでたどりつく珍道中さ」
「ああ、あの話ね。B吉も今までで一番のツーリングだったって言ってたな」
「………。」

 時計はいつのまにか4時をまわろうとしている。
「じゃ」
「えっ。もう帰るの?」
「うん、ちょっと早めに帰ろうと思って」
 と、コーヒー代をカウンターに置いて、ヘルメットを持つ。
「ふーん、陽が落ちると寒くなるからねェ」
「いや、道が渋滞する前にね、ほら5時を過ぎると、どこもかしこも大変だから」
「はは、そうだね。それだけ防寒してれば、寒くないもんねェ」
「夕陽とどっちがはやい?」

「えっ?」
「今からだと、夕陽が沈む前に着く?」
「東京まで?」
 ふりむくと、マスターはニコニコしている。
「このバイクだと、そんなにかからないか」
「うーん、ちょうど沈んだ頃じゃないかな」
 今日は日が悪いんでね…。
 それでも走りだすと、マスターの言葉がよぎって、夕陽と競争したくなる。
 とってかえして高速に上がると、降りてきた夕陽がうしろからミラーをのぞきこんでいた。

初出:『東本昌平RIDE10』(2008年3月15日発行)

東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

画像: 東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

『東本昌平Artworks PRIDE』上巻・下巻
価格:2,970円/発売日:2022年3月31日/総頁数:228ページ/サイズ:A4変形

上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。

下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。

This article is a sponsored article by
''.