漫画『キリン』の作者としても有名な東本昌平 氏は、2022年に画業40周年を迎えました。漫画作品のみならず、『ミスター・バイクBG』『東本昌平RIDE』など、ライダーにはバイク雑誌の表紙でもおなじみでしょう。このたび、画業40周年の節目に画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)をモーターマガジン社より刊行。その発売を記念し、過去のRIDEで掲載した巻末エッセイを装画と合わせ、webオートバイで初公開します。

【エッセイ】「見栄っ張り」(文・絵:東本昌平)

画像: 【エッセイ】「見栄っ張り」(文・絵:東本昌平)

 それは、桁違いに暑い、18の夏だった。徹夜明けで家に帰ると、ヨロヨロとバイクから降りて、ベッドに身を投げる。すでに明るく、はやく寝ないと暑くて眠れない。クーラーなんざ、もちろんない。と、寝入りばなを起こされた。
 普通免許取り立てのG田が、クルマを買ったから海へ行こうというのだ。ただ眠い俺は不機嫌に断るのだが、とにかくオレのマイカーを見てくれと、部屋から引っぱり出す。
 バンドを結成したてのG田は、機材を運んだり、なにかと必要だということで、マツダのポーターという軽のボンネットバンを5千円で買ったのだそうだ。
 あまりのボロさに、缶スプレーでメタリックグリーンに塗ったものの、スプレー代だけで一万円を超えてしまった。車検は半年とない。
 うしろの座席をたおすとフラットなカーゴスペースができて、寝ながら行けるからと、ふらふらの俺を押し込んだ。横にはドラムのW辺と、助手席にはベースのT橋が乗っていた。
 目をさますと、西湘バイパスをヒーヒー言いながら走っている。
 G田は、料金所をぬけたあたりで「おい、ガス代はカンパしろよなァ!」と言いだす。だが金をもっている奴は、一人もいなかった。ウッドストックかリバプールをめざすバンドとしては、急に現実にもどる瞬間だ。
 荷台の一番うしろにすわっているW辺が「メンバー全員乗ったら機材つめねえじゃん」と言いだした。
 G田は「そうだよ」とこともなげに言いはなつ。
 暑い暑い。潮風はボフボフと三角窓から入ってくるものの、窓を全開にしても、涼しくはならない。ボンネットの上にはカゲロウがたち、ギシギシと音のする車体は、我々の未来を暗示しているかのようだった。

 暑すぎて放心状態の俺たちを、ゆっくりと、白いクラウンが音もなく抜いてゆく。そのガラスには、誇らしげに「冷房車」のステッカーが貼ってある。
「…………」男4人は声もない。
 運転しているのは、ハマトラくさいネッカチーフをまいた、色白の若い女で、クチベニが赤い、いわゆるそそる女だ。
 すると運転していたG田が「おい、窓をしめろ!!」と言うと同時にアクセルをベタ踏みする。
「いいからしめろ! いそげ!!」とG田。
「え〜〜〜〜っ!?」と、全員声をあげながらも、あわててノブを回す。
「冷房車の顔をしろ!! いいな! ぜったい窓をあけんなよォ!!」とG田の目は、先行する白いクラウンを見ている。
 窓をしめたとたんに、全身の汗がふきだす。
 とばすでもなくしずしずと、手のとどきそうな斜め前を、白いクラウンが走っている。
 我々のポーターは、うなりながらもスピードを上げて、やっと90キロにとどくと、クラウンをたぐりよせてゆく。
「それ、頑張れ!!」
「いっけェェ!!」
「抜けっ!」
「うえ〜、死にそうに暑いぞ!! もう限界だ! 窓あけるぞ!」
 W辺があけようとするのを、おさえつける。
「バカ! もうちょいだ!」
「俺たちのクルマにも冷房がついてるもーんて、おどろかしてやれェ!!」
 ポーターは生涯ださないであろうスピードで走らされ、ハンドルがとられたり、ヨヨヨッとけつをふる。
 もう抜かなくていいから!
 抜けやしないんだから!
 これはあぶない!
 事故るぞ!
 もしかしたら死んじゃうぞ!!
 全身汗だくで、みんな引きつっている。
 なのに、助手席のT橋は、さもありもしないカーステレオから軽快な音楽が流れてでもいるように、リズムをとりながら、タバコに火をつける。
 なにをやっているんだ俺たちは。命がけで、バカじゃないのか。G田は免許とってまだ一ヶ月もたっていない、ど初心者じゃないか。
 と、助手席のT橋が、
「ならんだぞ!みんな涼しい顔をしろ!!」
「………………」 
せっかくならんだものの、女はこっちをなかなか見ない…。
……うぐぐぐ、気持ちわるくなってきたあ……。
「まだだ」G田の悲痛な声がひびく。
 グリーンラメの軽のボンネットバンに、窓をしめきり、必死の涼しい顔で、スマイルかました男4人を、女はちらっとだけ見て、無表情にスルスルと俺たちのポーターからはなれていく。

「ぶはあああっ!!」
「もうだめだあ!!」といいながら、いっせいに窓をあける。
「だはははーっ、バーカ、軽にクーラーなんかついてねェっちゅうのォォ!」
「えーっ! じゃあバレてるのに演技してたわけかよォ、みっともね〜っ!」
「ではははーっ」
「G田の、いまの必死さはなんだったんだよお?」
「さあねェ…あの女だって、はったりだったんじゃねーの?」
「え?」

 さっきとちがって、風がきもちいい。
 この日は冷房車をみつけるたびに、何度も窓をあけたり、しめたり。
 だからさあ、俺はバイクでいいって!

東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

画像: 東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

『東本昌平Artworks PRIDE』上巻・下巻
価格:2,970円/発売日:2022年3月31日/総頁数:228ページ/サイズ:A4変形

上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。

下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。

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