じりじりと緊張の糸をずっと張り続けていくようなレースでした。MotoGPファイナルレースinバレンシア。マルク・マルケスvsアンドレア・ドビツィオーゾのワールドチャンピン争いは、残り6周に張り詰めていた糸がぷつんと切れて、幕切れを迎えました。

画像: レース前にこんなんやらされていた両雄 The Final showdown っていちいちカッコよろしい

レース前にこんなんやらされていた両雄 The Final showdown っていちいちカッコよろしい

獲得ポイント282vs261、お互いに6勝ずつの最終戦。ポイント差21でランキング2位につけるドビツィオーゾが逆転でチャンピオンになるためには、ドビツィオーゾは優勝するしか許されず、さらにその場合にマルケスが13位以下じゃないとだめ、という厳しい厳しい条件でした。
しかもマルケスはここバレンシアサーキットが得意で、これまでMotoGPクラスで4戦1勝、moto2時代には2戦1勝、GP125cc時代には3年間で表彰台はありませんでしたが、GPデビューから9シーズンのうち、直近6年間ずっと表彰台を外したことがありません。対してドビツィオーゾはGP125cc時代からGP250、MotoGPクラスの16年間で表彰台に上がったのは2度だけ。1度目はGP125cc時代、2度目はMotoGP時代、けれどそれは、ホンダに乗っていた2011年のことです。
バレンシアサーキットというコース的にも、ホンダが圧倒的に有利と言われています。2002年からの15年間でホンダの優勝は8回(バロス/ロッシ/メランドリ/ペドロサ×3/ストーナー/マルケス)、対してドゥカティの優勝は2回で、06年にトロイ・ベイリス(ワイルドカード優勝でしたね!)、そして08年のストーナー。参戦台数の差もありますが、ホンダの表彰台登壇確率は、実に15年×3=45席のうち22回で49%、ドゥカティは03年からですから14年×3席のうち8回で19%。この差、歴然です。
ホンダ絶対有利、誰もがそう考える戦いは、それでもレースは何が起こるかわからない、特に今年は、というセオリーがドビツィオーゾ逆転に「一縷の望み」を残していました。なにせ、08年にデビューして、2016年までに2回しか勝ったことがないドビツィオーゾが、今年は6勝も挙げているのだから――というものでした。

画像: 予選までは転ぶマルケス しかし、転倒だけは許されない最終戦でもやるかね、この男は…

予選までは転ぶマルケス しかし、転倒だけは許されない最終戦でもやるかね、この男は…

画像: やれることを全力でやる、ってスタンスのドビツィオーゾ31歳 マルケスは7歳年下なんですね

やれることを全力でやる、ってスタンスのドビツィオーゾ31歳 マルケスは7歳年下なんですね 

その「一縷の望み」が初日から現実味を帯びてきます。この、ほとんど「普通に終わればマルケスがチャンピオン」という大事なレースで、金曜、土曜とマルケスは転倒! 大事には至らなかったものの、ホントになにがあるかわからない……と世界中にあらためて思い知らせることになるんです。そんなドタバタでも、マルケスはポールポジションを獲得し、ドビツィオーゾは3列目9番手グリッド。うわぁ、抜きにくいコースで3列目て!いやいや、レースはなにがあるかワカラン、とドゥカティファンは、ずっとそんな気持ちだったんじゃないでしょうか。

画像: スタート直後 マルケスの背後にペドロサがいます 己の役割を完全に理解していたサムライですね

スタート直後 マルケスの背後にペドロサがいます 己の役割を完全に理解していたサムライですね

そして決勝レース。マルケスはホールショットを獲得し、ドビツィオーゾは9番グリッドからうまくポジションを上げて6番手あたりにつけます。コースレイアウト的にでしょうか、誰かが大逃げ、という展開がなかなか見られないバレンシアで、レースは縦長の状態のまま、マルケス-ペドロサ-イアンノーネ-ザルコ-ロレンソ-ドビツィオーゾの順。
この中からザルコがするすると順位を上げ、2周目からはマルケス-ザルコ-ペドロサ-ロレンソ-ドビツィオーゾのトップ5、さらに4周目にザルコがトップに立って、ザルコをトップにマルケス-ペドロサのホンダ勢、続いてロレンソ-ドビツィオーゾのドゥカティ勢という図式。
マルケスとドビツィオーゾの位置、さらにそのチームメイトの位置取りも興味深かったですね。本人たちにそのつもりはなくとも、ペドロサはマルケスをサポートし、対してロレンソは何考えてんねん、とw 見方によっては、ロレンソがドビツィオーゾにフタをしているようにも見えましたし、事実レース中盤には、前戦マレーシアでピットからロレンソに飛んだ指令「Mapping8にセヨ」が再び見られました。これは、今年からMotoGPで始まったピット→マシンへの片方向通信システムで、文字なのかワーニングランプなのか、マシンのデジタルメーターにサインが送られるもの。これが「ドビツィオーゾを前に出せ」というサインであることは、前戦おわりにロレンソも認めています。

画像: レースの大半はこんなオーダーでした 逃げるザルコ、2位でも余裕で悲願達成のマルケス

レースの大半はこんなオーダーでした 逃げるザルコ、2位でも余裕で悲願達成のマルケス

逃げを打つ①ザルコ、それを追う②マルケス、マルケスの後方でドゥカティ軍団を完封する③ペドロサ、その後方で⑤ドビツィオーゾを引っ張りながらなんとか2台で前との距離を縮めようとする④ロレンソ。そしてドビツィオーゾは、もうひとつスピードがノッてこない。このポジションが、全30周のレースのうち、4周目から22周目まで続くことになりました。ドゥカティ陣営としては、とにかくドビツィオーゾをホンダ勢の真後ろにつかせたくて、マシンへの通信を続けますが、それが順位に現れることはなく、ロレンソ-ドビツィオーゾの順のまま。とうとうしびれを切らしたか、サインボードで「順位ひとつ落とせ」とロレンソに指示を出しはじめることになります。

画像: 画面右下に注目 ピットからライダーへの指令が画面に映し出される時代なんです

画面右下に注目 ピットからライダーへの指令が画面に映し出される時代なんです

画像: とうとうサインボード出現 「ホルヘ、残り9ラップだよ! 順位ひとつ落としてー!」なサインです

とうとうサインボード出現 「ホルヘ、残り9ラップだよ! 順位ひとつ落としてー!」なサインです

この時のロレンソの心情はどうだったのでしょう。ロレンソは戦前から「最終戦はドビをサポートするよ」と公言していたし、前戦の雨のマレーシアでも、一度ドビツィオーゾに前に出られてからは「全力では追わなかった」(=雨でそんなリスクいらない)と話していました。これは、チームオーダー(チームからの絶対的命令)ではなく、今はやりの言葉でいうと「忖度」ですよね。ロレンソからチームに対して「言わなくてもわかってるよ。大丈夫」という無言のチーム戦略。それはプロスポーツマンとして当たり前のことだと私は考えます。
それが、とうとうサインボード出現! ドゥカティのピットは「ロレンソはなにしてるんだ! 早くドビツィオーゾを前に出せ!」と思ったのでしょう。もちろんロレンソはそれがわかっていながら、抜かせないんじゃなくて「だってドビが抜いてこないんだもん、勝手なこと言ってるぜ」という心境だったんじゃないでしょうか。それほどレース終盤のドビツィオーゾは精彩を欠いていましたね。

そして、レースはラスト7周。ここから物語が大きく動き始めます。ザルコの背後につけていたマルケスが、しびれを切らしたのかザルコをパスしてトップに浮上! しかし、その直後の1コーナーでブレーキングをミスしてオーバーラン。順位を落とすことになります。しかも、国際映像ではオーバーランしてコースに復帰したところが流れたんですが、スローリプレイでは、そのマルケスのオーバーランが、完全に転んでいるような動きを回避した末のオーバーランだったことがわかりました!
マルケスは、ザルコの後ろでも余裕のチャンピオン獲得だったんですが、悪いクセが出ましたねw 大事にいくこともチャンピオンの務めだ、と学習したはずなのに、すっかり忘れちゃったんでしょう。地元バレンシア、最終戦、チャンピオンはほぼ手中にして、これは勝って終わりたいな、と思ったのでしょう。それはまったく責められませんよね。
しかし「ザルコ抜く→直後の1コーナーでフロントを滑らせてほとんど転倒→なんとかマシンを立て直してグラベルへ→マシンはヨロヨロ→でもなんとか転倒させずにコース復帰」の一連の流れは、私が関係者だったら何度か気を失ってますw そのあとも、グラベルの砂を拾ったタイヤでコース復帰は大丈夫か大丈夫か、砂吸ってエンジン壊れないか壊れないか、ってところでも何度か気を失っているはずです。

画像: マルケスのオーバーラン後のトップ4台 ドビツィオーゾ、やや遅れはじめているのがわかります

マルケスのオーバーラン後のトップ4台 ドビツィオーゾ、やや遅れはじめているのがわかります

レースは残り6周。これでオーダーは①ザルコ②ペドロサ③ロレンソ④ドビツィオーゾ⑤マルケスの順。これでもマルケスのチャンピオンは変わりません。しかし、ここでなんとロレンソが転倒してしまうんです! 終盤、ずっと「Mapping8」サインを受け、サインボードでもポジション下がれと指示され続けて、ロレンソも集中力が続く訳ありませんね。しかし、フロントを滑らせて盛大に滑っていましたから、もうフロントタイヤが限界だったのかも。レース後、ロレンソは「僕らがもっとザルコとペドロサに接近していたら、ドビツィオーゾを前に行かせるつもりだった」と語っています。

これでポジションは①ザルコ②ペドロサ③ドビツィオーゾ④マルケス。「一縷の望み」達成には、ドビツィーゾがあと2台抜き、ダート走行をしたマルケスが再び転倒するか(事実、転んだコーナーでまたオーバーランしてました)、砂を吸ったエンジンになにかが起こるのか――と下衆が勘繰り始めた瞬間、国際映像にはロレンソ転倒の模様が空撮で再び……と思ったら違いました! 今度はなんとドビツィオーゾの番! ブレーキングで止まり切れず、ドビツィオーゾはダートへ、そのままグラベルを走ってコース復帰へ向きを変えようとした瞬間、ダートでポテッと転んでしまいました。まさに数周前にマルケスがやったムーブと同じように、しかしオーバーランの瞬間に張り詰めていた糸は切れてしまったのでしょう。ドビツィオーゾはスロースピードでしかコースに復帰することはありませんでした。グラベルって、砂の深さが場所によって違うんですよね。ドビツィーゾが突っ込んだ8コーナーは、広くて深い! さしものドビツィオーゾも、立て直すのは不可能でした。

画像: レース後、ホンダ陣営にあいさつに出向くダッリーニャ 右はHRCの横山さん 美しいシーンでした

レース後、ホンダ陣営にあいさつに出向くダッリーニャ 右はHRCの横山さん 美しいシーンでした

そこからのドゥカティピットの動きも感動的でした。つねにピットで戦況を見守っているジジ・ダッリーニャ(いつもひげ撫でているおじさんね)がイスから立ち上がり、ピットのみんなに握手して回ると、そのままピットレーンへ出てサインマンたちを労い、するといつしかドゥカティ社の代表であるクラウディオ・ドメニカーリも姿をあらわし、ダビデ・タルドッツィもいるし、ピット前にはお疲れさんよくやったオレたちはがんばったぞ的な意味合いを持つ輪が出来上がっていました。まだレースは終わってないんですけどねw、ピットに戻ったドビツィオーゾは大拍手で迎えられ、ヘルメットを脱いだ顔を何度もぬぐうのですが、それはもう汗じゃなくて、きっと涙でしたよね。遅れてピットに戻ったロレンソが顔を出した時には、とうとう感極まって泣き始めたようにも見えました。

画像: 優勝を決めたバレンシアのウィニングランはいつもスゴいですw 月曜、コース清掃めっちゃタイヘン

優勝を決めたバレンシアのウィニングランはいつもスゴいですw 月曜、コース清掃めっちゃタイヘン

そしてレースは、レース序盤からトップを守っていたザルコを、いろんなライダーが次々と消えていったあたりから2番手につけていたペドロサが、最終ラップに抜き去って優勝! ペドロサが今シーズン2勝目を挙げ、ザルコが今シーズン2度目の2位、マルケスが3位に入り、マルケスがMotoGPチャンピオンとなって2017年のシーズンが幕を閉じたのでした。

「やるべきことは全部やった。でも、この週末は良かったんじゃないかな。僕らはマルケスほど強くはなかったけど、最後の最後まで戦えたし、この最終戦だって最初から全力で攻め立てたよ。絶対にミスできないレースで、自分のポジションをずっと考えてレースをしていたけど、残念ながらもう打つ手はなかったね。レース開始からホルヘを抜けると思ったけど、お互いに速い場所、遅い場所があって、ホルヘの後ろを走ることでスムーズに走れた、という面があったんだ。マルクにはお祝いを! シーズンを通してマルクは成長していたしね。今シーズンは、本当にハッピーだった。完全に満足しているよ」とドビツィオーゾ。

画像: 去年は「Give me FIVE!」でしたね 今年は6度目のチャンピオンにかけたマジックダイス、ってか

去年は「Give me FIVE!」でしたね 今年は6度目のチャンピオンにかけたマジックダイス、ってか

マーベリック・ビニャーレスの連戦連勝で幕を開けた2017年シーズンは、ドビツィオーゾの台頭、マルケスの本調子、四天王の接近、ロッシのけが、ヤマハ終盤の不調と次々とストーリーが展開され、マルケス4度目のMotoGPワールドチャンピオン(125ccとmoto2合わせて6度目)という形で幕を閉じました。面白かったー、の内容は、本当に無限のパターンがあるものですね。

このスペクタクルでアンビリーバブルな世界に、2018年ついに日本代表・中上貴晶が立ち向かいます! その2018年へ向けてのウィンターテストは、あす火曜から始まります! 乞うご期待!

This article is a sponsored article by
''.