革新独創、奇妙奇天烈! 世界のホンダが目を付けた!

フランス国有の石油会社としてスタートした「エルフ」が、革新的技術のアピールとして開発、製造したのがモト・エルフだ。 1978年、パリで行なわれたモーターショーで姿を現した初号機「エルフX」は、フロント片持ちサスペンションにフルカバードボディという革新的なルックスでオートバイの世界に一大センセーションを巻き起こすことになる。
 

画像: 『ふたり鷹』でのモト・エルフ初登場は、東条が乗ることになるVT250FのVツイン250ccエンジン搭載車という設定。©️新谷かおる

『ふたり鷹』でのモト・エルフ初登場は、東条が乗ることになるVT250FのVツイン250ccエンジン搭載車という設定。©️新谷かおる

それは、パイプフレームにエンジンを搭載し、フロントにテレスコピックフォークを、リアにスイングアーム+サスペンションを持つという当時のオートバイの基本概念を大きく逸脱したもので、メインフレームを持たず、エンジンに締結されたプレートに前後サスペンションをマウントし、燃料タンクをエンジン下に置くという革新的な構造だった。

画像: アルダナと沢渡がHRCから供給されたCB900Fのエンジンを搭載するエルフ・モトを駆ってのテストシーン。この後、ヨーロッパ耐久選手権最終戦に参戦し、壮絶なバトルを展開! 最終ラップでは、コクラン・ミネバ組のスズキGS1000ヨシムラ・チューンとの激しいトップ争いをするが最終コーナーで両車転倒。ラスト200mを押してゴールするという、手に汗握る名シーンを生む。©️新谷かおる

アルダナと沢渡がHRCから供給されたCB900Fのエンジンを搭載するエルフ・モトを駆ってのテストシーン。この後、ヨーロッパ耐久選手権最終戦に参戦し、壮絶なバトルを展開! 最終ラップでは、コクラン・ミネバ組のスズキGS1000ヨシムラ・チューンとの激しいトップ争いをするが最終コーナーで両車転倒。ラスト200mを押してゴールするという、手に汗握る名シーンを生む。©️新谷かおる

最初に公開されたエルフXは、2ストローク並列4気筒のTZ750用エンジンを搭載。初公開から数か月後にはレースに参戦し、フランス選手権F750クラスを完走。予選や決勝の順位より、この奇異な構造のオートバイが1レースを完走すること自体が驚きだった。

1983年の鈴鹿8耐にも参戦! あの本田宗一郎氏も興味津々!!

78年のエルフプロジェクト発表から、独自の構成に深い興味を持っていたホンダ。初公開から数か
月後には、研究開発材料としての協力、エルフ社が取得した特許技術の使用についての申し出を行なっている。79年にはホンダのテストライダーによる走行テストも実施され、基本設計の確かさも実証された。

80年に技術交流の一環として、ホンダがエルフ社にエンジンを供給することを発表。それが、耐久レース用のRS1000用エンジンで、81年のボルドール24時間耐久に「エルフe」として実戦デビューしたのだ。その後、ホンダはエルフ社の全車体技術特許を購入。VFR400R やRC30(=VFR750R) の片持ちスイングアームは、その特許を使用して製品化されたモデルだ。

画像: 今回の『ふたり鷹FANBOOK』において、elf-eの記事で協力いただいた『RACERS』特別編集「elf-project Part.1」(三栄書房/¥1,000)は絶賛発売中!

今回の『ふたり鷹FANBOOK』において、elf-eの記事で協力いただいた『RACERS』特別編集「elf-project Part.1」(三栄書房/¥1,000)は絶賛発売中!

82年にはル・マン24時間耐久、そして世界耐久選手権4レースに参戦。83年には、再びル・マン24
時間をはじめとする世界耐久選手権に参戦し、7月にはなんと日本にも登場! 第6回の鈴鹿8時間耐久に出場している。

画像: elf-eは1983年にはル・マン24時間耐久をはじめとする世界耐久選手権に参戦し、7月には第6回鈴鹿8時間耐久レースにも参戦した。

elf-eは1983年にはル・マン24時間耐久をはじめとする世界耐久選手権に参戦し、7月には第6回鈴鹿8時間耐久レースにも参戦した。

画像: 写真は1983年、エルフeにまたがる故・本田宗一郎氏。

写真は1983年、エルフeにまたがる故・本田宗一郎氏。

協力:株式会社KADOKAWA

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